第191話 奥羽征伐④服属の条件
天正11年(1583年)8月 陸奥国 岩手郡 不来方
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
無事、陸奥の征伐も終了したよ。って言うか、実は陸奥の方が順調だったんだ。
なぜって、出羽の方は最初っから「謀反人を討つ」って喧伝してたから、下るに下れない連中がいっぱいいたんだけど、陸奥の方は違う。『時流を読めないから土浦に出仕してこなかった』ってヤツがほとんどだったの。
だから、ほぼ全ての大名が、今まで見たこともないような大軍が押し寄せてきたのを見て、慌てふためいて弁解と降伏の使者を送って寄越したんだって。
だから、戦をするよりも、降伏を認める条件(『妻子は土浦に住まわせる』『冬は土浦で暮らす』『許可無く他家と戦をしない』『領地の一部没収』等)を伝えて、人質を取って、それを後方に送るって作業の方が時間が掛かったんだってさ。
例外は、志波郡、岩手郡を支配してた、高水寺斯波家の斯波詮直ぐらい。
元々“斯波御所”なんて呼ばれて持ち上げられてた上に、去年、継承問題に端を発した南部家の混乱に付け込んで岩手郡を奪還したこともあって、気が大きくなってたんだろうね。こっちの大軍が迫ってるのに「何故我が所領を侵すのか!」なんて、詰問の使者を送ってきたんだって。
これぐらい時流が読めないと、もはや如何ともしがたい。程なくして、順当(?)に高水寺城を数万の軍に取り囲まれ、家臣に裏切られて“ジ・エンド”。高水寺斯波家は滅亡しちゃいましたとさ!
え、裏切った家臣はどうなったんだ、って?
そんなの“処した”に決まってるじゃん! 主君がアホなのは仕方ないよ。でもね、殺す以前にさ、諫めるとか、押し込めるとか色々方法はあるんだよ。いきなり殺して自分だけ助かろうなんて、頭も忠誠心も足りない連中を生かしておいても害悪でしかないだろ?
だから、裏切り者たちは、主君に殉じて『城を枕に討ち死にしよう』って考えてた忠誠心の高い奴らに引き渡してやった。そしたら、めっちゃ喜んで“処してくれた”ってさ。
主君を裏切るとどうなるかって、いい見せしめになったと思う。
そんなわけで、陸奥・出羽ともに落ち着いたんで、ここ不来方で、領地割りの確定をすることになったんだ。
あ、奥羽の大名については、兵士の大半は先に帰郷させてるよ。
反乱防止? うーん、それもあるけど、どっちかって言うと、兵糧代が馬鹿にならないのと、秋の農繁期が近いからっていう方が上かな?
流石に、『出兵しました。今年の収穫が激減しました』じゃあ色々と拙いからね。
ちなみに、今、集まってるのは、元々里見家に服属してた南奥羽の大名を除くと、大浦為信さん、南部信直さん、稗貫広忠さん、葛西晴信さん、大崎義隆さん、留守政景さん、国分盛重さん、黒川晴氏さん、安東愛季さん、戸沢盛安くん、小野寺景道さんの11人。この1人1人に、これから領地割りと処分を言い渡していくんだ。
言い渡し役は俺ね!
