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第228話 前哨戦 ※地図あり

後書きに地図を載せました。

天正13年(1585年)11月5日 近江国 蒲生郡 安土城



 安土城では秀吉の出陣の準備が整いつつあった。播磨はりまに駐屯していた3万5千の軍勢は既に瀬田川を越えたとの報を受けている。最終的には岡山の宇喜多勢の到着を待って出陣する予定ではあるが、その宇喜多勢も摂津せっつ高槻たかつきを出た。遅くとも5日後には出陣が叶うはずである。


 去る10月28日に安土を発った三好信吉(※羽柴秀次)勢は既に三河に入った頃であろう。


 降雪のため羽柴長秀勢3万と、尾藤・仙石の率いる伊勢方面の別働隊2万は、少々足止めを食ってしまったが、どちらも一昨日には美濃・伊勢に入ったとの連絡が入っている。



 着々と準備が進む中、大坂の増田長盛からの使者が新たな報告を持ってやって来た。




「申し上げます。毛利輝元(右馬頭)様、出陣を快諾。先陣は15日には大坂(おもて)に着陣の見込みにござる」


輝元(右馬頭)殿の忠勤、有り難し! 増田長盛(仁右衛門)には毛利勢が着陣し次第、速やかに安土へ移動できるよう道中の手配を申し付ける」


「はっ! 増田長盛(右衛門尉)しかと申し伝えます」


「皆の者、聞いたか! 中国から4万の新手が参陣じゃ! 西国や北陸の諸将も追々参陣するであろう。我らの勝利は近いぞ!!」




 広間に「わっ」と歓声が上がる。その興奮が冷めやらぬ中、新たに一人の男が転がり込んできた。




「申し上げます! 仙石秀久(越前守)より伝令! 本日早朝、伊勢派遣軍は一志郡いちしぐん木造ヶ原(こづくりがはら)で敵の大軍の待ち伏せに遭いましてございます。奮戦(むな)しく尾藤知宣(左衛門尉)様は討死なさいました。あるじ秀久は『近江へ退き、鈴鹿峠を固めて敵を防ぐ』と申しております」


「敵は誰じゃ!?」


「旗印は『足利二つ引』。畠山かと見受けられます」


「畠山だと!? 畠山義長(尾州)は身罷ったのではなかったのか!? こうしてはおられぬ。宮部継潤(善祥坊)蜂須賀家政(彦右衛門)、2万の兵を率いて水口みなくちに入り後詰めをせよ」


「「はっ!」」


「皆の衆、慌てるでないぞ! ここは里見に出し抜かれたが、中入りの軍は補給が続かぬ。落ち着いて締め上げれば済む話じゃ。西国の援軍が届いたら真っ先に踏み潰してくれようぞ!」




 思いもかけぬ敗戦の報に、一瞬浮き足立ちかけた羽柴勢であったが、大将である秀吉の力強い言葉のおかげで、すぐに落ち着きを取り戻す。




 しかし、その状態は永くは続かなかったのであるが。


















天正13年(1585年)11月5日 朝 三河国 額田郡ぬかたぐん 岡崎城



 皆さんおはようございます、梅王丸改め 里見弾正忠信義こと酒井政明です。

 やっぱり『冬はつとめて』だね。俺は妻の徳さんと一緒に、透明な冬の空気を味わいながら、縁側から白い霜に覆われた庭を眺めてるよ。


 俺たちの目の前にある(白州)には、三好信吉(羽柴秀次)を筆頭にした羽柴軍の武将たちが縛られて転がされてるんだけどね(笑)


 それにしても、『亀甲縛り』ってこうやってやるんだね! 縛られてるのがむさい男どもだから何とも思わないけど、一つ勉強になったよ(笑)



 え? どうやって捕まえたんだ、って?


