第234話 夜明けと戦果と報告と
天正13年(1585年)11月30日 朝 美濃国 不破郡 不破関 里見信義本陣
「これは、紛れもなく福島正則が首にござる」
「某も五藤為重殿の申す通りかと存じまする」
「羽柴が親類にして剛勇で知られた福島を討つとは天晴れ! 梶原政景も坂東武者の誉れである!」
「信義様のお褒めに預かり恐悦至極! これで太田資正や真壁氏幹に面目が立ちましてござる」
俺は鷹揚に頷き、次の首を運んでくるよう、口を開こうとした。その瞬間、天幕が開いて小姓の荒川弥五郎が飛び込んでくる。
「申し上げます。大垣を攻めておりました酒井忠次殿より伝令が参っております」
俺が、すぐに案内するように指示すると、間もなくして弥五郎は使者の阿部忠吉を伴って戻ってきた。使者は肩で息をしながらも、一気に捲し立てる。
「酒井忠次より報告! 本日払暁、我ら無事に大垣城を攻略いたしました。主将の羽柴長秀、氏家行広らは討死。多数の捕虜を得ております」
陣内に会する諸将から、感嘆とも羨望とも取れるような歓声が上がる。そのどよめきが一段落するのを待って、俺は使者に話した。
「夜襲の城攻めで大将首を挙げるとは、北条氏康公に勝るとも劣らぬ働きである。大垣を落とした諸将は天下に面目を施したな!」
「有り難き幸せ! 信義様のお言葉、酒井忠次らにも確と申し伝えまする」
「うむ、阿部忠吉、頼んだぞ!
さて、本来ならば大功の勇士たちは、ゆっくりと休ませてやりたいところなれど、この惨状である。申し訳ないが、一休みしたら大垣攻めの諸将にも働いてもらわねばならぬ。
美濃と尾張のお味方衆には、『美濃・尾張国内の被害を確認し、最優先で復旧を行ってくだされ。大垣の捕虜は自由に使うていただいて構いませぬ』とお伝えせよ。
徳川勢であるが、本国でどのような被害が出ているか分からぬゆえ、三河衆は岡崎に戻り、竹千代殿をお守りいたせ。駿河・遠江の諸将は三好長吉の残党を率い、ここ関ヶ原に参集するように。交代で我らが近江に攻め込むでな!」
「はっ!」
って、威勢の良い返事をして、忠吉は大垣に帰ってったよ。
皆さんおはようございます、梅王丸改め 里見弾正忠信義こと酒井政明です。
今は首実検の途中なんだ。あ、もう分かったと思うけど、夜襲は大成功だったよ。
昨晩、羽柴方の陣地では、地震で建物が複数倒壊してたところに、里見の忍が放火したんで、俺たちが到着する前から大騒ぎになってたみたい。
だから、その混乱に拍車をかけるように炸裂弾を撃ち込んで、慌てた敵将たちが動くところを狙撃して指揮系統をメタメタにしてやったの。
で、有機的な用兵が出来なくなったところに、真壁氏幹さんと梶原政景のコンビが殴り込んで、縦横無尽に暴れ回ったんだ。
その頃、南宮山の裏から畠山義長たち別働隊が合流したんで、同士討ちを避けるために先遣隊を一旦退かせたんだ。真壁氏幹さんたちは膨れっ面をしてたけど、コレがピタリと決まった。ちょうど陣地に戻ってきたタイミングで本震並みのデッカい余震が襲ってきた。
直前まで不満タラタラだった真壁氏幹さんもこれにはビックリ! 「若様のおかげじゃ!!」ってメッチャ感謝されたよ。ベアハッグみたいに抱きついてくるのは勘弁してほしかったけどね(笑)
この余震で、生き残ってた建物がまた崩れたみたいで、敵陣を見たらさらに火が燃え広がってたの。
だからちょっと調子に乗って、「見よ! 天は我らに味方しておるぞ!!」って叫んだんだ。そしたら、味方がメッチャ勢いづいて、「「「「「うおおおおお!!!!」」」」」なんて雄叫びを上げるわけ。
これがまた凄い勢いで木霊するんだ!
もうこうなると、敵兵は恐慌を来して、将が止めるのも聞かずに雪崩を打って逃げ出した。止めようとする将は将で次々と狙撃されるんで、止める者もいなくなる。
こうなると、戦場っていうより草刈場だね。逃げる敵を追いまくって今に至る感じかな。
で、関ヶ原の陣地にいた敵は、夜のうちに逃げるか討たれるか降伏するかして、あらかた決着が付いたんで、空が白むまで関所付近の平地に戻って休息してたんだ。
明るくなってきて初めて分かったんだけど、これはまあ酷いわ!
