第227話 宣戦布告
天正13年(1585年)10月25日 常陸国 新治郡 土浦城 広間
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見弾正忠信義こと酒井政明です。
とうとう秀吉から詰問使が送られてきたんだ。今は使者が持ってきた書状を義頼さんが読んでるところ。ちなみに使者は富田信広と石田三成ね。2人して固唾を呑んで義頼さんを見守ってるよ。
難しい顔をして読んでた義頼さん。眉間に皺を寄せながら、正使の富田信広に問いかける。
「富田信広殿、この『里見家が滝川一益の一門を匿うている』という話は、一体どこから出てきたのじゃ?」
「上方で噂が広まったことがきっかけでござる。羽柴秀吉様も最初は信じておりませんでしたが、桑名城の塚を調べましたところ、埋まっていた死体の数が合わぬらしいのでございます。死体が足りないということは、誰かが逃がした疑いがございます。桑名を攻めたのは里見の与力衆なれば、羽柴秀吉様は、嫌疑を晴らすために里見頼義殿、里見信義殿が上洛し、釈明をすることを求めております」
「なるほどな。信義、いかがじゃ?」
おっと、義頼さんここで振ってきましたね。じゃあ打ち合わせ通りに行きますか!
「妙ですな? 確かに桑名城では死体の数を確認してから葬ったのですが……。そもそも滝川一門が何人城にいたのかということを、どこの誰が知っていたのでしょう?」
「信義はこう申しておる。信広殿、信義が嘘を吐いていると仰るのか?」
「い、いや、そうは申しませぬが……」
「お待ちくだされ!」
正使の富田信広は口籠もっちゃった。だけど、ここで“忠犬”石田三成がしゃしゃり出てきたよ。コイツ秀吉を盲信してるから面倒くさいんだよね。
「信義殿が嘘を吐いているかは我々には分からぬ。しかし! 噂が広まっておるのは事実。そして『火のないところに煙は立たぬ』と申す者もおる。確たる証拠があるのでしたら上洛して弁明すればよろしかろう!
それでも上洛はせぬということになれば、『謀反人を匿うている』と態度で語っているようなもの。誅伐の兵を差し向けられても文句は言えぬぞ!」
コイツ興奮して態度も悪いし最悪だね。もうちょっと引っ張って粗を探してやろうかと思ってたんだけど、腹が立つからこの辺で切り上げよっと。
「石田殿、落ち着かれよ。我らとて『上洛せぬ』とは言うておらぬ」
「では!」
俺の言葉に三成が喜色の混じった声を上げる。役目が無事果たせそうな雰囲気が漂い、嬉しそうな使者たちを横目に、俺は義頼さんに目配せした。義頼さんは大きく頷くと、話し始めた。
「うむ、そこまで言われては、天下の疑念を晴らさぬわけにはいくまい。この後、早速上洛の準備に取りかかろう」
「いや、安心いたしました。これで秀吉様に良い報告が出来まする」
「御安心くだされ、正しいことを申し上げれば、すぐに嫌疑は晴れましょう」
安心しきって、こんなことを口に出し始めた2人に、冷や水をかけるように義頼さんが言う。
「うむ、この里見義頼、ここまで言われて黙ってはおられぬ。『首を洗って待っておれ』と謀反人に伝えよ」
「「は?」」
人間、予想外のことがあると、誰でも固まっちゃうもんなんだね。俺は2人の様子を興味深く眺めながら、懐から一通の書状を取り出すと、「こちらはある手文庫の中から出てきたものでござる」って言いながら、2人の前に差し出してやったんだ。
2人はそれを見るなり、血の気が失せて震え出す。
「私どもには、秀吉殿が、信孝と交わした誓紙としか読めないのですが、いかがでござろう」
「……こ、これをどこで?」
「なに、安土城を攻略した折、色々と文書を押収しましてな。ただ、これを掴むのに少々手間がかかり、斯様な席で披露することになってしまいました」
どこから見ても真筆の誓紙を見せられ、為す術もなくプルプル震えるだけになった2人に対して義頼さんがとどめを刺す。
「さて、富田殿、石田殿。これで誰が謀反人か分かったであろう? 疾く戻って秀吉に伝えよ。里見勢15万、これから『謀反人を討ちに上洛する』とな!
そうそう、其方らの申すとおり、無実の滝川一益殿の一門は里見家で丁重に匿うておるゆえ安心いたせ。それ、早く動かぬか。ぐずぐずしておると、お主らが帰り着く前に、里見家の先鋒が不破関を越えてしまうぞ?」
それを聞いた2人は、我に返ると、転がるように城を飛び出していったよ。
え、誓紙なんて良く見つけたな、だって?
そんなのあるわけないじゃん! 偽造だよ偽造!!
でも、嘘は吐いてないよ? 俺は「安土城を攻略した折、色々と文書を押収した」「掴むのに手間がかかった」としか言ってないもん!
安土城で、秀吉や信孝の筆跡が残る文書を入手して、その筆跡を掴むのに手間がかかったんだよね。
ほら! 嘘じゃなかったでしょ?
