第232話 動く!動く!動く!
天正13年(1585年)11月29日 夜 美濃国 安八郡 赤坂 里見信義本陣
皆さん半日ぶり! 梅王丸改め 里見弾正忠信義こと酒井政明です。
亥の刻の鐘が鳴り、出陣の準備も整ったんで、予定通り関ヶ原に方面に向けて移動中だよ。今は当座の目的地である垂井宿に入るちょっと手前ってとこかな。
今のところ、俺たちの行軍が羽柴方にバレた形跡はない。こういう時、敵の諜報網を掌握してるのは強いよ。なにせ、今回の作戦の肝は『相手に気付かれずに、どれだけ接近できるか』だからね。
あ、ちなみに普段は風魔衆を始めとする自前の諜報機関は、情報収集ぐらいにしか使ってないんだけど、今回に限ってはフル稼働させてるよ。考えてみたらこれだけ多くの忍の者を動かすのって初めてかもしれないね。割合で言っても、第三次国府台合戦以来じゃないかな? ま、この合戦は天下分け目の戦いになるからね。流石に出し惜しみはしてられないよ。
実は、今してる夜間行軍でも先導は忍の者に任せてるんだ。夜目が利くって素晴らしい!
もちろん仕事は相手の情報収集を妨害したり、道案内に使ったりするだけじゃないよ。今回に限っては、普段は控えてる乱破働きもさせる予定。だから、かなり前から敵陣に侵入させてるんだよね。
具体的に言うと、今晩はちょうど良いタイミングを狙って、敵陣の各所に放火して回る手筈になってるよ。
そんなわけで、味方が到着した頃には火事も起こってて、手の付けられない状況になってるはず。敵は混乱してる上、味方は暗闇の中から火に向かって攻撃を仕掛けられるだろうから、場合によっては予想以上の楽勝になるかもしれないね。
『人事を尽くして天命を待つ』って言うけど、これだけ準備を整えたんだ。後は天命を待つだけだよ。
ただ“人事”の面では満額回答にはならなかったんだよね。
何が足りないのか、って?
うん、欲を言えば義弘さんが来るのを待ってから仕掛けたかったんだけど……。ま、今日を逃すわけにはいかないし、間に合わなかったのを悔いても仕方ないよね。
こんなことを考えながら、俺は、夜道を進んでた。
そしたら、とうとう来たよ! 来た! 来た!!
「馬から下りろッ!! 全軍しゃがめェェ!!」
「「「馬から下りろッ!! 全軍しゃがめェェ!!」」」
俺は叫びながら馬から飛び降りた。そして事前の指示通り、侍大将たちは皆、俺の言葉を復唱すると、投げ出されるように馬から飛び降りる。
上役の叫びを聞いた兵士たちも、皆しゃがもうと試みる。でも、戸惑いを隠せず行動できなかった者を中心に、多くの兵が立っていられずに転倒した。
天正13年(1585年)11月29日 亥の刻 天正地震発生
ゴゴゴゴゴっと地鳴りを上げながら、突き上げるような揺れが何度も続く。周りを見たら立ってられずに座り込んじゃってる者がほとんどで、馬も『伏せ』の姿勢でへたり込んじゃってる。メキメキッという音も聞こえてきたから、目を凝らして見たら、進路にある垂井宿の建物がリアルタイムで倒壊してった。
こりゃ想像してたのの何倍も凄いや。俺は北海道南西沖地震とか千葉県東方沖地震とかしか体験したことないけど、阪神淡路大震災は知識や映像として知ってる。あれを引き起こした兵庫県南部地震がM7.3。それに対して、天正地震はM7.8~8.2って推定されてるんで、仮にM8.0としても兵庫県南部地震の約11.2倍のエネルギーってことになる。よく考えたら、あの高速道路がひっくり返ってる映像の10倍以上なんだもん、簡単に済むわきゃなかったよ。
え? 地震が来るのを知ってたのかって?
