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第231話 事態を動かす ※地図あり

後書きに地図を載せました。

天正13年(1585年)11月29日 夕方 美濃国 安八あんぱち郡 大垣城



 羽柴長秀を主将とする3万が駐屯するここ大垣は、羽柴方の最前線となっていた。


 対する里見方は、北の赤坂から南の高田まで、総勢10万余が4里にわたって弧を描くように布陣している。


 長秀は動けない。3万の軍勢を有するとは言え、10万の敵に対して無策に討って出ては、すぐに殲滅されるのが目に見えているからだ。


 逆に里見()方も、3倍を優に超えているにも関わらず攻めかかってこないが、これは、後方の関ヶ原に羽柴秀吉率いる5万5千が布陣しているためであろう。攻城に注力すれば挟撃されかねないとなれば、二の足を踏むのは当然のことである。


 もう一つの戦線である伊勢・伊賀方面も、両軍の戦力が拮抗しており、小競り合いに終始している。


 天下分け目と目されたこの決戦であるが、現状は奇妙な膠着状態に陥っていたのである。



 とは言え、双方に全く動きが無いわけではなく、最前線で指揮を執る羽柴長秀は、今日も遺漏の無いよう、入念に状況の確認を行っていた。




「里見に新手が到着する兆しはあるか?」


「いえ、伊勢方面からの部隊が高田に布陣して以来、目立った動きはございません。また、三河方面に入れてある細作からも、後詰めが着陣したとの報は入っておりません。強いて挙げるならば、船を使った物資の移動は相変わらず盛んで、関東方面から毎日多量の兵糧を運び込んでいるようです」


「ふむ、『先に兵糧を確保し、大軍が十全に戦が出来る支度を調えようとしている』と言ったところか……」


「恐らくその可能性が高いかと。あ、それと、今日は“天幕の日”ですので、野営の支度を始めております」


「ああ、そうか。今日は4日目の“天幕の日”か」




 報告を聞いて長秀は、何とも言えない微妙な表情をした。実は、里見勢は着陣以来各部隊を3つに分けていて、そのうちの1隊を不寝番として屋外で夜を過ごさせていた。しかし、なぜかは分からぬが、4日目は全軍が屋外に布陣して夜を過ごすという循環を組んでいたのである。それが“天幕の日”であった。


 夕刻に全軍が城外に布陣する姿を見て、最初は動揺を隠せなかった羽柴勢。しかし、10日もすれば見慣れた光景になってしまい、今となっては“天幕の日”だけで通じる恒例行事となっていた。




あれ(●●)を最初に見たときは、『すわ、今晩は夜襲か!?』と慌てたものだ。おおかた本当に夜襲をするときの稽古のつもりなのだろうが……。敵ながらこの寒空の中、御苦労なことだ」


「そうですな。それに比べて我らは、屋根の下で寒さに震えることなく過ごせるのですから幸せな物です」


「ま、これだけ“稽古”を繰り返してくれているのだ。我らも“見取り稽古”が出来て、“良し”としなければならんの」


「まさに仰るとおりでございますな」


「「わははははは」」




 一頻り笑った後、長秀は顔を引き締めて言う。




「……とは言え、いきなり仕掛けてくるかもしれぬ。彼我の距離は1里近く離れているが、間道を使って奇襲をかけて来ぬとも限らぬ。今後もしっかりと見張っておくのだぞ」


「はっ!」








天正13年(1585年)11月29日 昼前 美濃国 安八あんぱち郡 むすぶ



 皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見弾正忠信義こと酒井政明です。

 美濃に着陣して20日。今日は軍議のために徳川家が本陣を敷く結城むすぶじょうに来てるんだ。



 俺の本陣ですればいいじゃないか、って?


 俺は大垣城の北で、関ヶ原にも近い最前線の赤坂に陣を敷いてるんだ。赤坂は『敵の連絡を絶つ』って意味からも重要な拠点なんで、俺が引き受けたの。でも、陣地全体を俯瞰すると右翼の突端に近いんだよね。どう考えても集まるには不便だから、揖斐川の水運も使えて便利な結城で軍議をすることにしてるんだ。


 一応これまでも軍議はしてたんだけど、今日の軍議はこれまでとはちょっと違うよ。やっと機が熟したからね。


 俺は、居並ぶ諸将を見回すと口を開いた。




「各々方、機は熟し申した。今宵羽柴勢に夜討ちをかけ申す」


「おお!」

「待ちかねましたぞ!」

「腕が鳴るわい!」




 口々に威勢のいいことを叫ぶ武将たちに向かって、まず俺は頭を下げる。




「これまで敵をあざむくためとは言え、4日おきに寒い思いをさせてしまい申しわけござらぬ。しかし、大垣城に潜入させておる細作によれば、『4日前に城外に布陣した折には城兵たちに気の緩みが見られた』とのこと。ならば今回はもっと気が緩んでいるはず。おそらく多くの兵は、我らが城外に兵を出したとしても『毎度のこと』と思うだけでしょう。そこを突こうと存ずる」


