第188話 奥羽征伐①軍議 ※地図有り
※後書きに地図を載せました。
天正11年(1583年)6月 出羽国 置賜郡 米沢城
皆さんこんにちは。梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
今は伊達家の本拠地の米沢城に来てるんだ。政宗くんとか、義道くんとか、盛安くんも一緒だよ。
お友だちの中では徳寿丸くんだけ別行動なんだけど、初陣を飾るためだから仕方ないよね。
お前は何をしてるんだ、って?
うん、奥羽征伐が始まったんで、出陣してきたとこだよ。
ちなみに俺は5万を率いる出羽方面の総大将ね。
陸奥方面? そっちは義頼さん自ら出陣してるよ。なにせ鎮守府将軍だもん! 責任者として、しっかり役目を果たさないといけないからね。
俺の直属は1万5千。具体的には上総・安房・伊豆・伊勢・志摩の将兵ね。
上方の領地? 畠山義長と菅達長に丸投げしてきたよ。だから、2人の領地がある紀伊には動員をかけてないんだ。領有して浅いから、がら空きにしたら何が起こるか知れたもんじゃないからね。
それから、出羽の大名のうち、伊達輝宗さん、最上義光さん、小野寺景道さん、安東愛季さんと、戸沢盛安くんは、俺の傘下として出陣することになったよ。
このラインナップを見てればさ、『一体どこに攻め込むんだ?』って思わない?
御覧のとおり、出羽の大名は、ほとんどが土浦に出仕してきたんだけど、当主も嫡男も寄越さなかったとこが一つだけあるんだ。
どこかって? 庄内の大宝寺家(※武藤家)だよ。
ただね、同情する余地はあってさ……。
大宝寺家は『物理的に来られなかった』んだよね。
実は、義頼さんが惣領無事令を出す前になるんだけど、当時の当主だった大宝寺義氏さんは、北の由利郡と東の村山郡に同時に出兵したの。この出兵、最初は調子がよかったんだけど、両方とも最終局面で失敗しちゃったんだ。
義氏さん、元々『戦上手』ってことで求心力を保ってたらしいんで、まず敗戦で求心力が低下した。さらに悪いことに、権威を高めるためにすり寄ってた信長さんが、本能寺で横死しちゃったんだ。
そんなこんなで、極限まで求心力が低下したせいで、家臣の砂越宗恂や来次氏秀たちが不穏な動きをし始めたんだって。
当然、義氏さんは怒って討伐しようとしたよ。だけど、タイミングが悪いことに里見家に呼び出されてるから土浦にも行かなきゃいけない。代理人に出仕させようにも、丁度良い年齢の息子はいない。
だから、娘婿で酒田の代官の前森蔵人に兵を預けて討伐を命じ、自分は土浦に赴こうとしたらしいんだ。
ところが、なんと、前森は、出陣すると見せかけて義氏さんの居城、尾浦城を急襲、義氏さんを討ち取っちゃった。と、こんなわけだよ。
つまり、来る意思はあったみたいだけど当主が不在で動きようがなかったんだな。
で、実は、義氏さんには義興さんって弟がいて、今も藤島城で頑張ってる。
情状酌量の余地があるんで許してやるのか、って?
いや、討伐はするよ。約束は約束だからね。
血も涙もないって?