 ああ、それね。昨日、羽柴勢が到着したんだけど……。ああ! 徳川家の援軍(●●●●●●)(笑)としてね。だから、「冬で寒いから」って物頭ものがしら以上の武将たちを全員城内に招き入れ、『歓迎の宴』と称して、酒とヒカゲシビレタケを振る舞ってやったらイチコロだったよ。


 で、全員縛り上げて、土牢に放り込んでおいて、朝になったから引きずり出してきたんだ。


 一晩経って痺れが抜けたんで、案の定みんなギャアギャアわめいてる。まあ、忍者だって縄抜けできないレベルで雁字搦めにしてるから、どんなに喚いたって「負け犬の遠吠え乙」なんだけどね(笑)


 俺たちの姿を見て、一人がなんと徳さんに向かって喚きだしたよ。身の程知らずだねぇ。



 

徳姫(お方)様! まさか、織田家を裏切っておったとは!!」


「はて前野長康(将右衛門)。妾は一度も“織田家”を裏切ってなどおらぬぞ?」


「しかし、9月には確かに『先鋒として謀反人を討つ』と!」


「だから、ほれ、この通り謀反人を捕らえておるではないか。それに今頃は本多忠勝(平八郎)が清洲城に入っておる頃だろうて」


「織田家の御連枝ともあろうお方が里見の甘言に騙されるとは! 情けなや!!」


「黙れ、長康(将右衛門)! 騙されておるのはおぬしらの方じゃ!! これを見よ!」




 徳さんが書付を取り出して白州に放り投げる。前野長康たちはそれを見るなり顔色がどんどん悪くなってった。まあ、当然だよね。宛先は信孝。書かれてる内容は、滝川一益を討つ対価として希望する褒賞。そして、書かれた字は秀吉の筆跡・秀吉の花押なんだからさ。    (偽造だけど(笑))




「分かったか? 信孝(三七)めをそそのかし、信包(叔父)様と信雄()様を殺させたのが誰か? 信孝は滝川一益(左近将監)信雄()様に罪をなすりつけるつもりであったようだが、さらにその上を行ったのは見事じゃ。しかし、殺された3人は皆、主筋の人間ぞ? 己が野望のために主家を滅ぼそうとするあの秀吉(禿げ鼠)こそが謀反人であろう! このような証拠を示されても、おぬしらはまだ秀吉(謀反人)に忠義立てをするのか!?」


「「「………………」」」




 結論から言うと、みんな(●●●)里見に寝返ることになったんだ。でも、三好信吉(羽柴秀次)まで「寝返ります」って言うとは思わなかったよ。お前、秀吉さんの親族じゃなかったの? 親族でもそんな悪辣なヤツには付いていけない? ……ソウデスカ。



 あ、当然こんな連中信用しないよ? だから、船で後方に送って戦後まで幽閉しとく予定。


 え、甘いんじゃないか、って?


 うん、そう言いたくなる気持ちは分かるけどさ。コイツら3万の兵を率いてきてるんだよね。負けたんならともかく、兵は無傷でいるんだよ。そんな中で主君(雇用主)を殺しちゃったら、3万の兵が内乱を起こすかもしれないじゃん?


 だから、主人を人質にとって、「主人の罪を減らしたかったら働け」って説得(●●)したんだ。3万がそっくり寝返ったら大きいと思わない? しかも「主人を救おう!」って士気も高いし。


 信吉(秀次)も許すのかって? いやぁ、俺は「許す」とは一言も言ってないよ? 活躍度にもよるけど、せいぜい「罪一等を減じる」ってとこが関の山じゃないかな? まあ、信吉(秀次)だと、部下が相当活躍しない限り『打ち首』から『切腹』にスケールダウンするぐらいだろうね。



 ちなみに、現状で周辺に展開してる味方の兵力はこんな感じ。


 伊勢:3万8千 畠山義長、織田信吉、山岡景隆、武田信勝ら

 尾張:1万5千 本多忠勝ら

 美濃:  8千 稲葉貞通、斎藤利堯ら

 三河:6万1千 里見信義、徳川竹千代+寝返り部隊


 伊勢方面には傷の癒えた畠山義長を送り込んだよ。実は夏の段階で傷は癒えてたんだけど、『阿片抜き』に時間がかかっちゃって、まだ療養中だったの。一切情報が表に出てこなくなったもんだから、上方かみがたでは『死んだ』って噂がまことしやかに流れてたんだって。風間隼人情報だと、秀吉が里見うちにいちゃもん付けてきたのは、『義長の死で戦力ダウンしてるから』ってのも理由にあるらしい。酷いよね。だから、里見こっちは、最後まで畠山義長情報を秘匿して、いきなり実戦投入してやったんだ。ははは、今頃きっと慌てふためいてるだろうね。


 戦力的にも里見こっちが優勢なんで、北伊勢の織田信重さん(※信包の息子)とかも合流してくるんじゃないかな?