もちろん! この夜襲だって、羽柴方が地震で大混乱してるのに乗っかろうって理由からだし、4日おきの全軍野営は、家屋が倒壊したとき将兵に被害が出るの防ごうとしたためだよ。だって、夜襲が出来ない可能性だってあっただろ? 敵の警戒が強くて、夜襲に持ってけないケースとかさ。ちなみに、普通に天幕で夜を迎えたとしたら、地震発生直後に行動を開始するつもりだったんだけどね。
それから、関東・東北方面から進撃してる里見方の主力を遠江以東で留めてるのだって、対策の一環だよ。記録を調べたら、三河辺りまで行けば地震による直接の被害は無さそうなんだけど、伊勢湾・三河湾には津波襲来の記録が残ってたの。だから大事を取って浜松までで止めといたんだ。津波に関しては、輸送とかのために持ってきてた大型船は、夕方のうちに沖出しするように指示してはいるんだけど、果たしてどうなったことやら……。ちなみに、兵糧を大量に集積してたのも、『被災者への炊き出し』って裏目的があったりする。
ここまで考えて準備してあったんで、そのまま計画を実行したわけだけど、まさかこんなに激しい地震だったとはね。立って歩けもしないんだから、便乗して攻撃するどころじゃなかったよ。今は計画を立てた過去の自分を殴りたい気分だね。
でも既に『賽は投げられた』んだ。ここまで来ちゃったら、実行するしかない。揺れが収まって来たことを確認した俺は、馬廻を走らせて、部隊長たちを呼び集めた。
三々五々で集まってきた武将たち。どうやら主要メンバーに怪我人はいなさそうな感じ。ちょっとホッとしたよ。とりあえず最初に聞くのはこれだよね。俺はまず被害状況の確認から始めたんだ。
「皆の衆、軍内に怪我人は出ていないか?」
「驚いた馬が竿立ちになり、落馬した者や蹴られた者はおりますが、大きな被害は出ておりません」
よし! 想定の範囲内に収まったみたいだ。俺はさらに続ける。
「うむ、大事がなくて何よりだ。さて、このような天変地異に巻き込まれたわけだが、予定通り行軍は継続する」
「恐れながら申し上げます。この大地震に兵たちの動揺が激しく、それは如何なものかと」
と、ここで勝又義仁が口を挟んできたよ。ここは丁寧に説明しないと疑問が残るとこなんだけど、あんまり長く説明しちゃうとダレるから、短く済ませたいと思ってたんだ。流石は15年以上の付き合いなだけあって良く分かってる。『質問』って形で俺に『説明』の機会を作ってくれたんだね。
「うむ、それは一理ある。しかし、勝又義仁、考えてもみよ。我らは行軍中にこの大地震に遭うた。しかし羽柴方は地震に遭わなんだのか? そうではなかろう? それに、見よ、あの垂井宿の惨状を。屋外で過ごしておった我らは馬に蹴られる程度で済んだが、屋内におった羽柴方の連中は一体どうなったことやら……。我らとて城内で休んでおったら、潰れた建物で命を失うておったやもしれぬぞ?」
皆が息を呑んだのを見て、俺は全体に向かって語りかける。
「私は思う。この未曾有の天災に遭うて我々がほとんど損害を受けておらぬのは、天が我らに味方したのだと。『悪逆非道の羽柴秀吉を討て』と天も我らの後押しをしてくれておるのだ。この戦、勝利は確実ぞ!」
「良く分かり申した。若様、この義仁が不明でございました。天が与えてくれたこの僥倖、しっかり掴み取って見せましょうぞ! のう、皆の衆!!」
「「「応!」」」
宗右衛門との遣り取りを聞いて一同の雰囲気が完全に変わったよ。これならイケイケで作戦変更しても大丈夫そうだね。
俺は、密かに準備してた作戦プランBを開陳することにしたんだ。
「皆の同意、有り難く思う。さて、この大地震で事態が変わったゆえ、ここで新たな作戦を申し渡す。
本来であれば、ここで陣を敷き、援軍に出てくる羽柴勢を迎え撃つ予定であった。しかし、敵が混乱しているのが確実な今、そのまま迎え撃つだけでは勿体ない。軍を分けて関ヶ原に侵攻する!」
「そうこなくては!」
「腕が鳴るのぉ!」
真壁氏幹さんたち脳筋な人達が、口々に喚くのを苦笑しながら見てると、東側が一際明るくなるのが見える。
おお! もう来なすったか!! 実は史実でも大垣城は倒壊・炎上・消失するはずだったんだ。音がしないからまだ砲撃は始まってないみたいだけど、『火が出たら攻撃せよ』って指示だったから、砲撃が始まるのは時間の問題だ。こうしちゃいられないよ、急がなきゃ!
「見よ! またもや天佑だ。大垣城が燃え始めたぞ! こうしてはおられぬ。急ぎ陣立てをいたす。後陣の8千を率いる水谷正村、酒井政辰、加藤弘景はここに陣を敷き、大垣城から敗走する敵を討て。一兵たりとも関ヶ原の陣に合流させるでないぞ」
「「「はっ!」」」
「残りの2万は関ヶ原に侵攻いたす。先鋒は行軍の並び通り、真壁氏幹、梶原政景に任す。砲兵を帯同し、砲撃で十分に敵を混乱させてから突入すべし。ただし、このような大地震では必ず揺り返しが来ると聞く。建物への突入は控え、建物内の敵には火計をもってあたること。ああ、そうそう、くれぐれも同士討ちには気を付けてな!」
「「はっ!」」
「よし、その他の並びも行軍順通りだ。後ろに配置された者も焦るでないぞ。次の長浜攻めは順番を入れ替えるでな」
「「「おおっ!」」」
「それでは戻って兵どもにも伝えてやれ。『手柄は立て放題ぞ』とな!」
「「「「「応!」」」」」
気合いの籠もった返事を残して、諸将は持ち場に散っていった。
さあ、天下分け目の決戦だ。腕が鳴るね!
 




