第187話 友だち
天正11年(1583年)3月 常陸国 新治郡 土浦城 道場
「チェイヤー!!」
俺の気合いの籠もった一撃が相手の脳天に向かって振り下ろされる。
カッ! パアアーン!
しかし、相手は俺の渾身の一撃をいとも容易く受け流したかと思うと、その勢いを余すことなく自らの竹刀に載せて、がら空きになった俺の脾腹を打ち据えていた。
……勝負あったな。俺は観念して跪く。
「参りました!」
「うむ、なかなか良い打ち込みであったぞ! 思わず秘伝を繰り出してしもうたわい。これならば大目録を授けてもよかろう」
「伊東一刀斎様! 真でございますか!?」
「おお、間違いなくそれだけの腕前になっておる。政宗殿、今後は皆伝を目指し、さらに精進なされよ」
「有り難き幸せ!」
俺は師匠に頭を下げると、門人たちの居並ぶ列の中に下がった。
やった! 一刀流の大目録を頂戴したぞ! 早速父上に御報告せねば!! これで少しはやつに近づけたかもしれん。
しかし、俺は、すぐに現実に引き戻されることになる。
「イヤアアアアァ!」
目の前で1人の若武者が師匠に打ち込みをかけていた。昨年門下に加わった孫十郎である。
この男は、門下に加わるや否や、めきめきと頭角を現し、俺を含めた門人たちをあっという間に追い抜いていった。今となっては、孫十郎に敵うのは、高弟の善鬼殿と、御子神次郎右衛門殿、そして、やはり新参の九郎ぐらいのものだ。
年嵩の善鬼殿や、次郎右衛門殿はさておき、せめて孫十郎や九郎には負けぬようにならぬと……。
俺が人知れず決意を新たにしていたところ、件の九郎が息を切らせて道場に飛び込んできた。
たった9人を引き連れて、仙北から出てきただけあって、行動力は目を見張る物があるが……。コイツ、自分の立場を分かってるのか?
ほれ! 言わんこっちゃない! 遅れて家臣が駆け込んでくる。
「……かさま、若様!! お待ちくだされ! 若様はひとかどの大名でござるぞ! そのような伝令の真似事など……」
「右京! 師匠の御前である。控えておれ!!」
九郎はもっともなことを言った忠臣を叱りつけ、お師匠様に向き直ると、こう叫んだ。
「一刀斎様! 信義殿が土浦にお戻りでござる!!」
道場内にざわめきが起こり、呆れた顔をしていた師匠も顔つきが変わる。
「戸沢盛安殿、それは真か!?」
「はい! 信義様の御座船が土浦に入港するのを、この目で確と見ましたゆえ! 久々に立合えるのが楽しみで楽しみで!」
喜び勇んで報告する戸沢盛安だったが、間髪を入れず、小野寺義道が声を上げる。
「盛安! お主は、今日、道場を休んでおったのだから、まずは我らに譲るのが筋であるな。皆もそう思うであろう?」
「「「そうじゃそうじゃ!!」」」
義道の肩を持つ皆の声に、盛安が口を尖らせて問い返す。
「では、誰が最初に立合うのじゃ!」
「それは当然、大目録であるこの俺が……」
な ん だ と !
今度は勝手極まりない義道の言葉に不平の声が上がる。俺も便乗して声を上げた。
「義道! 大目録なら先ほど俺も頂戴したばかりじゃ! しかも、俺の方が信義殿との付き合いは長い。で、あるからして、まずは俺から……」
「喝ーーーーッ!!!!」
伊東一刀斎様の一喝で、混乱の坩堝と化していた道場は、水を打ったように鎮まりかえる。言い争いをしていた俺たちは、仁王立ちをする師匠に向かって跪いた。
「里見信義殿と立合いたいという、皆の気持ちはよくわかる。しかし、このように取り乱してなんとするか! このような有様では、お主らの皆伝への道のりは遠いぞ!!」
そこまで言ったところで、一刀斎様は、急にそれまでの顰め面を崩してニヤリと笑い、そして……。
「まずは、この儂が、思う存分立合うて進ぜるゆえ、しかと見取るがよいぞ」
し、師匠! それはあんまりです!!
天正11年(1583年)3月 常陸国 新治郡 土浦城
皆さんこんにちは。梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
いや~、昨日は参ったよ。報告のために土浦城に寄ったらさ、なぜかいきなり道場に連れていかれて、剣術指南役の伊東一刀斎さんと試合をすることになるんだもん。
一刀斎さんは、定期的に強い人を宛がっておかないと、『剣術修行のため』ってすぐに逐電しようとするんだ。だから、ガス抜きのために俺が試合をするのは仕方ないんだけど……。
その後、他の門人たちが次から次へと勝負を挑んでくるのは、流石に止めてほしかったね。
最後は、噂を聞きつけて乱入してきた真壁氏幹さんとも立合ったんだよ!?
