第194話 安東家の後始末
天正11年(1583年)9月 出羽国 秋田郡 湊城
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
現在、7千人の兵を率いて、ここ土崎湊で安東家の処分を実施中なんだ。
で、意外や意外、先月から始まった処分は粛々と進んでる。
大名家の当主が斬首になるとか尋常じゃないじゃん? 普通だったら、家臣や領地がかなり不穏なことになると思うだろ?
だから、俺も、1万5千程度の兵で足りるか最初はかなり不安だった。だけど、蓋を開けてみたら、あまりにも簡単に事が進むんで、正直言って拍子抜けだったよ。そんなわけで、冬になる前に、与力武将を中心に、兵の半数を関東に戻しちゃったんだ。
なんでそんなに従順だったんだ、って?
俺も聞いてみたわけじゃないから良くわからないよ。まあ、聞いても正直には答えないだろうけどね(笑)
さしあたって、予想できる答えとしては、安東愛季の乱心ッぷりが、同席の家老から先に伝わってたことと、奥方と嫡男の実季くんが、既に人質として土浦に送られてたことだろうね。
いきなり抜刀して義頼さんに斬りかかったとなったら、族滅どころか、屠城されたって不思議じゃない。だから、家老からの「殿が乱心し、打ち首になった」って書状を見て、その段階で諦めたヤツが多かったらしい。
それでも、中には、「主君の敵討ちだ!」って息巻くヤツもいたみたいだけど、その旗印になる息子を里見家にキープされてたんじゃ、反乱も起こしようがない。
こんな感じで、家中の意見が割れて混乱しかけてたところに、「実季は『減知移封』で許してやる」って書状を送ったら、一気に流れが変わったみたい。
駄目押しで、「檜山郡、秋田郡、比内郡、豊島郡に替えて、上総国で市西郡、市東郡、佐是郡を与える」って御墨付きを与えたら、最後までごねてた連中も喜んで『転んだ』よ。
きっと、「領地は減らされたけど、4郡から3郡なら、3/4になるだけで済んだ! ツいてる!!」って思ってるんだろうね。甘いよ!!
旧領の檜山郡、秋田郡、比内郡、豊島郡は面積で言えば秋田県の半分ぐらいあるんだ。それに対して、新領の市西郡、市東郡、佐是郡は、江戸初期に海北郡と4郡で合併して市原郡になってる。で、市原郡は現在の千葉県市原市とほぼ一緒だ。つまり、新領は3郡合わせても1市に満たない面積ってことになる。
石高的には旧領が7万8千石で、新領は3万8千石と約半分。気付いてないみたいだから、あえて教えてないけど、気付いたところで、「半分なら仕方ないか」って思うだけだろうね。
当然ながら、ここにも『裏』があるよ。出羽の検地は指出検地なんで、かなり杜撰なデータなんだ。それに対して、上総の検地は、役人が村々を回ってキッチリ面積を測ってる。単純な収穫量の差は絶対に2倍じゃ済まないと思う。
それに、出羽の領地には10か所以上鉱山があるけど、上総にはない。
さらに、出羽の領地には能代湊と土崎湊っていう、日本海交易を代表する港があるけど、上総には小っちゃい港があるだけだ。
総収入からすると、比較するのも烏滸がましいぐらいのレベルになるはずなんだよね。
まあ、相手が喜んでるんだ、そのままにしといてあげようじゃないか。
こんな感じで、主人が交代するにも関わらず、旧安東領は落ち着きを保ってるんだ。特に比内郡なんかは浅利家復帰の芽が出てきたこともあって、かなり協力的だったね。
問題だったのは、安東家に代官を任せる予定だった由利郡と遊佐郡だ。どうやら、愛季が残してった指示がだいぶ厳しかったみたいで、俺が土崎に入ったときには一触即発の状態だった。
今だからバラすけど、実は、当初の計画では、こんな経過を辿る予定だったんだ。
①安東家を代官に任ずる。
②地元民が反発して一揆が起きる。
③安東家が強引に鎮圧する(不満分子が殺害される)。
④責任を問うて代官を外す(領地も削る)。
⑤里見家が入り統治条件を緩めて地元民を懐柔。
⑥安定した領地へ。
名付けて『漁夫の利』作戦!
そもそも、新領地をたくさん獲得してるのに、ほとんど譜代の家臣に分配してないの、不思議に思わなかった?
あれは、旧領主の懐柔に見せかけた責任の擦り付けだよ。温情で領地を安堵してもらったのに、問題を起こしてたら、改めて没収されても文句は言えないじゃん?
え? 連中が上手く解決したらどうするつもりなんだ、って?
どうしもしないよ。自力で解決するってことは、当主に能力があるってことだ。能力があるなら大領を与えても損はない。優秀な人間はいくらでも使い途があるからね。
そんなこんなで、里見家としては、来春以降の再リストラと、それに伴う、関東の譜代衆を中心とした加増転封を計画してたんだ。
ところが、『漁夫の利作戦』の発動前に愛季が暴発しちゃったんで、最初から里見家で統治しなきゃいけなくなっちゃった。しかも、地元民・国人衆の不満がくすぶった状態でね。
ちなみに『くすぶった』レベルで済んでたのは、不本意ながら愛季のおかげだよ。愛季は、里見家からの指示を盾に、『由利郡・遊佐郡の国人領主は、(※土崎)湊城下に居を構うべし』って指示を出して、主だった国人衆を全員連行してたんだ。
おかげで、地元の連中は、安東家のやり口には不満がある(不満しかない?)けど、核となるはずの国人衆が不在で、一揆すら起こせなかったみたい。
流石は愛季! 『策の多い』人間の面目躍如だね!! ……策に溺れて死んじゃったけど。
そんな不満たらたら状態で引き継いだのに、いったいどうやって対処したんだ、って?
よくぞ聞いてくれました! 年貢を減らしたんだよ。里見家は鯨とか南蛮貿易とかで色々と副収入があるし、俺のチートのせいで田圃一反あたりの収穫量も多いんで、全体的に潤ってるからね!
だから、村長を集めてこう言ったんだ。
「今年は戦で田畑が荒れたであろうから、年貢は『三公七民』とする。お上の指図に従うようであれば、来年も『五公五民』以下に留め置く」
ってね。そしたら、みんな大喜び。さらに、付け加えて、
「ただし、刀槍を隠して報告しなかったり、隠し田を造ったりした者が出た場合には、その村に与えた恩寵は一切取り消すものとする」
って言ったら、まあ出るわ出るわ!
武器もそうだけど、石高の方は安東家による検地よりトータルで3割ぐらい上昇しちゃった。
それにしても、出羽の国人連中、どんだけ重税をかけてたんだ!?
こんなわけで、俺が領主代理を務めてる最上川以北の海岸部一帯は、何事もなく越年できる目処が立ったよ。
今は、安東家家臣団の関東への移送準備と、不要な城郭の破壊、検地や刀狩りの仕上げなんかに加えて、7千人の越冬準備を進めてるんだ。海が近いとは言え、東北の冬の寒さは関東とは比べものにならないし、日本海側は大雪の心配もしなきゃいけない。今は反乱とかよりも、冬の寒さの方が心配かな?
でも、俯瞰して見ると、そう上手くは行かない場所もあるわけで……。