家屋の倒壊とか火事とかは分かってるつもりだったけど、まともに建ってる家の方が少ないくらいの惨状だった。それだけじゃない。あちこちで山崩れが起こってて、陣地自体が土砂に飲み込まれちゃった所もあるっぽい。
すぐにでも全軍で近江に侵攻しようと思ってたんだけど、こりゃ無理だね。復旧(?)担当を決めて、道や食糧貯蔵庫なんかを直してやらないと、近江に侵攻しても補給ができなくて早晩干上がっちゃうのが目に見えてるからね。
だから、後方の部隊と連絡が取れるまで、戦死者を埋めたり首実検をしたりしながら、待ってたとこなんだ。
あ、ちなみに、街道沿いに逃げた連中についてはちゃんと追撃部隊を出してるよ。夜道は危険だけど、今は混乱して逃げてる連中も、放っといて気持ちが落ち着いたら反撃してくるかもしれないからね。
ただ、面倒くさいことに関ヶ原から近江方面に向かう街道は二筋あって、必然的に軍勢も分けなきゃいけなかったんだよ。
夜中に新たに軍を編成するのは無理筋なんで、逃げた敵の多い東山道には、畠山義長たち別働隊2万をそのまま送り込んだ。で、もう一筋の北国脇往還には、元々第2陣として準備してた忍足高明、藤平弘昌、安東通季たち、8千を送ったんだ。
本当は、ここで信長さんの越前征伐みたいに一気呵成に侵攻させられれば良かったんだけど……。でも、近江国内には敵の後詰があちこちに控えてるだよね。だから、どっちの部隊も歯止めをかけてるんだ。東山道軍は佐和山城を攻略するまで、北国脇往還軍は春照宿までは追撃して良いって伝えてあるよ。
え、追撃部隊への指示に差が付いてるのはなぜか、って?
ぶっちゃけ言うと、全てにおいて差があるからね。まず兵数が倍以上違うし、指揮官が違う。北国脇往還の方に真壁氏幹さんとかが加わってれば、もっと先まで追撃させることも考えたけど……。あれだけ暴れさせた後に、山道を10kmとか走らせるのは流石に酷だよ。
さらに言っちゃうと、北国脇往還は春照で長浜道と分岐してるんだ。敵がどっちに逃げるかは分からない。そこで、少ない手勢をさらに二手に分けてたら、兵が足りなくなって追撃どころか反撃を食らう可能性だってあるだろ? それから、どっちか一方を選んだら、選ばなかった方のルートを辿られて、逆に背後を突かれる可能性だってあるんだ。
いずれにしても、長浜に敵の後詰2万がいるのは分かってるんで、ここは無理をさせないことにしたの。
さらに戦果を上げたいとこではあるけど、この時点で、既に里見方が圧倒的に有利なんだよ。あんまり欲張って盤面をひっくり返されるのだけは避けたいからね。それに平城の長浜が相手なら四斤山砲も効果バツグンだ。攻城戦になってもそれほど苦にならないはず。
まあ、この先は徳川勢と合流してからかな? なんて考えてたら、今度は早馬が二騎続けて飛び込んできたよ。見てたらどっちが先に報告するかで、言い争いを始めた。……どっちでも良いんだけどな。面倒だ、俺が決めてやりますか!
「見苦しい! 皆の前で言い争いをするとは何事か!」
「「申しわけございませぬ!」」
「どちらも急ぎなのであろう。順に聞いてやるゆえ、其方から手短に話せ!」
「はっ! |畠山義長、本日寅の刻より佐和山城に付け入り、一気呵成に攻め落としてござる!」
「よし! でかした!! で、其方は如何した? 続けて申せ」
「はっ! 申し上げます! 春照宿の陣地に、長浜から降伏を求める使者が参りました!!」
「へ?」
「つきましては、信義様におかれましては、春照宿へ後詰をお願い申し上げまする」
「…………あい分かった! 関ヶ原の押さえをし次第なるべく早く向かうゆえ、後詰が着くまで待機せよと忍足高明に伝えよ」
「はっ!」
佐和山は分かる。畠山義長たちが頑張ったからね。でも長浜、お前はなぜだ?
いや、降伏してくれるんなら手間が省けて万々歳なんだけどさ。ただ、俺、長浜には全く手を突っ込んでないんだよ。なんで何もしてないのにいきなり降伏してくるの!?
俺はいかにも当然のことのようにどっしり構えながら、内心の動揺を抑えて指示を続けたんだ。