これ、どんな苦行!!
それにしても、みんな強くなってたんで、正直ビックリしたよ。聞いたら伊達政宗くんも一刀流の大目録を貰ったらしい。でも、それ以上にビックリしたのは、戸沢盛安くんと小野寺義道くんだね。
何でって、2人とも数か月前には、秒殺の勢いで完膚なきまでに伸してやったんだよ? なのに昨日の試合では、1分以上粘られちゃった。2人のセンスが高いのか、一刀斎さんの教え方が上手いのか……。まあ、両方だろうね!
え? そもそも、何でいきなり叩きのめしたんだ、って?
だってさ、2人とも、去年、義頼さんが出した布告に応じてやってきたんだけど、顔を合わせるたびに、いがみ合うんだよ? 両家とも横手盆地に拠点があって領地が隣接してるんで、仲が悪いのはある意味当然なんだけどね。
ただね、この件がより複雑だったのは、それだけじゃないんだ。実は、ちょっと前まで戸沢家は小野寺家に従属してたの。だから、義道くんにとって、盛安くんは『裏切った家臣』ってことになる。
でも、盛安くんは17歳にして、『大名家の当主』。それに引き換え、同い年の義道くんは『嫡男』でしかない。
こうなったら、「どっちの立場が上だ!?」ってことになるよね?
で、何かにつけて言い争ってるうちに、どっちが言い出したか「決闘だ!!」ってことになったんだって。
決闘なんかさせたらさ、必ずどっちか死ぬじゃん? だから、俺が押っ取り刀で駆けつけて、有無を言わさず叩きのめしてやったの。
そしたらさ、一緒に叩きのめされた者同士、なんか通ずる物があったんだろうね。2人揃って、一刀斎さんに弟子入りして、修練を始めたんだ。
おかげで、前は『険悪な関係』だったのが、今じゃ『好敵手』(?)って感じになってる。
出羽国は主要な領主(※嫡男を含む)が、あらかた土浦に来てたから、これまでに積み重なった領地問題をどうするか、今から頭が痛いとこだったんだ。だけど、これで小野寺家と戸沢家の間が落ち着くんなら、それだけでも随分と気が楽になるよ。
願わくば、このまま良い関係を維持してほしいもんだね。
「…………し、信義殿! 信義殿!!」
「うおおお!」
いきなり話しかけられた俺は、ビックリして立ち上がりかけ……。そのまま足を滑らせて目の前の海に転落した。
ずぶ濡れになった俺は、いきなり声を掛けてきた少年に、怒りの声を上げた。
「義宣! いきなり脅かすとは酷いではないか!」
「『いきなり』ではございません。何度も声をおかけ申しました。そもそも、先程来、竿が引いておりますのに、ずっと信義殿がボーッとしておるからではございませんか!」
いかにも心外だという風で反論をする佐竹義宣くん。後ろで伊達政宗くんは腹を抱えて笑ってるし、小野寺義道くんと戸沢盛安くんは不思議そうに話してる。
「なあ、盛安よ、信義が『どこからでもかかってこい』って言うから、後ろから襲ったことあったよな?」
「ああ。だけど、後ろに目があるみたいに躱されて、そのまま投げ飛ばされたけどな。……なあ義道、今のアレと、投げ飛ばされた時との差は何だ?」
「プッ……。ククククク! どっちも正真正銘の信義よ!」
「「政宗!?」」
「それにほれ、あれほど完璧に見える男でも、あのように抜けておる所もある。だから、周囲の者も息が詰まらずに済むし、我らも友人としてやっていられるのだ。……わはははははははは!!」
「それも道理だな!」
「「「わはははははは!!」」」
「おい、お前ら! 笑ってないで助けろよ!!」
「はいはい、ただ今、助けますよ。……あっ!」
助けようと手を伸ばした義宣くんが、足を滑らせて海に落ちた。そして、笑いながら近づいてきた政宗くんが、盛安くんにぶつかって、2人一緒に海に落ちた。1人残った義道くんは、何を考えたか自分から飛び込んできた。アホか!!
結局、全員ずぶ濡れになったんで、そのまま城に帰ったよ。
釣果? そんなのゼロに決まってるじゃん!
釣りとしては散々だったけど、久々に学生みたいなノリができて楽しかったな。こうやって親交を深めるのもいいもんだ。
ま、あっちこっちから呆れられたり怒られたりはしたけどね(笑)




