第197話 北の大地
天正11年(1583年)10月 渡島 福山館
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
とうとうやってきました北海道。今回の視察の締めくくりだよ。
関東に移封された安東家なんだけど、実は、彼らの代々の役職が、何と『蝦夷管領』なんだよ。
これ、意味合い的に言えば、『蝦夷の居住地を統括する』ってことなんで、なんと、安東家は北海道・樺太・千島・カムチャツカ半島の責任者だったんだ。メッチャ権限がでかいだろ? 実質的に支配してたのは渡島半島のごく一部だけだったんだけどね(笑)
支配してたかどうかはともかく、安東家とアイヌ人が、昔から関係が深かったのは事実みたい。例えば、鎌倉時代に樺太でアイヌ人(※推定)と元が戦った『北の元寇』ってのがあったんだけど、安東家がアイヌ人側で参戦してたんじゃないかって説もあるんだ。
嘘くさいって思うだろ? でもさ、室町時代前期まで安東家の本拠地だった青森の津軽地方では、言うことを聞かない子供をどやしつけるときに「蒙古が来るぞ!」って言うらしいんだよ。
激戦の舞台になった北九州ならわかるけど、これ、青森の話だからね。元軍の痕跡は樺太までしか確認されてないらしいんで、この説、かなり信憑性が高い気がするんだよね。
その後、本来の根拠地だった津軽地方は南部氏に奪われちゃった。だけど、現在の函館から江差ぐらいまでは、継続して安東家の勢力範囲で、ずっと家臣が配置されてた。
で、その安東家が上総に移るってことになっただろ? だから、残った連中をどうするか、俺が決めに来たってわけだ。
当然、事前に連絡は入れてるよ。ただ、津軽と違って渡島は里見の直轄領扱いだから、「10月1日までに福山館に参集せよ」って指示しか出してないけどね。
津軽で3日もウダウダしてて大丈夫だったのか、って?
あ、10月1日には間に合ってるよ。本当はね、もっと早く着いて「我らを待たせるとは、なかなか良い身分ではないか?」ってやる予定だったんだ(笑)
それに、海が荒れるとか日常茶飯事だから、到着予定は最初から幅を持って伝えてる。それに、だいたいの到着見込みも、津軽からその都度渡島に送ってたから、そんなに待たせたわけじゃないと思う。
で、俺たちが福山館に着いたときには、渡島の和人城主(館主?)は全て参集済みだったんで、早速謁見を始めたよ。
本当だったら、『城主の歓待を受けてから』なんて選択肢もあるんだけど……。ただねぇ、福山館、メッチャ狭いんだ。里見家と大浦家の1,500人を入れるスペースなんて、とてもじゃないけど無いの。人口自体が少ないから、民家に分宿させるのもキツそうだし、冬も近いから、野宿もさせたくないんで、話が済んだらとっとと移動する予定になってる。大浦為信さんも帯同してるし、仕方ないね。
……ウニとかイクラとか食いたかったけど、今回はお預けだよ。
そんなわけで、俺が広間に入ると、そこはもう満員だった。中央に地元の領主たち、左右に里見家の家臣と為信さんたち大浦家の郎等が並んでるけど、隙間がほとんど無い感じ。こりゃあ、真剣に早く終わらせた方がいいや。
「皆の者、面を上げよ」
「「「「「はっ!」」」」」
「私が里見義頼が嫡男、里見信義である。急な呼び出しにも関わらず、日限に遅れることなく参集したこと、殊勝である。誉めて遣わす」
「「「有り難き幸せ」」」
「うむ。さて、既に聞き及んでいるとは思うが、其方らの主であった安東愛季は、内通と乱心の咎により死罪となり、安東家も上総に転封と決まった。
安東家の傘下であった出羽の衆は、上総に移るか、我らに身を任せるかを選び、先月全員が身の振り方を決めたところである。渡島を領する其方らにも、存念を聞きたい」
俺がこう言うと、正面に座る1人の男が手を上げた。蠣崎慶広だ。
渡島には、安東家を主と仰ぐ豪族が幾つも割拠してたんだけど、この時代には蠣崎家の下でほぼ統一されてたんだ。つまり、彼が実質的な蝦夷地領主ってことになる。
ちなみに、史実では、秀吉さんの奥州征伐時に、安東家がゴタゴタしてたのを良いことにちゃっかり独立して、蝦夷地の領主として認めてもらったの。これが近世の松前藩に繋がるんだ。ところが、この世界線では、強い主人だった安東愛季から離れて行動できなかった。で、安東家と一緒に遭難しかけてるって感じかな。
そんなことを考えてると、ただならぬ気配がした。チラッと脇を見ると、浅利頼平が凄い形相で睨んでたよ。慶広は浅利勝頼さん暗殺の実行犯なんで、気持ちは分かるけど……。
そんなに表情に出てたらさ、きみ、今後、重要なところで使えないよ? それに、慶広も安東愛季の命令で動いてたわけじゃん? 相手の立場を考えるって視点も持たなきゃ。
頼平は比内入りでせっかく株を上げたのに、またちょっと下げちゃったね。比内復帰は遠のいたかな?
