第2話 時の狭間
???
……い! おい! 起きろ!
ん? 誰かの声がした気がするけど。ここはいったいどこだろう?
「やっと起きたか! 待っておったぞ!!」
俺の目の前には、1人の坊さんが立っていた。
「え? 誰!? 俺、海で波にのまれたと思ったんだけど……」
「なんだ、分かっておるではないか。
そうじゃ。お主は、親子を助けようと海に飛び込んだ。そして、大波にのまれたのだ。
今、お主は、生死の境をさまよっておる。しかし、意識もないし、順当に行けば、このまま死ぬことになるな」
「マジかー! でも、人助けをして死んだんなら、俺の人生無駄じゃなかったかな。でも、子どもはともかく、あのボケ野郎の代わりっていうのは、ちょっと釈然としないけど」
「私の言うことを聞けば、生き返らせてやっても良いぞ」
「(……これはもしかして!)えー! 就職はしたけど給料は安いし、残業ばっかりで彼女もいなかったし。わざわざ生き返んなくても……」
「待て待て待て!(やっと条件に合う男が見つかったというのに!)お主、生き返れるのじゃぞ!」
「(やっぱり! これは条件の吊り上げが効くパターンだ!)人命救助もしたし。『虎は死して皮を残し、人は死して名を残す』っていうじゃん。きっと俺の名前も記録に残るはずだから、もうそれでいいよ」
「(くそ!『善人』が望ましいとは言え、欲がないのも困りものじゃ!)お主、農業に関する仕事についておったな。私の言うことを聞いてはみぬか? 私の言うことを聞くなら、『植物の種や苗を何でも手に入れられる能力』を授けてやってもよいぞ?」
「(お、食いついてきた!)えー! そんなのデーツ○とかで手に入るじゃん。もっと良いのないの?」
「あ、で○つう!? なんじゃそれは!」
「知らないの? ホームセンターだよ。ホームセンター! ホームセンターで見つからなかったら、農協に頼めば、たいていの物は手に入るよ?」
「(そんなものがあるとは! この世は私の想像以上に進歩しているようじゃ。これでは、この男が何を喜ぶか分からんではないか!)
ええい! 私には何が許されるか良くわからん!
これから閻魔大王の所に連れて行くから。そこで頼んでみよ!」
(よっしゃ! 第一段階クリア。特殊能力の自由裁量権ゲットだぜ!)
「ええぇ。面倒くさいなぁ……。でも、きっと、そこに行かなきゃ始まんないんだよね。ついてくよ。
……ところでさ」
「何じゃ」
「あんた誰?」
聞いたら、このお坊さんは、里見義重さん。出家して『淳泰さん』というそうな。
里見氏と言ったら、戦国時代に千葉県南部にいた中堅大名だ。
戦国ゲームは好きだったから、『織田の野望』シリーズとか、『全国統一』シリーズとか、色々とプレーした。そして、俺は千葉県出身だから、里見は結構使ってた。
里見氏自体は中堅大名で、当主や家臣の能力は悪くない。いや、それどころか、中堅クラスの中では、相当良い方じゃないだろうか?
でも、里見家は、どのゲームでも難易度はかなり高い。特に序盤は超高難易度の場合がほとんどだ。
なぜかって? 房総半島は三方を海に囲まれてるだろ? で、里見の領地はその南端の方だ。そして、唯一陸続きである北側なんだけど、出口をふさぐように、全国有数の大大名で、しかも優れた家臣を多数擁する北条家が居座ってる。
どのゲームだって、里見の力は北条の1/5以下なんで、初期の段階で、まともにぶつかったら、絶対に勝ち目がない。
同盟でも組んで、北条の領地を素通りできるようにしたいとこだけど、なんと、北条との関係性は最初っから最悪。こっちが攻撃しなかったとしても、ぼーっとしてたら向こうから勝手に攻め寄せてくる。
こんな状況なんで、里見でプレーする時のポイントは、『どうやって北条が動かないように仕向けるか』だった。
攻め込まれないように、ご機嫌を取りつつ、出口を塞がれないように立ち回る。仮に塞がれてたら、一か所でいいから速攻で出口になる穴を空けて、後はなりふり構わず和睦を結ぶ。
俺は、だいたいこのパターンで序盤を乗り切っていた。
最初からやらなきゃいけないことが沢山あるから、初期の難易度はなかなか高かったけど、その分やり応えはあったなぁ。
ただ、こんな風に、ちょくちょく里見でプレーていた俺でも、『里見義重』って名前は聞いたことがなかった。
素性を聞くと、なんと、父親は里見家当主の里見義弘。母親は古河公方足利晴氏の娘っていう、相当なサラブレッドだった!
でも、そんな高貴な血筋の武将が、なんでゲームに出てこないんだ?
と思ったら、満10歳の時に、父親の義弘が急死したことを発端に、お家騒動が起きて、12歳で出家させられてた。小学生で出家してたんじゃぁ、ゲームに登場しないのも不思議じゃないわな。
ところが、さらに聞いたら、とんでもないことがわかった。
義重さんは、『何度も転生して、人生をやり直していた』って言うんだ。