第215話 蝦夷地開発の現状②
天正13年(1585年)3月 東蝦夷 室蘭
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
話の続きになるけど、函館の次に開発したのが、ここ絵鞆・室蘭だよ。
小樽や釧路と違って、地元の族長が友好的だったんで、秋の段階から作業に取りかかれたのが一番大きい。しかも、ラッキーなことに、昨秋は北海道に奥羽一揆の征伐部隊が残留してたもんで、函館周辺にいた里見家直属部隊を絵鞆・室蘭に回せた。おかげで、雪が降る前に、かなりのペースで開発を進められたんだ。だから、函館を10とすると、絵鞆・室蘭は7か8ぐらいまで開発が進展してる。
ついでに言っとくと、小樽や釧路は桟橋と出張所としての城が建ったレベルなんで、函館と比較した進捗状況は0.5とか1程度かな?
ちなみに、小樽と釧路だと、現状の優先順位は釧路の方が上なんだ。
理由? すぐ側に釧路炭田があるからだよ。『海に近い位置にある有力な炭田』って美味しそうだろ? しかも、緩やかな釧路川を使って木材調達も容易く出来る。こんな感じで、すぐに得られる利益が大きいんでね。
今後の“開墾”とかを考えると、石狩平野の入口にある小樽は魅力的なんだけど、まだ開墾まで手が回らないんだよね。ただ、いずれは大規模な開墾に取りかかる予定なんで、そうなったとき、小樽は重要な開発拠点になってくれるはず。だから、すぐに利益が出なくとも、今のうちから拠点として押さえとくって感じかな。
さて、小樽や釧路を抑えて、先に室蘭の開発をしてるわけだけど、実は室蘭ってかなり優秀な町なんだ。
何と言っても港として優秀。湾内の水深が確保されてる上、港を囲むように絵鞆半島が張り出してる。しかも、絵鞆半島の山はそれなりの高さがあるから、風も遮ってくれる。風待ちが出来る港として、これ以上の場所はなかなかないと思うな。
それから、絵鞆半島は先端が山がちなんだけど、付け根の部分はほぼ平地なんだよ。平地が多ければ街としても発展性がある。それもまたイイね。
さらに、現代も製鉄所が稼働してるのは伊達じゃない。室蘭は製鉄所の建設場所としては、かなり優れてるんだ。
まず、資源。内浦湾周辺と胆振地方から後志地方にかけての一帯は、日本で有数の鉄の産地なの。そもそも室蘭自体、砂鉄が出るくらいだし。
あと、製鉄には鉄の他に石灰石と石炭が要る。石灰石は渡島半島で採れるからいいけど、石炭は石狩地方の開拓が進むまで、「常磐炭田とか釧路炭田とかから運んでこなきゃ」って思ってたんだ。ところが、今日、新たな入手ルートが見つかった。これで、安定して鉄を大量生産する体制が整う。
え? なんで、こんな僻地に大規模な製鉄所を造るんだ? 本州に造ればいいじゃないか、って?
これは幾つか理由があるんだけど……。特に大きい理由は2つかな。それは、北海道の開拓をスムーズに行うためと、織田家を含む内地の大名にバレないようにしながら、技術の近代化を一気に進めるためだよ。
現代でも人口密度の低い北海道だけど、この時代は輪をかけて低い。例えば『アイヌの人口は北海道全体で3万人以下だった』って説があるんだ。つまり、北海道に住んでる人を全部集めても、東京ドームが半分ぐらいしか埋まらないってことだよ? これ、逆の意味で凄くない!?
これは、農業が発展してなかったんで、多くの人口を養えなかったのと、中世の地球寒冷化の影響が大きいみたい。
でも、植物チートで、耐寒性の高い作物は、ある程度準備出来る。だから、農具やインフラ整備のための鉄と、開墾を行う人員が供給できれば、北海道の人口は爆発的に増えると思うんだ。
この時代は、『人口=国力』なんだ。たとえ人口爆発が起きるのが20年後だったとしても、今のうちに取り組んでおいて損はないはず。
次に技術面ね。今までは、推進の牽引役となる作事奉行所を安房の天津に置いてた。この天津がある長狭郡は、全域を風魔衆の知行地にしてるんで、防諜態勢も完璧! だったんだけど……。
あ、今も『情報を盗もう』とかする連中には完璧に対応できてるよ。だけど正面から『見学したい』って来られると弱いんだよね。流石に見ず知らずのヤツとかは、頼まれても入れないけど、織田家から来た公的な使者が見学を申し出てきたら、里見家の立場じゃ断れないじゃん?
例えば、2年前に試験稼働したワット(?)の蒸気機関は、技術的にもかなり熟れてきた。試験的に導入した日立鉱山も常磐炭田も、出水をあんまり気にせずに採掘が行えるようになったんで、生産量が飛躍的に上がってる。そのおかげで、蒸気機関の販売や視察って要望が日に日に増えてるんだ。
まあ、ここまでだったら、ただの“水汲み機械”。よその人達にも『便利な鉱山用具が出来た』ぐらいしか思われてないはずなんで、幾らでもごまかしが利くんだ。でも、みんなも知ってるとおり“蒸気機関”の将来は、これで終わりじゃない。
例えば、今、視察とかされて、蒸気機関がいろいろな動力に使えることに気付かれたら、戦争に使おうと考えるヤツがきっと出てくる。
百年以上に及ぶ内戦で、今の日本の国力はだいぶ落ちてるし、戦争を中心とした歪な社会が形成されてるんだ。そんな中で、欲望の赴くまま海外への侵略戦争に突き進んだら……。兵員不足、補給の途絶、色々な要素が考えられるけど、緒戦は良くても、いつか必ず破綻する。
だから、しばらくは『蒸気機関=“便利な水汲み機械”』のイメージで留めておきたいんだ。少なくとも、戦争を『手っ取り早い栄達の手段』って考えるヤツが少数派になるぐらいまではね。
で、今までは何とか誤魔化しながらやってきたけど、流石にそろそろ限界が来てるッぽい。だから、主要施設を、漸次室蘭に移すことにしたんだ。
室蘭だったら、実質船でしか来られないから、秘密保持にはもってこいだからね。
研究者たちには、ここの最新の施設で人目を憚ることなく思いっきり研究開発をしてもらって、是非とも成果を上げてほしいもんだよ。大多数の日本人に内緒でね!
あ、ちなみに、さっき触れた『蒸気機関の小型化』は、ほぼ成し遂げられてるよ。
実は、その小型化した蒸気機関を絵鞆ドックで船に積んで、今秋までには世界初の蒸気船を進水させる予定なんだ。さらに言うと、ポンポン船の実績もあるんで、建造するのは最初からスクリュー船だよ。ただ、浅瀬の多い河川航行では外輪船の需要もありそうなんで、そっちの開発も一応進めさせるけどね。
問題は、これをどのタイミングで公表するかだ。あんまり早いと真似されて里見家の優位性が失われちゃう。逆に遅すぎて、公表前に他の大名にバレちゃったら、無駄にヘイトを集めちゃう。
うーん、難しい! 次に関東に戻ったら、義頼さんに相談しないと。
室蘭周辺での十日間は忙しかった。円仁の開基とも言われる古刹 有珠善光寺を再興するついでに洞爺湖を視察したり、鉱山探索の途中で登別温泉に入ったり、さらにカルルス温泉も見つけたり……。
いつかまた行きたいなぁ。予定を切り上げなきゃいけなかったんで、その思いは一入だよ……。