「里見義頼が嫡男、里見信義でござる。お見知りおきくだされ。
さて、先般、東禅寺義長、斯波詮直といった慮外者を討ち、漸く『奥羽一和』が成り申した。これは各々方の協力あってこそでござる。天下人たる織田家の当主、三法師様も、さぞかしお喜びのことでござろう。
しかし、この場には、当初より協力いただいている方、城下の盟を結んでから協力していただいた方がいらっしゃる。こちらの差は付けねば天下に示しが付きませぬ。
また、中には、互いに遺恨を抱えていらっしゃる方も少なくないと聞き及んでおりまする。ここで領地割りを確定いたしますゆえ、本日以降、ここにいらっしゃる皆様が争い合うことの無きよう、強くお願いいたしまする」
「「「「「はっ!」」」」」
「なお、昨夏に書状で伝えたこと以外に、皆様方にしてもらわねばならぬことが数点ございますゆえ、そちらを先に申し上げます」
『しなければいけないこと』って聞いて、ちょっと表情が曇る人が多いけど、俺はそんなのには気が付かないふりで、話を続けた。
「一つ、代官領を含め、全領地で検地を実施すること。
一つ、本城の城下に、領内の武士を住まわせること。
一つ、一郡に一つを限度として、それを超える城は破却すること。
一つ、百姓より刀槍、弓、鉄砲を回収すること。
一つ、川、海、国境も含め、全ての関所を廃止すること。
一つ、僧兵・神人を武装解除し、寺社の警護は各大名の責任で行うこと。
以上でござる」
「お待ちくだされ! 関所を廃止してしもうては、我ら、干上がってしまいまする!!」
勢いよく声を上げたのは安東愛季さん。土崎湊、能代湊に加えて、酒田湊からの関税も確保出来たと思ってる彼としては、我慢が行かなかったんだろうね。ま、今後のためにもここで退くわけには行かないんで、ちょっと突き放しとくよ。
「安東愛季殿、関所の廃止は織田信長様の御遺志でござる。我らごときが曲げるわけには行きませぬ。『どうしても』と仰るなら、安土で訴えられませ」
あはは、苦虫をかみつぶしたような顔で黙っちゃった。でも、反乱とか起こされるとちょっと面倒だから、一応フォローも入れとこうかね。
「なお、『干上がる』と仰ったということは、関銭が関係していると思われます。他の皆様にも申し上げておきますが、関所を廃止すると人や物が大きく動くようになり、結果として商業が今までと比べものにならないほど繁栄いたします。そこで稼いだ商人たちから税を取れば、関銭以上の収入が得られることは、織田家の例からも明らかでござる。関所を無くすことが損ばかりでないことには御理解願いたい。
ついでに説明しておきますが、これらの項目は、ほとんどが一揆や謀反の防止を目的としております。皆様方は、冬には領地を離れねばなりませぬ。麾下の国人衆を統率するためには非常に有効かと存じます。
なお、検地は皆様の格を決めるために行うものでござる。朝廷より頂く官位や、儀式の席次、動員していただく人数も変わってきます。その辺りをよく考えて実施していただくようにお願い申し上げる」
皆が押し黙る中、1人の男が手を上げた。大浦為信さんだった。彼は知恵者だから、一体どんなことを聞いてくるんだろ?
そんな内心の興味を隠して、俺は為信さんを指名する。
「大浦為信殿、どうぞ」
「ここにいない国人衆は、どのように扱えばよろしいでしょうか?」
流石は為信さん。鋭いところを突いてきたね。俺は、あらかじめ準備してあった言葉で即答する。
「皆様の臣下としてお扱いください。従わぬようであれば、遠慮無く討伐していただいて構いませぬぞ」
「しかし、惣領無事令がございますれば……」
「ああ、惣領無事令は大名間の争いを止めるための物にござる。従わぬ臣下を誅伐することまで止める権利はございませぬゆえ」
今回の策は、勝手な動きをする領内の国人衆を抑えることも目的の一つなんで、ビシバシ取り締まってもらうよ。ただし、支配する大名家の責任でね(ニヤリ)
「なるほど、では、我らのように、複数の郡を領している場合、本城以外の城に置く家臣の屋敷はどのようにしたらよいのでしょうか?」
「直臣は城主であろうとも、本城の周囲に屋敷を構えさせ、妻子を住まわせるようにお願いします。陪臣については、支城下に屋敷を置かせても構いませぬ。
また、大名家より直接扶持を受ける郡奉行などが、役目の中心となる村に屋敷を構えることは構いませぬが、領地持ちの家臣が自領の屋敷に生活の中心を置くことのないようにさせてくだされ」
「分かりました。丁寧な御説明ありがとうございまする」
これを聞いて、考え込んでる人が何人かいるけど、この人たちは鋭い人だね。どうやってこの『難題』に対処するのか、今から楽しみだよ。
「いやいや、こちらも言葉足らずで申し訳ござらぬ。他の方も何かございますか?
それでは、質問も無いようですから、これより領地割りを申し上げる。では、大浦為信殿から」
「はっ!」
こうして、領地割の発表が始まったんだ。