第24話 久留里の夜(閑話)
元亀元年(1570年)8月 上総国望陀郡 久留里城
先刻まで、ここ久留里城では、里見家前当主 岱叟院義堯の継室であり、現当主 義弘の実母である正蓮尼の3回忌が営まれていた。
事情により、当主である義弘こそ参列が叶わなかったが、継嗣である義継、義弘の妻である松の方や、その子梅王丸、義継の妻である龍の方、といった里見一門があらかた参加した盛大なものとなった。
中でも、特筆すべきは、上総万喜城主で、故正蓮尼の実父である、土岐弾正少弼為頼である。
つい一月前まで里見の敵であった為頼が、実娘の葬儀にも参列することがなかった為頼が、曾孫である梅王丸を伴って、法要の席に現れたのだ。
先月から東総地域で続く合戦での大勝利の効果も相まって、周囲に与えた影響は、当主不在を補ってあまりある物であった。
――――――――――――夜――――――――――――
城内の一室に、小姓に案内されて1人の老人がやってきた。中に待つ2名の姿を確認すると、その老人は供の者に控えの間に下がるように告げた。小姓と供侍が、下がったのを見届けると、老人は、灯明を囲むように腰を下ろし、深々と頭を下げた。
「義堯殿、義継殿、此度は娘の3回忌にお招きいただき、誠にありがたく存ずる」
「とんでもない! 為頼殿、逆に葬儀に呼べずに申し訳なかった。それに、本日は、急な招きにもかかわらず、お越しいただき、まことにありがたい」
「お2方とも、積もる話もございましょう。このまま挨拶を続けていては夜が明けてしまいます。硬い話は抜きにして、今日は飲みませぬか?」
「うむ、義継の言うとおりじゃ。為頼殿、今日は無礼講で行かぬか?」
「それは嬉しい。ワシも堅苦しいのは苦手でな」
「それでこそ土岐の爺様じゃ!」
「確かにワシは爺様じゃが、義堯殿とて、もはや爺様ではござらんか!」
「父上、これは一本取られましたな!
「「「わはははははははは!」」」」
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「それにしても此度の戦は驚きましたぞ! 和睦が成った次の日には万余の大軍が消え失せておったで、いったい何が起こったかと思えば、まさか1日で、3郡を平らげておったとは!」
「為頼殿。出汁に使ったようになってしまい、申しわけござらん。しばらく小田原からの当たりがきつくなるかもしれんが、お許し願いたい」
「なんのなんの! 万余の軍勢に取り囲まれているのに、援軍も出さないから和睦したまで。ワシらは何もやましいことはしておらん。これで文句を言ってくるようなら、こっちにも考えがあるというものじゃ!」
「そう言っていただけると、誠にありがたい」
「ところで、義堯殿。もし、よろしければお聞かせいただきたい。此度の戦は、どのような神業を使ったのじゃ?」
「くれぐれも内密に頼むぞ。本隊のいた小田喜から、土気領の本納に至る街道筋の村々に、前もって米を与え、先触れが来たら、篝火を焚いて、炊き出しをし、握り飯と水を並べておくように、あらかじめ頼んでおいたのじゃ。で、和睦の日、将兵は昼間から寝かせておき、夕刻に支度をさせて、徹夜の行軍で土気城外にいた国人衆を襲ったのよ!」
「なんと! そんなからくりだったとは!! 確かに飯と塩と水があれば、長い道のりであっても、行って行けないことはない。いや、考えましたな!」
「それだけではござらんぞ、為頼殿。一宮と勝浦には兵と軍船が集まっていたのを知っておろう」
「あれも使われたか!」
「おう! 風さえ合えば船の方が速いからの。浜手から東金や坂田を攻めたのじゃ。いきなり我らが攻めてくるとは予想だにしていなかったのじゃろう。容易く落とせたそうじゃ」
「うむむ、張良・陳平のごとき鬼謀じゃわい。して、この策は誰が考えたのじゃ? もしや、戻っておらぬところを見ると、義弘殿か?」
「だったら良かったのじゃが……。義弘は想定以上の勝ち戦のせいで、戻って来られなくなっただけじゃ。あれはな、ここにおる義継の策じゃわい」
「なんと! 義継殿か! 戦働きのみならず、軍略まで優れているとは……。今後も里見家は安泰にござるな!」
「……ははははは、まぐれでござるよ、まぐれ」
「うーむ、義継殿は謙虚じゃの!」
「あまり謙虚すぎるのもどうかと思うが、義弘は我が強すぎるからの。多少謙虚なぐらいの方が、良いかもしれん」
「然り然り。おっと! 口が滑り申した!!」
「「わはははははははははは!」」
陽気に酒を酌み交わす義堯と為頼を見ながら、義継は身もだえていた。
(よもやこんなに上手くいくとは、全く予想だにできなかったわい! それにしても、言ってしまいたい……。「本当は梅王丸が言い出した策だ!」と。わしは、いきなりこのような奇策は考えつかん! 「お家騒動の基になるから誰にも言わないで」と梅王丸が言うから言わぬが、「また何か策を出せ」と、父上や兄上に迫られでもしたら……。その時は、梅王丸、お主どうにかしてくれよ!)
義継の心の叫びは誰にも伝わらないまま、久留里の夜は更けていくのだった。
※満2歳の梅王丸は、もう“おねむ”です。夜なので。
次話は通常回に戻ります。