頼平のことは、まあいいや。話が進まないんで、慶広にはしっかり語ってもらいましょうか。
「蠣崎慶広であるな? 申せ」
「畏れながらお伺いしたき儀がございます。里見義頼様は米の取れ高をもって、家格を定める方針と伺っております。しかし、渡島では米が一切穫れませぬ。我らはどのように家格を付けていただけるのでしょうか?」
「うむ、もっともな疑問である。米が穫れぬとは言え、渡島は広い。従って、十二館を代表する其方は、郡主並に扱うつもりだ」
「御配慮有り難く存じまする。では、安東家に従う場合と、渡島に残る場合で、我らはどのような扱いになりましょうや?」
「安東家に従って上総に移る場合は、海北郡1郡をもって渡島の衆の知行といたす。これは、安東家に与えた3郡とは別のものである。決して口出しはさせぬゆえ、安心して其方が分配いたせ。
なお、渡島に残るなら、福山、上ノ国周辺は安堵いたすが、下ノ国周辺並びに江差以北は天領として召し上げる。その上で、其方を里見家の直臣として渡島郡代に任ずる。その他の者も、領地は削るが改易はせぬことは保障いたす。
我らとしてはどちらを選んでも構わぬぞ?」
「なるほど、分かり申した。ならば我ら一同、渡島に残り、里見家の直臣になりとうございます」
「周りの者と相談して決めても良いのだぞ?」
「いえ、今日に至るまで、我らは議論を重ねておりました。正直なところ、思わぬ高評価をいただき、心が揺れなかったと申せば嘘になり申す。しかし、上総1郡は魅力なれど、米など作ったことのない我らの手には余りましょう。慣れ親しんだこの渡島の地でお役に立ちたい。これが我らの総意にござる」
「相、分かった! それでは宣言通り、蠣崎慶広を渡島郡代に任ずる。ただし、間もなく冬も到来するであろうから、正式な俸禄の決定は来春以降といたす」
「謹んでお受けいたしまする!」
「他の者にも近在の開拓や蝦夷人との交渉等で、存分に働いてもらうゆえ、そう心得よ」
「「「はっ!」」」
こうして、俺は正式に渡島を所領に組み込んだんだ。
え? 蠣崎慶広が勝手に行動するんじゃないか、って?
まあ、ある程度は勝手に行動しても良いかな? だって、彼、『渡島代官』だし。『領主』と違って『代官』なんで、上司として指導入れ放題だろ?
それに『渡島』がどこを指すかって微妙じゃん? 『北海道全域』なのか『渡島半島』だけなのか。ま、あえてぼかしたんだけどさ。
さて、慶広はどう動くかね。従順なら多少は目こぼししてやってもいいって思ってる。だけど、野心を隠せないようなら、その時は、ね。




