第195話 新領地の概況
天正11年(1583年)9月 出羽国 秋田郡 湊城
皆さんこんばんは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
さて、夜になったけど、まだ寝てるヒマはない。表には出せないような謀議をしなきゃいけないからね。
今日の相手は風魔小太郎だよ。小太郎は、去年まで北条家で二重スパイをしてくれてたんだけど、北条家が大幅減封されたのを機に、里見家専属になってもらったんだ。
あ、当然だけど、『引き抜く』なんて宣言はどこにもしてないよ。だから、里見家で働いてることは誰も知らないんだ。
まあ、北条家も大幅なリストラが必要だったから、小太郎が「北条氏政様にお仕えできないのでしたら里に戻りたく存じます」って言ったら、特に引き留められもしなかったんだって。
ちなみに、小太郎に感想を聞いたら、「小遣いは多少減りますが、清々し申した!」だってさ!
風魔衆の頭領の小太郎が、土浦じゃなくて土崎にいる理由?
うん、普段は土浦に詰めてるんだけど、奥羽がだいぶきな臭くなってるんで、義頼さんと相談して、しばらく『出向』って形で借りてるんだ。昨夏以降、風魔の主力が奥羽に潜入してるってのもあるよ。
その小太郎に、奥羽の最新『裏』情報を聞く。それが今宵の目的だね。
「…………なるほど、一揆は予想しておったが、反乱の芽まであったとはな! それは私も気付かなかった。小太郎、礼を申すぞ!」
「勿体なきお言葉! して、信義様、何か手を打たれますか?」
「いや、信頼して任せたのだ、まずはお手並み拝見と行こうではないか!」
「ははは、信義様もお人が悪い」
「ふっ、単なるお人好しではやっておられぬよ。して、小太郎、陸奥の方はどうだ?」
「はい、大浦為信殿の知恵者ぶりが際だっておりますな。先日拝領した五郡安堵の御墨付きを盾に、大浦城下にて馬揃えを行い、参集しなかった奥瀬内蔵介、千徳掃部助ら、南部親派の国人を次々と討ち滅ぼしてござる」
「なるほど、早くも足下を固めたか。して、検地の結果は如何に?」
「申告は5万石ほどですが、我らの調べでは、その倍は下るまいと思われます」
「……名を捨てて実を取ったか。流石だな。早いうちに、一対一で会うて話をしてみたいものだ。ところで、親派の者を討たれた南部信直殿は如何しておる?」
「南部信直殿はだいぶ苦しんでおるようです。昨年の家督相続以来、九戸政実らが反抗的で、三戸城で馬揃えを呼びかけたにも関わらず、家中の6割ほどしか集まらなかった様子。場合によっては内訌が起きるやもしれませぬ。ですから、今は大浦家に関わっている余裕など無いかと」
「(うん、“九戸政実の乱”は発生濃厚、と)……なるほど、では、今のところ仲裁の必要はないな。ちなみに、他の陸奥の勢力は大丈夫か?」
「いえ、元々家中の統制が取れていなかった葛西家、大崎家と稗貫家では、傘下の国人衆に、だいぶ不満が溜まっております。調べによりますと、主城下への移住に反対の地侍どもが旗振り役となり、検地に反発する農民を焚き付けておる様子。明日にも、いや、既に大規模な一揆が起こっていても不思議ではございません」
「(“大崎・葛西一揆”も“和賀・稗貫一揆”も多分起こる、と)……ふむ、連中も『お手並み拝見』と、言いたいところだが……。ま、おそらく陸奥に関しては、来春『再出陣』ということになろう。このこと、義頼様にも、確と報告をしてくれ。頼んだぞ!」
「はっ!」
小太郎が下がった後、俺は考えを巡らせる。
うーん、最初から織り込み済みだったとは言え、実際に一揆やら反乱やらが目前に控えてるとなると、いろいろ面倒臭くなってくるなぁ。
まあ、普通の武将は、一揆や反乱が起こったら意地でも自分で鎮圧しようとするもんだ。それを理由に改易されちゃあ目も当てられないし。だから、「この秋は俺らが出張る必要は無いはず。今は担当部分をしっかり固めて、春になって関東の軍勢が動き始めたら、呼応して動けばいい」こう思ってたんだ。
……でもなぁ、今の報告を聞いてたらさ、一つだけ、最初から泣きついてきそうな大名に気付いちゃったんだよね。
そんなのどこのアホかって?
大崎家だよ……。
あそこは、里見家から、俺の異母弟にあたる薦野頼俊を養子に入れることが決まってる。だから、それを盾に、身内面して援助を求めてくる可能性があるんだよ。
いずれ明星丸の領地になるとなったら、兄として助けてやりたいのは山々だけど……。ただなぁ、今、奥羽山脈を越えて陸奥に出陣したら、春まで出羽に戻れなくなっちゃうかもしれないんだよね。
当然、出陣するからには、出羽の抑えとして駐屯してる兵を率いて行くわけだけど、抑えの兵がいないとなると、せっかく安定の目処が立った北出羽で反乱が起こるかも。それも避けたいなぁ。
流石に峠に雪が降り始めたら、断っても文句は言われないだろうけど……! そうだ!!
俺は、馬廻の御子神吉明を呼び出すと、こう告げたんだ。
「御子神吉明、明日より視察に出るぞ。まずは能代湊に向かうゆえ、ガレオン船2隻と1千の兵を準備いたせ」
俺、しばらく旅に出ます。捜さないでください(笑) 特に大崎義隆さん!
 




