第186話 新たなる発明
天正11年(1583年)3月 常陸国 多賀郡 木皿村
鉄製の炉の口を開けて、作業員が石炭を放り込む。炉の中は赤々とした炎で一杯になっている。……だが、今のところはそれだけだ。
火が起こされてからしばらく経つが、特に変化は見られない。俺の脳裏に『失敗』の2文字がちらついた。
と、その時、『ふしゅー』と音を立てたかと思うと、炉の上部に設けられた天秤棒がゆっくりと上下に揺られ始めた。
そして、しばらくして、吐水口から大量の泥水が噴き出し始める。
成功だ!
見守っていた技術者たちが口々に歓声を上げる中、責任者である玉造アフォンソが、興奮気味に近づいてきた。
「信義様、見てくだせぇ!! 本当に動きやしたぜ!」
「アフォンソ、落ち着きなよ。今、俺、一緒に見てたじゃん?」
「あ、こりゃあ、失礼いたしやした!」
「まあ、興奮する気持ちは分かるよ。人も動物も使わずに、あんなにでかい物が動くんだからさ」
「へい! こいつが大量に使えるようになりゃあ、この辺りの炭田の採掘も捗るはずでやす。そんで、石炭が大量に手に入るようになりゃあ、製鉄の方も捗り……。ん? 待てよ!? 別に炭鉱だけに限らねぇぞ! これを使えば他の鉱山の水揚げ人足も減らせるんじゃねぇんですか!?」
「そうだな! それだけじゃないぞ?」
「?」
「コイツを見てよ」
俺は、車輪の軸に2本の棒を繋げた道具をとり出すと、アフォンソたち技術者の前で動かして見せた。
「……まさか! これがあれば上下動を回転運動に変えられるんじゃ!」
「流石だね、その通りだよ」
「坊ちゃん! こいつァ、生産に革命が起きやすぜ!!」
「うん、そうだね。今のままだと、揚水とか鍛造ぐらいにしか使い途はないけど、この変換装置があれば、製粉、紡績、掘削、できることは大きく広がると思う。だから、引き続き研究を頼むよ」
「任してくだせぇ! まさか、時代を変える発明に携われるたぁ、職人冥利に尽きるってもんでさぁ! なあ、みんな!!」
「「「「「おう!!」」」」」
皆さんこんにちは。梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
なんとなくわかった人もいると思うけど、ついさっき蒸気機関の運転に成功したんだ。
ちなみに、開発したのは『ワットの蒸気機関(※擬き)』ね。本当は『ニューコメンの蒸気機関』から始めるのが順当なんだけど、アレ、エネルギー効率が悪すぎるんだよ。主に炭鉱で使われたんだけど、『掘り出した石炭の2割とか3割が燃料に消えた』なんて話もあるくらいなんだ。
もっと先進的な蒸気機関を導入できなかったのか、って?
あのね、先進的になればなるほど、部品の精度を高める必要があるんだよ? まともな工作機械もない状況なのに、そんなことできると思う?
正直言って『ワットの蒸気機関(擬き)』だって厳しかったんだよ? でも、職人の技術力でごり押ししたの!
ま、動力機械ができたから、それを利用すれば工作機械も発展していくはず。そしたら造れる物がどんどん増えていく。幸いなことに、俺のチートで色々な設計図は高次元空間で拾ってこれるんで、早いうちに蒸気機関の小型化と量産化を目指したいところだね。
てなことを考えながら、ふっと顔を上げると、アフォンソが訝しげな視線でこちらを眺めてた。
……俺、またやっちゃいましたね。
「坊ちゃん、またですかい? 考え事は1人のときにした方が良いですぜ?」
「ごめんごめん! 色々と考えなきゃいけないことが多くてね。あ、そうだ。みんながやる気になってるところ悪いけど、次の研究は、また後でね」
「え? 何かあるんですかい?」
「みんなが頑張って、前代未聞の大発明を成し遂げたんだよ? まずは祝賀会をしなきゃだめだろ!」
「確かに! そりゃあ道理だ!」
「酒も料理もたっぷり準備してある。みんな、今日はしっかりと楽しんでくれ!」
「「「「「ありがとうございます!!」」」」」
この後は大宴会が始まったよ。でも、俺は、一通り声を掛けた後、中座させてもらった。なぜって、実は今、奥羽征伐の準備が佳境に入ってるとこなんだよね……。
『蒸気機関完成』って報告を受けたんで、急いで北茨城に駆けつけたけど、本当は、房総の将兵の動員とか、上方からの援軍の受け入れとか、やらなきゃいけないことが山積してるんだ。だから、用が済んだら急いで湊城に帰らないと……。
急いで俺が向かった先は、勿来関のそばにある平潟港。そこには、3隻のガレー船が停泊してた。この船を使って房総に戻るんだ。
え? なんで3隻しか無いんだ、って?
