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第216話 曾祖父 土岐為頼の危機

天正13年(1585年)4月 上総国 伊隅いすみ郡 万喜まんぎ



 皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。北海道(蝦夷地)から関東に戻ってきたよ。



 室蘭で遊んでたのに、随分早い帰還だな、って?


 “遊んでた”なんて人聞きが悪い! 遊んでばっかりじゃなかったよ。ちゃんと地元の部族との友好関係も作ったし、鉄鉱山も3か所見つけた。それに、駐在員たちの憩いの場として登別温泉も整備してきたんだからさ。


 あと、早く帰れたのは、動力付きガレー船(焼玉エンジン搭載船)を駆使したからだよ。まだ家中で15隻しかないし、乗員数も限られてる。その上、燃費も悪いしエンジンの劣化も速いから、ここぞと言うときにしか使えないんだけどね。



 実は、土岐為頼(曾祖父)さん、だいぶ具合が悪いらしいんだ。正月に会ったときには元気にしてたんだけど、2月に風邪をこじらせてから、一気に弱っちゃったみたい。永田徳本さん(医聖)に診てもらってるんだけど、状況は悪化の一途をたどってるんだって。


 5日前にその話を聞いた俺は、とりあえず、緊急時の連絡用に絵鞆えともに置いてあった5隻の動力船のうち3隻を徴発して、上総に急行してきたってわけ。


 ただ、この船、秘密中の秘密なんで、原則として碇泊出来る港は限られてる。今回は寄港できたのが陸奥の塩竃しおがま港と、常陸の平潟ひらかた港だけだったんで、燃料切れが怖くて帆走を併用したんだ。全て機走だったら、もうちょっと早く着いたんだけどね。



 万喜城下は大変な混雑ぶりだった。俺も何回も訪れたことがあるけど、ここ数年は土岐家の転封によって本拠から外れてたんで、ずいぶん鄙びた感じになってた。


 それが、この人混み。為頼さんの人脈というか人徳というかが窺えるよ。




 そんな状況の中、到着した俺を大手門で出迎えたのは、土岐家の元家老 鎗田勝定だった。フル装備で当時2歳の俺を威圧してくれた男だよ。あれから15年近く経つんで、勝定も息子に家老職を譲ってる。今は御伽衆として為頼さんに近侍してるんだ。


 勝定の案内のもと、御殿の一室に入ると、そこには為頼さんの息子 土岐頼春(大叔父)さんが待っていた。


 少し戸惑う俺に向かって、頼春さんが頭を下げる。




信義(上総介)殿、聞けば、蝦夷地の視察中だったとのこと。我が父のために御足労いただき、この頼春、心より感謝申し上げる」



「いやいや、頼春殿(大叔父上)、そのようにかしこまられては困り申す。頭を上げてくだされ。


 そもそも為頼(慶含入道)様は私にとって曾祖父。曾孫が曾祖父を見舞うのは当然のことにござろう。


 さて、親族とは言え、見舞いに手ぶら(空手)では失礼に当たり申す。些少ではござるがお納めくだされ」




 俺が差し出した目録を見て、頼春さんがうなる。




「……こ、これは! このような貴重な品をかたじけない!」


「干しアワビやホタテの貝柱、昆布などの乾物類は、出汁としてお使いくだされ。何も入っていないかゆ重湯おもゆを摂るよりは滋養が付きましょう。熊の胆(くまのい)は『万病に効く霊薬』とも聞きますが、私には効用が分かりません。徳本先生とも御相談の上、お使いください。……ところで、その徳本先生は何処いずこに?」




 渋い顔をして頼春さんが答える。




「……それが、父が『儂はもう90を超えた。いくら徳本殿が名医とて、寿命を延ばすことは出来ぬ』と申し、徳本殿を呼んでも追い出してしまうのでござる。『万が一があっては』と説得し、若い医者を次の間に置いてはおりますが、その者に対しても、脈を取られることすら嫌がる始末。これでは治るものも治りませぬ。


 当の徳本殿でござるが、かの名医を、このような小城の内で腐らせていては、大いなる損失、しかし、万が一の時に対応できなくては困る。それゆえ、城下で具合の悪い家臣や領民を診てもらっておるのでござる」



「なるほど、『病に苦しむ者を広く救いたい』というのが徳本先生の信念。そうしていただいた方が本人も喜びましょう。しかし、曾祖父様には困りましたな。生を諦めた患者を治すのは、いくら名医といえども難しい……」




 生きる気力がなくて医者も拒否ってるとか、どうすりゃ良いの!? いくら未来知識のある俺だって、対策なんて簡単には思いつかないよ。


 鎗田勝定も一緒になって、3人でウンウンうなっていると、奥の間へ続くふすまが開いて、侍女が顔を出す。その侍女は平伏するとこう言った。




「御隠居様がお目覚めでございます」






―――――――― 万喜城本丸 奥の間 ――――――――



「…………信義(太郎次郎)殿、よくぞお越し下された。……御覧のとおりの有様でな。……悪いが寝たままで失礼する……」




 為頼さんに会うのは正月以来だったけど、その姿は見る影もなく変わり果ててた。頬はこけ、目の周りは落ちくぼみ、鋭い眼光だけが往年の姿をしのばせる。これを見せられたら誰だって思うだろう、『このままじゃ長くない』ってね。


 しかも、悪いことに本人も『自分は長くない』って思っちゃってるから、まともに正面から説得しても納得しないってのが良く分かったよ。


 こりゃあ、正面突破は諦めて、搦め手(からめて)から攻めてみるしかないか。上手く行くかは分かんないけどね。





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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
― 新着の感想 ―
[一言] 主人公って子供産まれてるんでしたっけ? もし産まれてるとしたら「ひ孫の烏帽子親になってもらうつもりなのですが」といえば三途の川の畔からでもすっ飛んで返ってくる最強のジジイ特効ですぞ。
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