当然、こんなのいくらでもコピー可能なんで、仮に焼失したり、盗まれたりしても全く問題ないよ。
それから、秀吉の野郎、嫌らしいことに思いっきり冬を狙って詰問使を送って寄越したんだけど、それも想定のうちだからね。
え? 10月は秋だろ、って?
それは旧暦だよ。今年の10月25日は、新暦で言うと12月15日なんだよ。でも御心配なく。『領内整備のため』って名目で、既に農閑期に入った直後には動員をかけてるからね。
そもそも里見家のシステムでは、冬期、各大名の兵力の半分は土浦に在留することになってるんで、豪雪地帯の大名でも普段の半分は無理なく動員できるんだ。
ふふふ、いろんな意味で完全にあてが外れたね。慌てる秀吉の顔が見てみたいよ。
雉も鳴かずば撃たれまい。秀吉も余計なことをしなけりゃ天下人の目もあったかもしれない。でも、もう遅い。里見に手を出したらどういう目に遭うか、身をもって体験してもらいましょうか!
天正13年(1585年)10月30日 近江国 蒲生郡 安土城
関東から帰還したばかりの富田信広と石田三成であったが、旅装を解くのも惜しみ、真っ先に織田家執政たる羽柴秀吉への面会を請うた。
程なくして面会が許された2人は、関東での出来事を包み隠さず言上する。
ちょうど居合わせたことで報告を聞くことになった者たちは皆、動揺を隠せなかった。
里見を嵌めるつもりでいたのが、逆に完全に嵌められていたということも大きいし、有利と見ていた兵数が拮抗してしまったことも大きい。
しかし、諸将を最も動揺させたのは、羽柴秀吉が織田信孝との間で取り交わしたとされる誓紙の存在であった。その誓紙が真実であるならば、羽柴秀吉が執政を務める大義名分は完全に瓦解するのだ。彼らが動揺するのも当然であろう。
動揺して視線を惑わせる諸将に対し、上座で報告を受けている秀吉は、目をつぶり微動だにしない。その落ち着いた振る舞いは、動揺する者を落ち着かせた。
長い長い報告が終わって数瞬、皆が固唾を呑んで見守る中、秀吉が口を開いた。
「富田信広、石田三成、大儀であった。どうやら我らは里見を侮っておったようじゃ。まさか兵を集めた上、偽の誓紙まで準備するとはな」
「畏れながら申し上げます」
「なんじゃ? 信広」
「私が見る限り、誓紙の花押は秀吉様のものとしか……」
「ふむ、三成、其方はどう見た?」
「はっ!」
(あっ!!)
主人の問いかけに答えようと顔を上げた三成の目に飛び込んできたのは、秀吉の瞳の奥に潜む漆黒の闇であった。
「……私には些か不自然に見受けられました」
「なっ!」
「うむ! そうであろう、そうであろう!」
秀吉は満足げに頷くと、驚く富田信広を一瞥し、後方に向かって顎をしゃくり上げる。
すると、音も無く近づいていた加藤清正の短刀が、信広の背を貫いていた。
「ふん! 大方里見に鼻薬でも嗅がされたのであろう! 裏切り者めが! 晒しておけ!!」
「はっ!」
信広の遺体が運び出されるのを横目に、秀吉は矢継ぎ早に指示を出していく。
「前野長康は徳川殿への使者を任す。昼夜兼行で浜松に向かい、里見の挙兵を伝えよ。徳姫様には『すぐに援軍を出すゆえ、籠城しながらお待ちくだされ』とお伝えせよ。
徳川家への援軍の大将は三好信吉に任す。3万の兵を率いて浜松に入り、徳川殿と談合し、敵を食い止めよ。2陣3陣もすぐ送るゆえ、決して自分から仕掛けるでないぞ?
尾藤知宣、仙石秀久は、ともに1万の兵を与える。鈴鹿峠と伊賀の二手に分かれて伊勢に向かい、信吉様ら織田家親族衆の参陣を促すとともに、里見が得意とする海からの中入りを防げ。
羽柴長秀は3万を率いて美濃に入れ。斎藤利堯や稲葉貞通らを参陣させた後は、三好信吉の後詰めのため浜松を目指せ。
増田長盛は大坂で兵糧の調達を任す。それとともに、続々と到着するであろう西国の衆を、取りまとめて送り出せ。
後陣5万は、儂自身が率いる。また、安土の留守居は秀勝に任す。三法師様をお守りして……」
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全ての指図が終わった時、並み居る諸将を前に秀吉は語る。
「はっきり言おう、儂は里見を舐めておった。此度も脅しをかければ、すぐに従うであろうと高をくくっておったのだ。それがどうじゃ、密かに兵を集めていたばかり、まさか、滝川の一味を匿い、儂に謀反人の汚名を擦り付けてまで、天下を転覆させようと企んでいたとは思いもせなんだ。儂の見込みの甘さで其方らには苦労をかける。しかし、儂が信長様とともに進めてきた天下布武の道、謀反人どもをのさばらせておくわけにはまいらぬのだ。どうか力を貸してくれ!」
「殿、頭を上げてくだされ!」
「関東の田舎者など何する者ぞ!」
「姑息な謀反人の首を信長様の墓前に供えようではないか!」
意気軒昂に喚く諸将、彼らに頭を下げた秀吉の口元は醜く歪んでいた。




