第210話 新領地の状況
天正13年(1585年) 2月 上野国 勢多郡 厩橋城
「滝川一益殿、御武運を!」
「信義殿、見送り大儀! 次に会うのは、安土での戦勝報告じゃな」
「その際には茶でもゆるりと」
「それは楽しみだ。では行ってまいる! 皆の者出陣じゃ!!」
「「「「「応!!!!」」」」」
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
この2か月で滝川一益さんとの引き継ぎも済んで、御覧のとおり、今日、滝川家の面々は上方に向けて出発したんだ。
それだけじゃないよ。滝川家の与力だった上野・信濃の諸将も、『最後の御奉公』ってことで、九州征伐に帯同してる。こんなの普通あり得ないんだけど……。一益さんの人望の高さがうかがえるね。
え? もし、彼らが手柄を立てたらどうするんだ、って?
基本的に2択だね。
①九州の領地か、金銭や物品で織田家から貰う。
②里見家の直参になって、里見家から貰う。
あ、既に一益さんとの相談は済んでるよ。
ついでに言っとくと、一益さんから、旧領の与力衆は『土浦に集めて良い』ってのと、『(※本人たちの希望があれば)直参に取り立てて良い』ってのの許可は貰ってる。だから、所属を含め、どっちを選ぶかは彼ら次第だよ。
ちなみに、新たに里見家の与力に加わった人は、万石以上の大名クラスに絞っても10人以上もいるんだ。まあ、彼らの所領を合計すると、50万石以上になるんだから、数が多くなるのも仕方ないよね。
誰がいるんだ、って?
主なところとしてはこんな感じだよ。
内藤昌月(上野箕輪) 6.2
由良国繁(上野金山) 5.4
北条高広(上野白井) 5.0
長尾顕長(上野館林) 4.8
小幡信貞(上野国峯) 2.7
真田昌幸(信濃上田) 7.1
◇太田資正(武蔵岩付) 8.0
◇太田康資(武蔵江戸) 6.3
◇成田氏長(武蔵忍) 4.9
※単位は万石
◇:九州征伐不参加
元々里見と関係の深かった岩付・江戸の太田一族に加えて、旧武田・上杉傘下の勇将もたくさん与力に加わった。人材不足に喘いでた里見家としては、間違いなく大幅な戦力アップだよ。
ただ、能力は高くても、人格面でイマイチ信用のおけない輩(※真田とか真田とか真田とかw)も含まれてるんで、今後の運用については“要注意”だね。
それから、上方の領地を預けてた家臣たちは、希望を聞いたらみんな関東に転封を希望してきたんで、そっちの領地割りもしたよ。
まず、旧武田家臣で、以前にスカウトしてあった3人を、信濃の佐久郡に入れた。彼らに関しては『旧領に戻す』って意味合いもあるよ。まあ、それ自体が、ある意味“御褒美”になるんで、加増については『微増』レベルに留めてる。
依田信蕃 信濃小諸 3.0(+0.3)
大熊長秀 信濃臼田 1.5(+0.1)
横田尹松 信濃海ノ口 1.4(+0.2)
ちなみに大熊長秀は、大熊朝秀さんに武田信勝くんのお守りを依頼したときに、「息子を取り立てて欲しい」って言われて預かったんだ。
信勝くん? 普通に出家して高野山にいるよ。武田豊信さんとの関係もあるし、呼び戻すのは、まだいろんな意味でハイリスク過ぎるかな?
実は、松姫さんが信忠さんの子を産んでる(※あの短期間で“おめでた”になったらしい。凄いね!)んで、しばらくしたら、そっちの筋から赦免の話が出ると踏んでるんだけどね。
さて、話を戻そう。
今回の領地替えで、一番意外な反応をしたのが、北畠具親なんだ。俺としては、伊勢国司家の末裔として、絶対に「伊勢に残る!」って言うと思ったんだけど……。長期間の流浪生活は色々と応えたみたいで、転封を希望してきたの。
北畠具親 上野倉賀野 2.5(+1.5)
だから、その根性(?)を汲んで倉賀野領を与えたんだ。旧領主の倉賀野秀景さんが一益さんを慕って紀伊に移っちゃったせいで、ちょうど空白地になってたんでね。石高的には倍増以上になるんで、伊勢が不穏にならないように、なるべく多くの旧臣を抱えて欲しいところだよ。
前回「貰いすぎだ!」って言ってた菅達長だけど、今回さらに領地を増やした。
菅 達長 上総勝浦 4.0(+1.0)
これは、周参見氏長、安宅光定といった口熊野の諸将を家臣として付けてたんで、その補償だね。
ちなみに、新領地じゃなくて勝浦に入れたのは、「達長が『水軍大将』だから」ってのもあるけど、「先進的な紀伊の漁法を房総に根付かせたい」って意図もある。最近俺も忙しくて、漁業までは中々手が回らないんで、是非その穴を埋めて欲しいところだ。
そして何と言っても一番大きいのが……。
畠山義長 武蔵鉢形 14.5(+2.5)
義長には秩父郡を除く武蔵の直轄領の多くを任せた。なにせ、畠山尾州家の当主だから、このぐらいは所領がないと、格好が付かないからね。
え? 紀伊は、もっと石高があるんじゃないか、って?
