第202話 一揆征伐
天正12年(1584年)4月 陸奥国 玉造郡 岩出沢
「放て!」
俺が、かけ声とともに軍配を振り下ろせば、櫓の上の旗が大きく3度振られる。そして、数瞬の後、陣の各所から轟音が鳴り響き、ヒュルヒュルと音を立てながら黒い塊が宙を舞う。
その塊はしばらく滞空した後、城内に落下し、炸裂した。暫し遅れてその炸裂音が耳に届く。成功だ。
風で硝煙と土煙が流されると、戦果の全貌が見えてくる。穴の開いた塀、傾く櫓、そして倒れる兵……。ここからでも敵が右往左往しているのが見て取れる。
陣中に響く味方の歓声に、俺は声を上げた。
「第2撃、急げ! 里見に逆らう愚かしさ恐ろしさを知らしめてやるのだ!」
「「「応!」」」
「破れかぶれで押し出してくるやもしれぬ。弓隊、鉄砲隊も迎撃準備を怠るな!」
「「「応ッ!」」」
俺の一言で緩んでいた顔が引き締まり、将兵たちは、また慌ただしく動き始める。
「里見信義様、第2撃、準備整いましてございます!」
「よし、付け込むぞ! 放て!」
再び山野に轟音が木霊した。
城門が開いて降伏の使者がやって来たのは、それから程なくしてのことである。
皆さんこんにちは、お久しぶりです。梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
今は、一揆鎮定の先陣として、大崎領に来てるんだ。
展開としては、昨日、名生城を囲んでた一揆勢を野戦で破って大崎義隆さんを救出。そのまま一揆勢を、首謀者の一人である氏家吉継の岩出沢城に追い込んで、お得意の砲撃戦を展開し今に至る、って感じかな。
ちなみに、降伏条件は、首謀者である国人衆の切腹と、参加者の武装解除ね。処分が甘い、って?
でもねぇ、一揆勢の大半は農民なわけよ。コイツらを根切りにしたり、奴隷にして売りさばいたりしてたら、かわいい明星丸が継ぐ大崎領がメチャメチャになっちゃう。だから、農民に厳罰は与えにくいんだ。それに、野戦でも籠城戦でも里見軍の大火力で、一揆勢に多数の死傷者が出てるんで、十分に恐怖感は与えられてる。だから、「今はこれくらいにしといたるわ!」って感じだよ。
あ、地侍たちは別ね。しっかり掃除しておくよ。領内に不満分子を多数抱えてたら、明星丸がかわいそうだからね!
実は、先月、庄内でも同じ事をしてきたんだけど、そっちはずっと楽だったよ。なにせ、里見家の旗印を見た途端、一揆勢が算を乱して逃げていくんだ。コレがホントの「来た、見た、勝った」ってヤツじゃない?
まあ、原因は、去年の東禅寺城や尾浦城の攻防戦だろうね。きっと、一揆を起こした連中は、検地とか刀狩りとかを始めた最上義光さんに反発して、条件闘争をしようとしたんだろうけど、考えが甘いね。検地とか徴税とかに最上家の家臣が入っているとは言え、庄内はあくまで代官領。元来の領有権はまだ里見家にあるんだ。
代官に逆らうってことは、鎮守府将軍様を軽んじてるも一緒。しっかりとお灸を据えなきゃ! ……って言っても、処分は大崎領と一緒なんだけどね。
え? 最上家に侵攻の許可を取ったのか、って?
そんなの取るわけないじゃん! 事後承諾だよ、事後承諾!
とりあえず、晩秋には「手助けは必要か?」って使者は出しといたよ? 当然「お心遣いは有り難きことなれど……」ってお断りの手紙が来たから、一応、春までは静観してたんだ。こっちとしては、お膝元がガタガタな最上家には自力討伐は無理だろうと思ってたけどね。
で、案の定まともな討伐軍が組まれる気配すら無いんで、平地の雪解けを待って鎮定軍を出したってわけ。これ以上、里見家の領地を荒らされちゃ堪らないからね!
当然、最上家の城代家老は抗議してきたけど、「公儀の領地を蔑ろにするとは、お主らは今まで何をしておった!」って逆に叱りつけておいた。あ、最上八楯の討伐へはまだ行かないよ。あっちは純粋な最上家の領地だからね。自分で討伐できるんなら、まずは意思を尊重しないと。
ま、泣きついてきたら手助けするのも吝かじゃないし、いつまでもグズグズしてるようなら強制介入するけどね。で、介入したら、もれなくペナルティが付いてくると。
おっと! どうやらペナルティの対象が来たみたいだ。面倒くさいけど、ちょっと対応してこなきゃ!
陣幕が開くと、そこには、明らかに不満を隠しきれない様子の男が2人立っていた。
大崎義隆さんと、その寵臣の新井田隆景だよ。俺が許可もしないのに、勝手に新井田は話し始めた。
「里見信義様、一揆の首魁、氏家吉継らは切腹、名生城を襲った不逞の輩は無罪放免と伺いましたが、それは真にございますか?」
「その通りだが?」
「謀反人は斬首、いや、磔刑でも足りぬぐらいでござるぞ!? それを切腹などと甘いことを。しかも、大崎義隆様に相談も無く処分を決められるとは! 如何なる存念にござるか!!」
……ちょっと何考えてるんだろうね、コイツ。しかも、義隆さんもウンウン頷いてる!? まさか、ここまで自分の立場を分かってないとはね。コレは頭が痛いよ。
「新井田隆景とやら、一応問うておくが、この一揆を鎮めたのは、果たしてどこの誰であったかな?」
「……里見信義様であらせられます」
「なんだ、分かっておるではないか。我らは援軍として大崎領に赴いたはず。それがどうだ、蓋を開けてみれば、援軍で参戦したはずの我らが、先頭に立って戦っておるではないか。其方ら大崎家中の者が先陣を切ったとでも言うならともかく、専ら我ら里見勢が討伐した者あろう? どのように扱おうが文句を言われる筋合いは無い。と言うか、そもそも、文句を言ってくること自体が理解できぬのだが」
「しかし、玉造郡は大崎家の所領で……」
「ふむ。一揆勢に城を囲まれていても『所領』……。大崎義隆殿、大崎家と里見家では領地に対する考え方がだいぶ違うようですな。これだけ考え方が異なりますと、果たして今後一緒にやっていけますものやら」
「お、お、お待ちくだされ!」
「あ、そうそう、義隆殿は、この冬の参勤交代をなさいませんでしたな? 御家存続を考えておられるのでしたら、速やかに土浦に赴き、その件も含めて、里見義頼様に直接釈明をなさった方がよろしいかと。私は事実をありのままにお伝えしますので。おい! お客人がお帰りだ!」
「「「はっ!」」」
大崎義隆さん主従は、里見家の馬廻りに両脇から抱えられて、がっくりと肩を落として去っていったよ。助けを呼んだこと自体が相当なマイナスなのに、ボケたこと抜かしやがったんだから当然だよね。
ま、これで、義隆さんを待ってるのは、良くて強制隠居の未来ぐらいだろう。新井田某は、命が残れば良いんじゃない? 知らんけど。