いや、だってさ、そもそも、もっと早く義氏さんが動いてれば、謀反が起きる前に土浦に着いてたはずだよね。もっと遠方の大浦為信さんなんか、9月には土浦に着いてたんだから。それにさ、本人が不在になるって分かってるのに、討伐軍を起こそうとすること自体『あたおか』だよね。だから、俺は酌量の余地は薄いと思ってるんだ。
だから、混沌としてる庄内3郡に加えて、大宝寺氏派の豪族が割拠する由利郡を平定することが、俺たち出羽遠征軍の当座の目標ってことになる。ってことで、これから軍議を始めるとこだよ。まあ、『軍議』って言っても基本は里見家の方針を伝えるだけなんで、そんなに時間はかからない予定だけどね。
「………………安東愛季殿は羽州浜街道より、小野寺景道殿は子吉街道より、戸沢盛安殿は内小友街道より由利郡に入り、国人どもを平らげること。そして、子吉湊で全軍を結集後は、三崎方面から庄内の遊佐郡に乱入願いたい」
「「「はっ!」」」
御覧のとおり軍議は順調だよ。由利郡の平定には、現在の秋田県辺りの大名を回すんだ。あ、前近代的な出羽の連中を野放しにしといたら、濫妨狼藉を働きまくるのは目に見えてる。だから、当然、軍監も付けるよ。
「安東家の軍監は酒井康治、小野寺家は忍足高明、戸沢家は井田胤徳に任す。それぞれ1千を与えるゆえ、しっかりと勤めて参るように」
「「「はっ!」」」
「次に、庄内であるが、謀反を起こし、大宝寺義氏殿を弑逆した前森某とか言う輩がのさばっておると聞いた。これは、明智光秀が謀反により織田信長様を失うた我らとしては、許しがたき所業である。よって、残りの3万2千はこちらの討伐に宛てるものとする」
「「「「「はっ!」」」」」
「伊達輝宗殿と最上義光殿は、六十里越で櫛引郡、田川郡に侵攻、大宝寺家の一門を保護してもらいたい。その後は南から酒田を目指し北上して頂く」
「「はっ」」
庄内には、現在の山形県を領する最上義光さんと伊達輝宗さんを回した。
当然軍監も付けるよ。
「軍監は、加藤弘景に任す。こちらも1千を与えるものとする」
「はっ!」
「最後に、我らであるが、村山郡より青沢越で酒田を突く。ただ、我らはこの辺りに不慣れゆえ、最上家から先導役を出して貰いたい。義光殿、いかがであろうか?」
「そのような願いでしたらお安い御用でござる。峠に近接する真室の領主、鮭延秀綱を案内役にお付けいたしましょう」
「何! 鮭延秀綱殿とな!? 鮭延殿と申せば、坂東にも名の聞こえた剛の者ではござらぬか! そのような勇将をお貸しいただけるとは有り難い! 義光殿、感謝いたす」
「いやいや、天下のためでござる。いかようにもお使いくだされ。それにしても、このように誉められるとは、秀綱も果報者にござる」
「『頼りにしておる』と、お伝えくだされ。……さて、これで軍議は終わるが、何か存念のある者はいらっしゃいますかな?」
事前に大量に風魔衆を送り込んで、街道や諸大名の勢力範囲をしっかりリサーチしてあるんで、ほぼ指示するだけで済んじゃった。でも『軍議』って言うからには、それだけじゃ手落ちなんで、一応意見を聞いてみた。
「畏れながら申し上げます」
「安東愛季殿、いかがなされた」
「はい。進軍する先々の国人どもが、遅ればせながら降伏を申し入れて参りましたら、如何様に扱えばよろしいのでしょうか?」
うん、当然の疑問だね。実はその件に関しては、4人の軍監たちには伝達済みなんだ。時短のために端折っちゃったけど、確かに後になって軍監から聞かされるより、今ここで伝えちゃった方が、問題は起きにくいよね。
「うむ、基本的に降伏の受け入れに否やはございませぬ。なんなら『御家』の存続を確約しても構いませぬ。
しかし、半年以上前に通告しておいたにも関わらず、これまで参陣もせず、城下の盟を結ぶわけです。その後の戦で手柄を立てたとしても本領の安堵は約束しかねますので、降伏を申し出てきた者には、その旨を確とお伝えくだされ。
あ、そうそう、賞罰の参考にいたしますゆえ、降伏してきた状況につきましては記録を残していただけると有り難いですぞ」
「なるほど。よく分かり申した。それほど寛容な扱いをいたしても構わぬのでしたら、由利郡の平定も早まりましょう」
「ははは、愛季殿、よろしくお願いいたします」
俺はそこで愛季さんとの話を一度切る。そして、並み居る武将たちに対して、幾分トーンを落とすと、こんなことを語った。
「他の皆様にも申しておきますが、中には寛容には扱えぬ輩もおります。例えば、こちらから働きかけもせぬうちに、主君を弑して降伏してくるような連中です。そのような不忠者がおりましたら、伺いなど立てずとも結構です。その場で処断するようにお願いいたす。
どれだけ能力があろうとも、主君の命を屁とも思わぬ表裏の者は、今後の天下に不要にござる」
「「「「「はっ!!」」」」」
諸将の引き締まった様子を見るに、どうやら『里見家は謀反人を絶対に許さない』ってメッセージは伝わったみたいだね。
これで、前森蔵人たち謀反人がどんな動きをしてくれるかね? 今から期待してるよ。