いや、こんなもんだよ。紀伊は全部で24万石ほどあったんだけど、根来寺領が広大なんだよね。加えて熊野と高野山領は別枠なんで、義長が自由に出来た領地は、12万石が良いところだったんだ。
あと、加増はしたんだけど、こっちにも、湯川直春、鈴木重秀たちが家臣として付いてたんで、加増分は実質彼らへの迷惑料だね。
内情はともかく、これで義長は、里見家直参の武将としては、正木頼忠、土岐頼春に次ぐ、3番目の大身になったことになる。大変だけど、しっかり働いてもらわないとね。
あ、さっき『秩父郡を除く』って言ったけど、秩父郡を直轄領にしたのは、大きく2つの理由があるんだ。
まず1つ目は鉱物資源の確保だよ。秩父は金・銀・銅・鉄なんかの有望な鉱床があるだけじゃなく、良質な石灰石が採れることでも有名なんだ。
知らない人が多いかもしれないけど、実は、石灰石の用途って、かなり広いんだよ。鉄の品位を上げたり、煤煙から有害物質を取り除いたりと、製鉄や鉱業には欠かせないし、土壌改良材や、乾燥剤としても使える。そして、石灰石と言えば何と言ってもセメントだよね。セメントが使えるようになれば、建築に革命が起こるんだ。
実は、常陸や下野でも曲がりなりにも石灰石は採れるんで、既にセメントの生産は始めてた。ほら、この前の小貝川の用水路も、水門部分にはセメントから作ったコンクリートを使用してるんだよ。
秩父を確保したことで、高品質の石灰石が大量に採れるようになるんだ。これは一気に生産を拡大するしかないでしょう!
そして、2つ目は風魔衆への俸禄だよ。今まで与えてた安房の長狭郡が、ちょっと手狭になってきてたこともあるけど、領地交換の影響がより大きい。なにせ、風間隼人たちに『羽柴家潜入組』には、密かに志摩に領地を与えてたんで、至急、替地を宛がう必要があったんだ。風魔衆による情報収集は里見の戦略の要だからね。決して粗略には扱えないよ。
今回は急な領地替えだったんで、色々と頭を捻らなきゃいけないことも多かった。だけど、蓋を開けてみたら、なかなか上手くまとまったんじゃないかと思う。
さて、これから織田家は天下統一に向けて九州征伐に向かうわけだけど、今回里見家は、お手伝いも求められてないんで、完全に暇な状態だ。だけど、それに胡坐をかいてちゃ、絶対に拙いことになる。
だからこの隙に、領地の開発と、技術の革新をしっかり進めておかなきゃいけない。だって、九州征伐が終わったら、織田家は必ず外敵を求めるからね。
なぜかって?
今の日本は武士階級が多すぎるんだよ。そして、みんな立身出世を狙ってる。なにせ身近に羽柴秀吉さんとかの実例もあるからね。
でも、九州征伐が終わっちゃったら、国内には外敵が存在しなくなるわけじゃん?
うちの真壁氏幹さんとか見てれば分かると思うけど、武士なんて戦ってナンボなんだよ。だから、『次の戦』って目標をぶら下げてやらないと、途端に不平不満が出てくるんだ。
その視線が海外に向かうんなら、まだ良いよ。あ、これは『里見家にとっては』って意味でね。だけど、国内の外様大名で強力なのがまだいるんだ。先に国内に視点が移っても、俺は不思議に思わない。
そして、きっと槍玉に挙げられるのは、8か国を完全に支配し5か国に勢力を持つ『毛利』か、9か国を完全に支配し4か国に勢力を持つ『里見』だ。
だから、可能性は低くとも、織田家が絶対に「喧嘩をふっかけよう!」とか思わないくらいには、国力を底上げしておかないといけないんだよ。
俺、いつになったら、のんびり過ごせるんだろ?