第19話 万喜城への使者 ※地図あり
『伊隅』はわざとです。
※後書きに万喜城周辺の概略図を入れました。
元亀元年(1570年)7月 上総国伊隅郡 万喜城
酒井政明こと里見梅王丸です。とうとう土岐為頼さんの居城である万喜城に着いたよ。
いや~、それにしても長かった! 佐貫城を出たのが6月だから、万喜城にたどり着くまで、1か月ぐらいかかった計算になる。
道のりとしては50kmぐらいだから、この時代だって、急げば1日で着いちゃう。俺は幼児だけど、徒歩で移動しているわけじゃないんだから、3日もあれば十分だ。それがなんで1か月もかかったのかと言えば、準備と交渉に時間がかかったせいだ。
移動中暇だったんで、途中植物チートはいろいろ試してた。だから、俺の通ったルート上にある田んぼは、雑草まで含めてみんなミツヒカリに変えてある。きっと、今年の里見領は大豊作になるんじゃないかな? 地域限定だけどね!
さて、久留里城で里見義堯さんと話したのが、だいたい20日前、里見義弘さんが軍勢を連れて戻ってきたのが7日前。俺たちが前線拠点である小田喜城に入ったのが5日前。諸将が配置に着いたことが確認できたのと、万喜城から受け入れ応諾の返事が来たのが昨日だ。
ちなみに『配置』って言ったけど、現在、伊南荘の土岐領は、周囲を約1万の里見方の軍勢に囲まれてる。それから、庁南城の武田氏や、土気城の酒井氏にも、出陣の支度をするように指示が出てる。
なんでそんなことをしてるかって?
理由は2つある。
一番の理由は、土岐家へプレッシャーをかけるためだ。
だって、土岐家はまだ、北条方なんだぜ? 義堯さんの見込みでは大丈夫だろうってことだったけど、為頼さんは大丈夫でも、若い奴らがなにを考えるかは分かんないからね。
交渉をする前に数で圧力をかけるなんて、ちょっと小者くさいけど、俺の安全のためだ、勘弁してもらおう。
ま、生き馬の目をぬくような戦国の世だ。舐められたら終わりってところもある。「下手にでてるだけじゃない」って、分かるように示してやることは必要かもね。
ちなみにもう一つの理由はまだナイショ。理由を知ってるのは、あの場にいた俺たちと、正木憲時さんと正木時忠さんの2人だけ。その2人は知らないと困るから教えてあるけど、その2人にも、動きがあるまでは口外しないように箝口令を敷いている。
ま、全ては交渉が終わってからだね。じゃ、早速行きますか!
――――――――城内にて――――――――
完全武装の兵たちの間を抜けて、俺と岡本元悦さんは、万喜城の大広間に通された。使節団は他にもいたんだけど、入城を許されたのは俺たち2人の他は、荷物持ちの中間が2人だけ。その2人は荷物持ちなので、控えの間で留め置かれている。
俺たちの席は広間の中央、つまりは下座だな。一段高い上段の間には鎧兜の武者が太刀持ちを従えて座っている。面鎧をしているので表情は分からないが、あれが土岐為頼さんか? あ! はは~ん、そういうことね! これは、どうしてくれようかね!
俺が頭の中で善後策を練っていると、広間の様子を見て、我慢しきれなくなったのか、脇に控えていた岡本元悦さんが叫び声を上げた。
「我ら、里見義弘が名代として参った! その我らに対しこの仕打ちはいかなる料簡……」
最初は城内が臨戦態勢であることを見せつけようとしているだけかと思ったけど、この様子を見ると、こっちを侮っているか、試そうとしてるのかな?
だから元悦さん。ここで怒ったら、相手の思うつぼだよ?
でも、土岐家がそんな考えなら、こっちも遠慮は要らないね。ちょっと突っついてやりますか。
「たじま! ひかえておれ!!」
「梅王丸様! しかし……」
「たじま。よいのだ。われは、だんじょうのしょうひつさま(※土岐為頼)のひまごぞ。しもざでもとうぜんであろう。あまりさわぐでない」
「はっ!」
俺は脇の岡本元悦さんを一喝すると、正面に向き直り、挨拶を述べる。
「おみぐるしいところをおみせし、しつれいいたした。さとみさまのかみがこ、うめおうまるともうす」
そして、周囲を見回し、こんな爆弾を落とした。
「して、だんじょうのしょうひつさまは、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」




