第203話 曾祖父と我が子
天正12年(1584年)5月 常陸国 新治郡 土浦城 里見信義屋敷
「そぉれ、高い高ぁい!」
「いや~!! うえぇぇぇぇぇぇぇぇん」
「……ならば、コレはどうだ。いないいない……バァ!」
「びえぇぇぇぇぇぇぇぇん」
「くッ! では……」
オロオロする俺に向かって、唐突に背後から声が飛ぶ。
「戦場では『向かうところ敵無し』の信義殿も、幼子には勝てぬらしいの。どれ!」
俺が振り返る間もなく、スッと手が伸びてきて、泣きわめく幼児は、皺だらけの手でヒョイと抱き上げられた。我が子は、一転して笑顔になり、嬉しそうに叫ぶ。
「おおじいじ!」
「ああ、おおじいじじゃ。梅千代丸、儂と遊ぼうではないか」
「うん、おおじいじとあそぶ!」
「よし、ではあちらへ参ろうか」
梅千代丸を抱き上げた老人は、部屋を出る際、ニヤリと笑う。そして……。
「信義殿、一つ貸しぞ?」
「土岐為頼様の『貸し』はいつも大きいですからな」
「ワハハハハ! 正月も帰ってこなかったのじゃ、色々と付き合ってもらうでの」
「分かり申した。よろしくお願いいたします」
「よし! 梅千代丸、楽しみじゃの!」
「うん!」
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
今は御覧のとおり、梅千代丸に泣かれて、土岐為頼さんの長~い話に、付き合う約束をさせられたとこだよ。
奥州の一揆征伐をしてたんじゃないのか、って?
そうなんだけどさ、あの後、葛西領に入ったところで、義頼さんや義弘さんが率いる、合計8万の一揆征伐軍が侵攻してきたんで、交代で関東に戻ってきたんだ。
俺としては最後まで残るつもりだったんだけどね。ただ、俺だけじゃなく、他の将兵たちも1年近くも関東を離れて単身赴任してたから、流石に酷使し過ぎだろうってことになったんだ。
だから、一緒に越冬したみんなには、たくさんの褒美と長期の休暇を与えて、領地に戻したよ。
俺? 俺も上総湊でゆっくりしたかったんだけどね。義頼さんや義弘さん、正木頼忠や土岐頼春といった有力武将が総出で一揆鎮定に向かってるんで、土浦で兵站の指揮を執らなきゃいけなかったんだ。
だから、湊城から妻子を呼び寄せたんだけど……。子どもたちからは完全に忘れられてたよ!
鶴さん? そっちは流石に大丈夫。昨晩も仲良くしたからね。仲良くしすぎて今朝はまだ起きてこない(笑)んで、子どもたちの相手をしようと思ったら、このざまだ。
ちなみに、為頼さんは、少し前に体調を崩して以来、永田徳本先生の駐在してる天神山の麓に屋敷を作って、そこで暮らしてたんだ。天神山から湊城までは1kmも無いんで、散歩がてらちょくちょく顔を出してるうちに、玄孫たちに懐かれたみたい。
今回は、『土浦の屋敷にいる頼春さんの子どもたちに会う』って目的で、一緒に出てきたみたい。鶴さんたちと一緒なら、心置きなく船を使えるんで、ちょうど良かったんだって。
でも、久しぶりに会う土岐家の孫たちからは、ちょっと警戒されちゃったみたいなんだ。普段会ってないから当然だよね(こんなこと言うとブーメランみたいになっちゃうのがメッチャ痛い!)。で、懐かれてる俺の子のところに入り浸ってるってわけ!
実はさ、土岐為頼さん、史実では去年亡くなってるはずなんだよね。
長生きしてる理由? それは良く分からないよ。だけど、対立してた里見家と良好な関係にあるし、孫どころか玄孫の相手もできる、定期的に永田徳本さんの診察も受けられる。史実には無かった、こんな好条件が重なったからじゃないかな?
まあ、6年前に死んでたはずの里見義弘さんも、まだ元気に仕事をしてるんだ。少なくとも史実よりも事態が好転してる分は、俺が改変した成果なんで、善としときたいところだね。
ちなみに、鶴さんは去年、梅若丸を産んでる。より幼いせいか、性格的な違いか、梅若丸の方は、俺が抱いても泣き出さない。だから、昨日も今日も登城前に思いっきりあやしてやったよ。
さらに、三河にいる徳さんも今年の1月に第5子を出産した。去年生まれた萬千代は、時期的に言って徳川信康さんの子だけど、新たに生まれた鶴千代は、どう考えても俺の子だ。史実と違って、徳川家には『竹千代』っていう立派な嫡男がいる。あくまで俺は『後見人』であって、支配者じゃない。だから、後々の御家騒動の元にならないようにするためにも、鶴千代の将来も考えておいてやらないと。
……今から気が重いよ。
当然だけど、冬の間、秋田に缶詰状態だったんで、鶴千代にはまだ会ってないよ。子供に嫌がられて泣かれるのって、何気に精神にクるんで、こっちにも早いところ会いに行っておかないとね。
結局この日は、城から戻って以降、数時間にわたって為頼さんに付き合わされたよ。歳のせいか、過去にした話を何度もせがまれるのは、ちょっと困ったかな。
まあ、いつまで出来るか分からない『曾祖父孝行』だ。後悔の無いように、やれるときにはしっかりやっておかないとね。
だから、鶴さん、俺と話が出来ないからって、為頼さんを睨むの止めてあげて……。