それを言われると痛いんだよね。VIPが少人数で行動するのがハイリスクなのは重々承知してるよ。なにせ身近な例もあるし……。でもね、今回は3隻しか準備できなかったんだよ。主に人手と、船そのものの問題でね。
ただね、実情を知ったらさ、『3隻しか』じゃなくて、『3隻も』って思うかもしれないよ?
船に戻ると、早速、船長の安西頼元が駆け寄ってきた。
「安西頼元、準備はどうだ?」
「信義様、3隻とも予熱も完了し、出港準備整っております」
「よし、早速出港するぞ」
「はっ! 出港だ! 信号旗を上げろ!!」
「「「「応!!」」」」
頼元の指示があるやいなや、威勢の良いかけ声が響いて、船員たちが機敏に動き始める。そして、碇が上がると、『ポンポンポンポンポンポン』と、軽快な音をたてて、船は動き始めた。
はい! 実は、蒸気機関より先に、内燃機関ができちゃってました(爆)
いや、去年、相良油田を発見したじゃん? 折角、品質が良い油が採れるんだし、灯油とナパームしか用途がないのは勿体ない気がしてさ、試しに焼玉エンジンを造らせてみたんだよ。
焼玉エンジンはさ、他の内燃機関と違って、発火を促すための電気系統が必要ないし、硫黄分がかなり多い油や植物油レベルでも普通に作動するらしいんで、「相良の原油ならもしかしたら……」って思って、ダメ元で指示してみたの。
そしたらさ、なんと! この通り、動いちゃったんだよ!!
あ、別に焼玉エンジンが『良いとこだけ』って訳じゃないよ? だって、今、『焼玉エンジン』とか『ポンポン船』とか全く聞かないだろ? 実は、焼玉エンジンって、他の内燃機関とは比べものにならないほど燃費が悪いんだよ。
てなわけで、燃費の良いガソリンエンジンやディーゼルエンジンが普及してきたら、確実に廃れる技術ではある。でも、他に選択肢も無いし、そもそも原油の使い途自体が無かったわけだから、現状では、技術の限界と廃物利用って観点で、一石二鳥になってるんだ。
職人の手作りだから、まだ3台しか造れてない。なんで、おっかなびっくり使ってるけど、これで蒸気動力の工作機械が作動するようになったら、規格の統一とかも進んで、もっと信頼性も上がるんじゃないかな?
なぜ焼玉エンジンを中心にしないで、わざわざ蒸気機関の開発を進めるんだ、って?
あのね、考えてみてよ。日本の石炭の埋蔵量と、石油の埋蔵量どっちが多い?
それからさ、石炭は、究極のところ野ざらしだって備蓄できるけど、石油は最悪でも桶が必要じゃない? しかも、桶だとこぼれる恐れもあるだろ? 石炭はこぼれても拾えば済むけど、石油は……。ね?
あとさ、『密閉空間で揮発したら?』って考えてみてよ?
俺は、その後の惨事、想像したくもないね。
それに、今は、掘り出した原油は、樽に入れて風通しの良い所に保管させてるけど、焼玉エンジンを量産するんだったら、あちこちに『備蓄基地』も造らなきゃいけないよね?
こんな理由があって、現状では量産に舵を切れないんだよ。
まあ、1回限りの『決戦兵器』とか、『重要情報の速達』とかだったら十分に使い途があるから、これからも研究と改良は進めさせるけどね。




