第196話 大浦為信
天正11年(1583年)9月 日本海
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
今は目的を一つ達成して、日本海を航行中だよ。
大崎家の使者に捕捉されないうちに、さっさと土崎湊を出発した俺は、その日のうちに能代湊に入港したんだ。そこからは船を替えて米代川を遡ったんだけど、道案内を浅利頼平に任せたんで、道中めっちゃ歓待されたよ。天然舞茸とかいろいろ珍しいものを食わせてもらったなぁ。
中でも特に感慨深かったのは、比内鶏だね。なにせ、現代だと天然記念物になってて食えないんだ(※食べることができるのは、ロードアイランドレッドとの一代雑種の“比内地鶏”)。
全く予期してなかったこともあって、俺の中で、頼平の株がずいぶん上がったよ。なにせ、比内は通過点のつもりだったんでね(笑)
実は、目指してたのは津軽だったんだ。
あ、もちろん、津軽地方は俺の暫定統治下じゃないから、自由には動き回れない。だから、大館城に逗留中に大浦為信さんに使者を出して、領内通過と面会の約束を整えてから向かったよ。
ちなみに、為信さんからは、すぐに、「喜んで!」って趣旨の返事が来た。まさに“即答”だったよ。ちょっとはごねるかとも思ったんだけど……。こんなとこからも領内の“処理”が上手く行ってる自信を感じたね。
そんなに上手く行ってるんならってことで、矢立峠を越えたところで、案内人に「名湯、碇ヶ関・大鰐の湯に立ち寄りたい」って伝えたら、「もう準備は出来ております」だって!
確かに箱根や熱海、湯河原では温泉巡りをしてたし、三河に立ち寄る際には必ず蒲郡に立ち寄ってたから、俺が”温泉好き”だってことはそこそこ知られてるとは思ってたけど、言う前から準備しておくとは……。やるな、為信さん!
で、2日ほど疲れを癒やした後、岩木山の裾野にある大浦城での会談に臨んだんだ。
いきなりの訪問だったし、安東家を処分した直後だから、最初は明らかに緊張を隠せなかった為信さん。
でも、いち早く従わない国人を討って領内を安定させたことを誉めたら、急に空気が緩んだよ。
空気が緩んだついでに、津軽地方の現状なんかについて質問したら、色々面白い話が聞けたんだ。
実は、津軽では、猪だの鹿だの熊だのといった山の獣が田畑を荒らして、思うように収穫が上がらないらしい。その対策として為信さんは、猟師を士分に取り立てて、一定の俸禄を与えることで害獣駆除に当たらせたいんだって。
これさ、実は凄いアイディアなんだよ。『猟兵』って知ってる? 敵軍の後方撹乱、山岳戦、狙撃、偵察なんかを任務とするエリート部隊なんだけど、その猟兵の最初って、猟師さんたちを組織して作った部隊らしいんだよ。
平時には効率的に害獣駆除が行えるし、戦時には日常的に射撃やら山岳踏破やらの実地訓練を積んだ山岳歩兵が手に入るんだ。こんなの採用しない手はないでしょ!
あ、これ、他家で真似されると困るんで、その場では聞き流したふりで、後でこっそり耳打ちして激賞しておいたよ。
いや~、良い話を聞かせてもらった。早速、房総や伊勢・志摩の所領で真似させてもらおうっと!
いきなりの訪問なのに、手厚く持てなしてもらっただけじゃなく、こんな良いアイディアまで教えてもらったとあったら、褒美を奮発しない手はないよね。
元々迷惑料として持ってきてた、寒冷地向け多収品種『あきひかり』の種籾100俵(※チートで作った)に加えて、鉄砲も500丁あげちゃおう。鋳造の量産品だけど、現有の鉄砲と合わせれば、1村に1丁ぐらい行き渡るんじゃないかな? 渡す場所は参勤交代(?)先の土浦になるけどね。
後は、幾つか助言をしといたけど、活かす活かさないは為信さん次第かな。
その後、めっちゃ感謝してくれたっぽい為信さんから、ビックリするような饗応を受けた。一番凄かったのは、わざわざ城内まで温泉水を運んできて、風呂を作ってくれたことかな? この夜は良い夢を見られたよ。
その後、3日間ほど逗留を延長して、三本柳温泉や、嶽温泉も堪能した俺は、鰺ヶ沢湊からガレオン船に乗り、再度日本海に漕ぎ出した。今はそんな状況だよ。
いきなり予定を延長して、為信さん、迷惑だったんじゃないか、って?
いや、大丈夫だと思うよ。だって……。
「信義様、こちらにいらっしゃいましたか!」
「おお、為信殿」
このとおり、同じ船に乗ってるんでね。
実はさ、為信さん、参勤交代の予定を繰り下げて、俺たちの接待をしてくれたらしいんだ。ただでさえ不満分子の討伐で予定が押してた上に、俺たちの接待が入ったんで、今から陸路を使うと雪が降る前に峠を越せないかもしれない。
せっかく良くしてもらったのに、俺のせいで咎めを受けたら気の毒じゃん? だから、関東までガレオン船で送ってあげることにしたの。
越冬用の物資をもらったり、報告を上げたりしなきゃいけないから、冬になるまでは定期船を運航してるんだ。そのついでだよ。
それに、基本は複数隻で船団を組んで動いてるし、今のところ関東行きの船は荷物がほとんどないから、便乗させるデメリットは、ほとんど無いんだ。
俺? 俺は帰らないよ。まだ、こっちで仕事があるからね。だから、途中でお別れだよ。
なんてことを俺が考えている間にも、為信さんの話は続いてた。
「『右京亮“殿”』などとは勿体ない。某などに敬称は不要にござる。『右京亮』でも『為信』でも、お好きなように呼び捨ててくだされ!」
「いや、私とて、義頼様の麾下であることは一緒にござる。その件につきましては御容赦を」
「左様でございますか? 信義様を困らせることは本意ではございませぬので、無理強いはいたしませぬ。しかし、某が『信義“様”』とお呼びすることはお許しいただきたい。お世話になった方に敬意を表さねば、男が廃りますゆえ」
「少々気恥ずかしいのですが、そのぐらいでしたら……。それにしても、為信殿のような才覚者から認めていただけるのは嬉しいものですな」
「またそのような世辞を! 信義様の方がよほどの才覚者ではございませんか! このガレオン船一つ取っても、我ら奥羽の田舎者には到底真似できることではございません。まあ、造るのはともかく、定期的に寄港していただけるくらいには、領内を発展させねば! 考えれば考えるほどやる気が湧いてきます」
「その意気ですぞ。津軽は開発によって3倍ぐらいには石高が増えるはず。是非とも頑張っていただきたい」
「3倍!? どのような仙術を使えばそのようなことが?」
「まあ、時間はかかりますがな。例えばですぞ、右手に見えている七里長浜ですが…………」
「なんと! 確かにそれならば…………」
こんな感じで、次の寄港地まで延々と話を続けることになったんだ。
それにしても随分と懐かれちゃったな。ただ、津軽為信って梟雄のイメージが強いけど、かなり義理堅いところもあるんだよね。史実でも、恩義のある石田三成の子を匿ったり、幕府に内緒で豊臣秀吉の像を造って拝んだりしてたらしいし。
だから、これだけ恩に感じてくれたんだったら、かなり信頼できる将帥になるかもしれないね。
……まあ、里見家が確実に負けるようなケースになったら、すぐ裏切ると思うけど。だって『梟雄』だし(笑)