第20話 曾祖父・土岐為頼
元亀元年(1570年)7月 上総国伊隅郡 万喜城
「して、だんじょうのしょうひつさまは、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」
そう、俺は高座の鎧武者が、土岐為頼さんじゃないことは、最初から分かってた。
何で分かったかって?
面鎧まで付けて完全防御してても、隠せないところが1つあるだろ?
そう、目だよ。
この人、義重さんの記憶にある為頼さんと目が違うんだ!
「な、なにをおっしゃる!!」
上段の間に隣接する位置に座ったおじさんが声を上げた。あの位置にいるからには、土岐家の親族、もしくは家老かな?
俺は“こてん”と首を倒すと、こう聞いた。
「……それから、もうひとつ、おうかがいしたいことができました」
「なんでござろう?」
「いったいあなたはどなたですか?」
可愛らしく言ってみたけど、裏の意味は、「あぁん!? 俺は里見家の正統な血筋だぞ? わざわざ俺が出向いてやってんのに、こっちに名乗らせといて、名乗りもしねーとは、お前、何様のつもりだ? ごるぁ!」ってことだ。
この人、岡本元悦さんとは知り合いなんだろうけど、俺とは初対面なんだよね。そして、当たり前だけど、元悦さんより俺の方が立場が上だ。いきなり策を見破られたので焦ったのかもしれないけど、ちょっと失敗したね、おじさん。
おじさんは、一瞬なにを言われたのか分からなかったみたいだけど、みるみる顔が青くなっていった。どうやら気付いたみたい。まあ、俺の台詞から、やらかしたことに気付くんだから、どうやら馬鹿じゃなさそうだ。
そんなことを考えていると、顔を青くしたおじさんが答えた。
「梅王丸殿、誠に失礼いたした! 土岐為頼が嫡男、右京大夫頼春と申す」
満2歳の幼児だと思って舐めているからこんなことになるんだ。ま、あんまりチクチク虐めて、後で遺恨を持たれるのも面白くないから、今回はこのぐらいで許してやることにする。
「なんと! うきょうのだいぶさまでございましたか! うきょうのだいぶさまといえば、わたくしのおおおじさまではございませんか! しらぬこととはいえたいへんなごぶれいを!」
「いやいや、名乗りもしなかったこちらこそ大変な無礼。お互いに水に流すということにしていただけると、こちらとしても助かり申す」
「わかりました。おたがいさまということで。では、みずにながしたついでに、これからはおおおじさまとお呼びしてよろしいでしょうか?」
「そのくらいでしたら、何も遠慮することはござらん。如何様にもお呼びくだされ」
「ありがたきしあわせ! では、いきなりですが、おおおじさま、ひとつおねがいがございます」
「何かな?」
「はい、こうざにいらっしゃるほうじょうけのかたを、ごしょうかいいただきたいのですが……」
「え!? いや、こちらは北条家の方では……」
「はい!? ほうじょうけのかたではないのですか!? だんじょうのしょうひつさまはいらっしゃらず、よつぎのおおおじさまはしもざにいる。ではこのおかたは!?」
「いや、こちらは……」
「右京大夫。もうよい!」
土岐頼春さんが、まだ何かを言おうと、口を開きかけたとき、その言葉は室外からの言葉に遮られた。
そして、上段の間の奥にある襖が開いて、1人の正装の老人が広間に入ってくる。
義重さんの記憶よりもだいぶ若いけど、間違いない。これこそが本物の土岐為頼さんだった。
「梅王丸殿、大変失礼いたした。わしが土岐弾正少弼じゃ」
「ち、父上、なぜ……」
「右京大夫、梅王丸殿にはもうとっくに見抜かれておる。これ以上続けても、墓穴を広げるだけじゃ」
頼春さんと話し終えた為頼さんは、高座に座る鎧武者に向かって話しかけた。
「美濃守、影武者ご苦労であった! 兜を取ってよいぞ」
「ご当主さま、役目とはいえ、土岐家累代の鎧に袖を通せたことは身の誉れにござる。そして、このような機会は二度とございますまい。今暫く、このままで居させてくだされませぬか?」
それを聞いた為頼さんは、済まなそうな顔をして、こちらに向き直る。
「梅王丸殿、無礼は承知の上でお願い申し上げる。この鎗田美濃守は、筆頭家老でありながら、影武者をしてくれておった。此度の働きへの褒美として、このままの出で立ちで過ごさせてやりたいのだが、お許しいただけぬか?」
「みののかみどのが『ほまれ』とまでおっしゃることです。みとめないわけにはいきますまい」
「「かたじけない!」」
俺の話を返答を聞いて、2人は揃って頭を下げた。
それにしても、『名誉』を持ち出して、完全武装の状態を保とうとするとはね。
本当は、「梅王丸と岡本元悦だけしかいないのに、どんだけ警戒してるんだよ(笑)」って笑い飛ばして、マウントを取った上で武装解除させる予定だったんだけど、ちょっと言い出しにくくなっちゃったな。流石は筆頭家老だ。『天然』の可能性も否定できないけど、油断して良いことなんて何もない。これからが本番だと思って、しっかりと気を引き締めていかないとな!
そんなことを考えているうちに、席の入れ替えも終わり、改めて俺は、土岐為頼さんとの対面を果たすことになったんだ。