 え? 最初に知らせておけば良かったじゃないか、って?


 それも考えたんだけどさ、最初から知らせておくと、情報が漏れるリスクが増すじゃん? だから、事前交渉は、里見と関係が深い人、里見の強さを身に染みて実感してる人に絞ってしてたんだ。


 正直なところ、斎藤利堯さんを交渉相手に加えるのは、ちょっとハイリスクだったんだ。でも、どうしても岐阜までは里見こっちで押さえときたかったんだよね。ちなみに、稲葉貞通さんが付いてきてるのは、利堯さんの説得のために稲葉一鉄さんを駆り出したからだよ。



 風間隼人情報だと、羽柴勢の第2陣はいくさ上手の羽柴長秀(小一郎)が3万の兵を率いてくるって話なんだ。史実の織田信秀さんの時みたいに2千とか3千で籠もったら厳しそうだけど、斎藤勢・稲葉勢は合計で7~8千はいるからね。天下の名城岐阜城に8千人がもってたら、流石の羽柴長秀でも数日間で攻略するのは難しいと思うよ。


 で、岐阜で足止めを食らわせてる間に、里見と徳川で尾張を制圧しちゃえば、織田長益(有楽斎)さんとか、信雄さんの旧臣とか、織田一門が味方に加わってくるはず。そうなったら近隣の味方の手勢だけで9万を超えてくるから、長秀も岐阜攻めは諦めては退くだろうってのが、俺の目論見もくろみ。しばらく膠着状態に陥らせてれば、そのうち東関東と奥羽から追加で10万の兵が到着する。そうなれば、兵力差に物を言わせて一気に羽柴勢を攻め潰せるはずだよ。



 え? 諦めずに羽柴勢が岐阜城を攻め続けたらどうするつもりなんだ、って?


 10万近い味方で3万の羽柴勢を取り囲んで、包囲殲滅戦をやるだけだよ。今回味方に付けた3万に加えて、新たに3万もの軍勢が壊滅したら、その段階で完全に戦力差が逆転するよね。そうなったら、一気呵成に近江に攻めかかるよ。


 ま、長秀は優秀だし、どっちかというと慎重派だから、失敗したら高い確率で窮地に陥りかねない選択肢は取らないと思うんだ。だから、義頼さんの到着前に決着が付いてるルートはまず無いだろうね。



 秀吉の方としては、焦って西日本を中心に招集をかけてるみたいだけど、残念ながらもう遅い。北陸方面は既に雪で身動きが取れないし、九州方面は距離があってすぐには動けない。まあ良くて中国の毛利と土佐の長宗我部が加わるぐらいじゃないかな?


 それだって怪しいもんなんだけどね。だって、秀吉が動いてるってことは、里見こっちも動いてるってことじゃん。当然、関係各所に“真実”を伝える密書なり檄文なりを送ってるから、裏で日和見に回ってる人も多いんだ。紀伊の蜂屋頼隆さんとかが動いてこないのも、きっと密書の効果だろうね。



 さ、それじゃあさっさと進軍を開始して、美濃で運命の日(●●●●)が来るのを待ちますかね!










挿絵(By みてみん)

青系統が里見方、赤系統が羽柴方、白は中立(開戦時)です。

見えにくい場合はクリックして拡大の上御覧ください。





明日も7時頃投稿予定です。

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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
― 新着の感想 ―
秀吉にはない里見家の強みは海軍力ですので、秀吉に味方する大名の居城で海に近い城を標的として艦砲射撃で壊滅させれば、その報せを受けた大名は慌てて自領に引き返すでしょうから、羽柴軍を弱体化させられますね。…
三秀次まで「寝返ります」って言うとは思わなかったよ。お前、秀吉さんの親族じゃなかったの?  親族でもそんな悪辣なヤツには付いていけない? ……ソウデスカ。 ...政明さん、本人からすれば【ヤバい証拠…
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