第214話 蝦夷地開発の現状①
天正13年(1585年)3月 東蝦夷 室蘭
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。ドックのある絵鞆から3kmぐらい離れた室蘭にやってきたよ。軍船を建造するために半島の先の方に造った絵鞆ドックとは違って、半島の付け根の室蘭には商用港を整備してるんだ。さらに港の隣には、日立や小湊を凌ぐ規模の高炉も建設中だよ。
ここ室蘭は、里見家が北海道開拓の拠点として、整備を始めた4つの町の一つなんだ。ちなみに他の3つは、函館と小樽と釧路ね。
札幌はどうした、って?
地図を見てよ。室蘭も函館も小樽も釧路も、みんな港町だろ? 北海道は、まだまともな道が無いから、移動には、どうしても船の方が便利になってくる。そんな関係で内陸の札幌とか旭川とか帯広とかは、最初から対象外だったんだ。
あと、『なんで、この4つの町を選んだのか?』ってことだけど、港としての魅力が大きいのは当然として、他にも幾つか理由がある。
まず函館ね。あ、最初は“箱館”って書いてたんだけど、「こちらの字の方が縁起が良い」とか難癖を付けて、“函”の字に改めさせちゃった。だって、“箱”のままだと、後世『青函トンネル』とか成立しなくなっちゃうじゃん?
まあ、今は“青森”も存在してないんで、そもそもどうなるかわかんないんだけどね。
話を戻そうか。この函館なんだけど、蠣崎氏から没収した土地の中にしっかり含まれてた。
函館平野の中心で、天然の良港を抱えた館だ。そんな重要拠点を奪われるんだから、さぞかし蠣崎氏がごねたと思うでしょ?
ところが、蠣崎慶広は、「没収されるのが函館だ」って聞いて、あからさまにホッとした顔をしてた。
何でだと思う?
実は、渡島半島の領主たちの歴史は、アイヌとの戦いの歴史でもあるんだ。まあ、その戦いの流れを見ると、だいたいこんな感じなんだけどね。
①和人の領主たちが勢力を拡大しようとしてアイヌから無理な収奪を行う。
②怒ったアイヌが連合軍を組み、大軍で押し寄せてきて、半死半生レベルまで叩かれる。
③講和と偽ってアイヌの大将を呼び出し、酒宴の席でだまし討ちにする。
北海道の和人は、そもそもの絶対数が少ないんで、攻撃されたら堅固な城に籠もってやり過ごし、援軍を待つか姑息な策略で逆転劇を狙うってパターンが身に染みついてた。
だから、本州からの援軍を迎えやすくて守りやすい、松前とかが好まれてたんだ。
それに対して函館は、後ろに函館山が聳えているとは言え、前はだだっ広い平野で、大軍で押し寄せられたら守りにくい。つまり役立たずの領地だったわけ。しかも、米の栽培も出来なかったんで、本州と違って平野が広がってることへの魅力がほとんど無かった。この辺もあまり好まれなかった原因だと思うよ。
そんな訳で、特に文句も出なかったんで、去年の春、奥羽の一揆征伐と並行して開発を進めてた。あ、開発責任者は浅利頼平ね。意外とこっちの系統のセンスがありそうなんで思い切って抜擢したよ。
具体的にどうしたか、っていうと、まず“箱館”の名前の基になった館を、大幅に拡張・強化した函館城を築いた。ここが当座『北海道の玄関口』になる予定なんで、気合いを入れて造らせたよ。
次に、ドックと桟橋を整備して本州との往来をスムーズに行えるようにしたし、町割りも行った。それから、函館は水利が少ないんで度々大火に見舞われてたから、あらかじめ道を広げて、所々に火除地も設けた。これで少しは火事の被害を防げると信じたいね。
そして、町の予定地の北側に堀と土塁を築き、惣構えとした。異民族との境界の町なんだ。これぐらいの配慮は必要だよね。
で、夏には城の整備があらかた終わったんで、アイヌの族長も呼んで、盛大にお披露目をしたんだ。
集まったのは、内浦湾の西側に住むウシケシュンクル族、石狩湾から石狩川流域に住むイシカルンクル族、千歳から勇払平野、日高西部に住むシュムクル族、そして日高東部から根室辺りに住むメナシクル族の、族長や、一部の村長たち。
道北や道東、千島、樺太からは1人も来なかったよ。距離もあるんで、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど、出来れば将来的には里見家が呼んだら、先を争うようにやってくるようにしたいもんだね。
で、来た連中には、数万の人足(※奥羽の一揆討伐が終わって暇になった連中)が所狭しと動き回る町づくりや、まだ2台しかない焼玉エンジントラクターが轟音を立てて土を掘り返す郊外の開墾現場を見せて、里見の恐ろしさを魂レベルで刷り込んでやった。
そして、謁見の後には、酒とか米とか、たんまり“お土産”も持たせたんで、『傘下に入れば利益がある』ってことにも気付いたと思う。なにせ、御機嫌伺いをしとけば、北海道では手に入らない貴重な品がたくさん手に入るんだからさ。
あ、当然、里見家からも要求は出してるよ。例えば『1村につき、年5頭の羆を狩ること、ただしイヨマンテの子熊は除く』とかね。だから、さっきニシクルが持ってきた毛皮は義務の一部なんだ。あんまり大きいんで“余計に”ご褒美をあげちゃったけどね。
ちなみに、多めに獲れたら色を付けて買い取るし、獲れなかった場合は別の物で納めてもらう。あと、小さい村についても配慮するよ。
目的? 害獣駆除と“納税の義務”を負わせることだね。
それから、小樽と室蘭と釧路の拠点化もその一環だよ。「毎年わざわざ函館まで参じるのは手間であろう」とか言ったら、みんな喜んで出張所を設ける事に同意してくれたんだ。
今後、道北や道東なんかからも、里見家の傘下に入りたいって族長が来たら、同じような感じで“出張所”を設けていく予定だよ。