「流石は信義(弾正)殿。して、我らはどのように動けばよろしいので?」


斎藤利堯(玄蕃助)殿たち美濃衆には、砲兵1千を付けますゆえ、北側の城外より本丸に直接砲撃を加えていただきたい」


「心得た!」


「徳川勢は城に火の手が上がるのを待って総攻撃をかけよ。酒井忠次(左衛門尉)は東を、本多忠勝(平八郎)は南を分担いたす。両人にも砲兵500ずつを付けるゆえ、城門の破壊や、後方の攪乱に有効活用せよ」


「「はっ!」」


「武田信勝(太郎)殿は、畠山義長(尾州)らとともに、藤古川ふじこがわ沿い布陣し、関ヶ原からの援軍が南宮山の南回りで進軍してくることのないよう、しっかりと押さえていただきたい。なお、関ヶ原の敵陣が此度こたびの夜襲等で混乱しているようでしたら、義長らと談合の上、攻めに転じていただいても構いませぬ」


「有り難し! 武田の底力、お目にかけましょう!」


「期待しておりますぞ。最後に私は、垂井たるいに進出し、関ヶ原から来るであろう援軍を迎え撃つとともに、大垣城の敗兵を殲滅いたします。また、もしも(●●●)の時は殿しんがりを務めますゆえ、皆様は心置きなく城攻めに御注力くだされ」




 俺の話を聞いて、斎藤利堯さんが申し訳なさそうに呟く。




「信義殿、明智攻めの時もそうだが、我ら美濃勢が美味しいところをいただいて申し訳ござらぬ」


「利堯殿、こちらは戦況次第では逆に関ヶ原の敵陣に一番乗りをかけるのでござる。逆に一番美味しいところは私どもがいただくやもしれませんぞ?」


「これは一本取られましたな!」


「「「「「わははははははは」」」」」




 全体が和やかな雰囲気に包まれたところで、俺は話を纏めにかかる。




「さて、今晩は亥の刻(10時)に出陣、子の刻(0時)に大垣城への総攻撃に入るようにお願いいたします。なお、子の刻を待たずとも、城に異変があるようでしたら攻撃を始めていただいて結構でござる。


 また、この策は、例え雪が降ろうが槍が降ろうが実施いたします。ゆめゆめ遅れることのないよう、お願い申し上げる。皆様、悪逆非道な羽柴一味に目に物見せてくれましょうぞ!!」



「「「「「応!!!!」」」」」




 みんな良い返事をして自陣に戻ってったよ。さて、今夜は長い夜になるんで、俺も陣地で一寝入りしてきますかね。


 じゃ、また後で!!









本話開始時点の全国の状況です。水色:里見方、ピンク:羽柴方、白:中立になります。

挿絵(By みてみん)

※九州がほとんど中立なのは、池田恒興が九州探題権限で参戦をストップさせたからです。大友家だけは池田家からの使者が間に合わず、羽柴方で参戦しています。


こちらは周辺の状況です。

青系統:里見方(※黄緑:里見方で新規参戦)

赤系統:羽柴方(※オレンジ:羽柴方で新規参戦)

挿絵(By みてみん)

※北陸勢は、近江に近い越前衆は秀吉の圧力を受けて参戦してしまいました。大野郡の金森長近だけは雪深い事を理由に参戦していません。



最後に近江・美濃境界付近の戦力配置図です。

挿絵(By みてみん)


※軍勢の配置場所と主な武将

【里見方】

★美濃赤坂  兵数:2万8千(うち寝返り部隊1万5千)

       里見信義、真壁氏幹、水谷正村、梶原政景

★美濃結   兵数:4万(うち寝返り部隊1万5千)

       酒井忠次、本多忠勝(+寝返り部隊1.5万)

★美濃曽根  兵数:2万

       稲葉貞通、斎藤利堯、森長重、遠山友忠、大須賀康高

★美濃高田  兵数:2万

       武田信義、畠山義長、内藤昌月、真田昌幸、北条高広、依田信蕃

★美濃岐阜  兵数:1千

       長沼三徳

★伊賀上野  兵数:2万

       織田信吉、山岡景隆、湯川直春、鈴木重秀、太田資正、太田康資

★伊勢亀山  兵数:1万

       織田信重、榊原康政



【羽柴方】

☆美濃大垣  兵数:3万

       羽柴長秀、氏家行広

☆美濃関ヶ原 兵数:5万5千

       羽柴秀吉、黒田孝高、宇喜多秀家、穂井田元清、大友義統

☆近江長浜  兵数:2万

       織田三法師、羽柴秀勝、長岡忠興

☆近江安土  兵数:7千

       杉原定利

☆近江水口  兵数:3万

       宮部継潤、蜂須賀家政、仙石秀久

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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
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