第250話 合同演習
天正14年(1586年)12月 下総国 印旛郡 草深ヶ原演習場
ドンッ ドンッ ドンッ
一面に枯れ草の広がる草深ヶ原に轟音が鳴り響く。
そして、しばらくして、1kmほど先の盛土の一部が弾け飛び、3つの火柱と土煙が上がる。数瞬後、ドカンドカンという炸裂音が連続して轟いた。
副官が叫ぶ。
「観測班より、全弾着弾を確認」
「よし! 撃ち方始め!」
指揮官の勝又義仁の指示で、法螺が吹かれるとともに、物見櫓に掲げられた旗が振り下ろされる。
すると、眼下の塹壕から猛然と射撃が開始された。弾は敵兵に見立てた案山子に次々と命中していく。見れば、倒れたり吹き飛んだりするものも少なくない。
辺りは排煙のせいで霧がかかったようになり、その中から銃を構えた兵が飛び出してきた。そして、半町ほど前進しては斉射、を繰り返していく。
それを5回ほど繰り返した後、再び大砲の斉射が行われる。轟音が周囲に木霊する中、その名残を打ち消すように、今度は喚声を上げながら槍兵が敵陣に突撃していく。と、同時に、陣の裏からは騎兵も出撃、左右両翼から回り込むように、敵の裏を目指して駆けてゆく。
皆さんこんにちは、酒井政明こと里見義信です。
御覧のとおり、今日は軍の演習を視察にやって来たよ。
『軍』ってなんだ、って?
うん、実は里見家では、以前から“武将”を“軍人”にすべく、色々と動いてたんだ。
日本の場合、“武将”って、基本的に“大名”とか“旗本”とかじゃん? これって土地の領主だから、自動的に兵を動員するための土地が付いてくることになるよね?
『手柄を立てた能力の高い武将に、褒美で土地を与える。すると、動員兵力が増えてさらに活躍することが出来る』
これって、一見、有効そうな方策なんだけど、ちょっと考えてみてほしいんだ。その人が歳を取って動けなくなったら? 後を継いだ息子がボンクラだったら?
領地の線引きが流動的だった戦国時代だったら、無能武将は自然淘汰されるんで、問題は無かったかもしれない。でも、国内が安定する(※予定)の時代に同じシステムを採用してたら、確実に里見家の首が絞まっちゃう。
だから、里見家では織田家と同盟を組んだ1575年前後から、意図的に土地による褒賞を抑制してたんだ。
例えば、俺が生まれる前から里見家に仕えてて、そのまま大名になった人って何人居ると思う? 7人だよ、7人。しかも、そのうちの1人は養子として正木大膳家を継いだ時茂だからね。中々徹底してるだろ?
まあ、偉そうなことを言ったけど、当時は人材が払底してて、領地を与えられるような配下武将がほとんどいなかったんだ。言ってしまえば、怪我の功名(?)の面も大きいんだけどね(苦笑)
そんなわけで、里見家では特殊な御家事情もフル活用し、ここまで、じわりじわりと近代軍に近い軍制を整えていったんだ。
現状だと、里見家の直轄軍は、陸軍が10万、水軍が2万ぐらいいる。水軍は特殊なんで置いとくけど、陸軍については全国各地に1万人規模の師団を6個、5千人規模の旅団を8個置いてるんだ。
で、今回の演習は、土浦の第一師団(師団長:勝又義仁中将)と佐倉の第8旅団(旅団長:島清興少将)の合同演習ってことになってる。
それにしても、感慨深いね。俺の傅役だった勝又義仁も、今や『中将閣下』だもん。
彼は、義重さんの時代からの忠臣だけど、今生もずっと脇で俺のすることを見てた。それに加えて、今回は畠山義長の薫陶も受けてる。史実では完全な無名武将だけど、色々と吸収することで良い将軍に育ってくれたよ。
実は、宗右衛門たちみたいな昔からの直参衆には領地を与えた時期もあったんだよね。だけど、丁度運悪く(?)、俺の農業チート全開の時期に当たっちゃってさ、領地が“豊作貧乏”状態になっちゃったんだ。
領地を貰って喜び勇んで家臣を抱えたら、米はたくさんあるのに予定してた収入が得られない。領地持ちは独立採算制だから、補填もしてもらえない。おかげで軍役を務めるのも四苦八苦の状態になっちゃった。そんなわけで、1年もしないうちに「俸禄制に戻してください!」って泣きついてきたってわけ。
仮に俺が領主だったら、新米を抵当に借金して、米の値が上がる春から夏にかけて売り抜けて、大儲けしたんだけど……。残念ながら、彼らにはそんな経済感覚は無かった。ま、仕方ないよね。
でもさ、考えてみれば、宗右衛門たちは、領地のことを気にせずに済んで喜び、里見家は余計な領地分割をせずに済んで喜ぶ。互いにWin-Winの関係なんだから良いんじゃないかな?
え? 勝又義仁の話じゃない? 島清興をどうしたんだ、って?
あ~、『織田信孝の乱』に連座して筒井家が改易になった時に、松倉重信なんかと一緒にスカウトしたんだよ。当然、彼らだけじゃないよ。武田家や北条家、今回の羽柴家とか、大大名が没落した時にはたくさんの浪人が出るんで、見込みのある人間は士官として採用してるんだ。『指揮経験アリ』な人材は貴重だからね。
あ、里見家直属軍と領地持ちの大名たちが轡を並べた時に、序列で混乱することがないように、大名たちには石高に応じて将格を与えてる。
だいたい1万人を動員できる30万石以上の大名は中将格、15万石で少将格なんて感じでね。で、最小の大名である1万石で少佐格になるんだ。これ、裏を返せば、軍の少佐は1万石の大名と同格って扱いになるわけ。
軍内限定ではあるけど、個人の名誉としても大きいと思わない?
こんな感じで、領地経営よりも槍働きをしたい人達をどんどんスカウトしてる。退役後の褒賞や爵位とかも保証してるんで、結構倍率高いんだよ?
え? 大将? 残念ながら、現時点では軍の大将は存在しないんだ。大将は1個軍団を指揮することになるわけだけど、現時点で、軍内にはそこまで実績のある人がいないんだよね。石高に換算しても、10万人を動員できるのって300万石は必要だから、大将格も存在しないの。
だから、今のところは、正木頼忠、土岐頼春、畠山義長の3人を大将扱いにしてるんだ。
俺? 征夷大将軍たる俺は、元帥だよ。
後々変えていくことになるとは思うけど、戦国の気風が残ってる今の状況だと、この辺がベターなんじゃないかな?
それにしても、この演習、みんな動きがいいね。軍の兵士たちは時々工兵としても駆り出してるから、練度的にちょっと心配だったけど、こんな動きが出来るんなら、実戦でも期待できそうだよ。