第184話 『謀反人』現る
天正11年(1583年)2月 志摩国 英虞郡 三木城
皆さんこんばんは。梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
この前まで葬儀のために古河にいたんだけど、今は伊勢に戻って(?)きたんだ。奥羽征伐の準備と、領内の慰撫のためだよ。伊勢・志摩・紀伊からも、ある程度の兵を連れて行きたいし、新領地は定期的に慰撫しないと不穏な感じになるからね。
今日も午前中に各地を視察して、午後は色々な報告を聞いて指示を出してきたよ。今日は、ここ志摩国の三木城にいるけど、今回はこれまで伊勢大湊から始まって、松坂、田丸、三瀬、志摩長島、尾鷲と視察を進めてきたんだ。明日は紀伊国の小本に向かう予定だよ。最終的には、牟婁郡の田辺までは視察するつもり。
で、毎度の事ながら、道中では植物チートも実践してる。だから、里見家の領地では、いつの間にか(笑)商品作物が増えてくの。あ、当然、やってあげるのは直轄領と直臣の領地だけだよ。
おかげで房総では「里見の臣下になると収量が倍になる」って噂が広まってて、元々同盟関係だった土気城主の酒井胤治なんかは、一去年正式に臣従を申し出てきたぐらいだよ。こっちでも直臣と与力とは、しっかり差を付けてくんで、数年後には「臣従させてくれ!」って申し出が、さらに増えるんじゃないかな?
こんな感じで、昼は毎日大忙しなんだ。あ、でも「夜が暇」って訳でもないよ。夜は夜でやっぱり忙しいんだ。表向きにできない内密の話とかするのにね。
夜も更けてきたんで、月明かりに照らされた三木浦のドックを見下ろしてると、俺にしか気づけないぐらいの密かな気配がした。
「隼人か?」
「はい。これに気付くとは、流石信義様。先触れいたしましたとおり、お客様をお連れしました」
「わかった。部屋に戻る。そちらにお通ししろ」
「はっ!」
1人の男を伴って風間隼人が現れたのは、間もなくのことだった。
おっと! 今日のお客さん、しみじみと話すのは、2年ぶりくらいなんで、まずは挨拶からだよね。
「津田信澄殿、久方ぶりでござる。我が招きに応じていただき有り難い。ただ、このような夜中にお相手せねばならぬこと、まずはお詫びいたす」
「なにを仰いますか! 里見信義殿の御厚意が無ければ、今頃は戦場に倒れるか、刑場の露と消えていたかもしれませぬ。身の危険も顧みず、我らを救っていただいたこと、感謝いたしまする」
「信澄殿には、初陣以来何かとお世話になりましたから、その恩返しだとでも思うてくだされ。まあ、織田信孝様が仰るように、信澄殿が明智光秀と同心していたのであれば、流石に私もお誘いはいたしません。ですが、明智の家臣を調べた限り、この件は濡れ衣ではないかと考え、使者を送ったのでござる」
「信義殿! 分かってくださるか!! 信孝にも丹羽長秀にも『我らは光秀とは無関係』と幾度も釈明をしたのですが、誰にも信じてもらえず……」
信澄さんは、感極まったのか、はらはらと落涙する。この当時は“連座”って考え方があるんで、血縁から罪に問われるのは諦められても、『謀反を起こした』って汚名を着せられるのは納得がいかなかったんだろうね。
……ただ、信澄さん、その後の対応が拙かった。だから、今、俺が口利きをして降伏したとしても、簡単に『無罪放免』ってわけにはいかないんだ。分かってるとは思うんだけど、ちょっとそこら辺を含めて、話をしとかなきゃね。
「信澄殿、此度は我らのお招きに応じていただきましたが、しばらくの間、表に出られぬことは御承知おきくださいますか?」
「それはもう、当然でござる。濡れ衣から我が身を守るためとは申せ、私が織田家に弓引いた事実は変わりませぬ。逆に信義殿にお尋ねしたいのですが、私のような『謀反人』をどこで匿うてくださるおつもりか?」
「ええ、信澄殿主従には、一度、航海中に難破していただくことになりますが……」
『難破』って言葉が出たんで、信澄さんは表情を硬くしたけど、俺が説明してくうちに、納得してくれたよ。
何をするんだ、って?
「船に乗せて沖合に出して、『難破した』って体で、グアム島に送っちゃう作戦」だよ。以前に、武田信勝くんとか、甲斐武田家の生存者たちを高野山に送る話があったじゃん? あれを焼き直したんだ。
実はね、武田の一門を高野山に届ける前に、信長さんがお亡くなりになっちゃったんで、彼らは、ここ、三木城でしばらく匿ってたんだ。そのまま清水に置いといても良かったんだけど、駿河は甲斐の隣だから、一揆の旗印として擁立されないように引き離す必要があったんだ。
で、無事に明智討伐が終わり、紀州征伐も済んで、高野山も降伏したんで、織田信包さんに「武田の連中はどうしましょう?」って聞いたの。そしたら「予定通り高野山へ送るように」だって。
三法師くんへの代替わりでの『恩赦』を期待してたんだけど、そこまで上手くはいかなかったよ。まあ、松姫さんも信忠さんの子を懐妊してるみたいだし、彼らが赦免される日も、そう遠くはないんじゃないかな?
武田信勝くんとかには、これが既定路線だったんで、粛々と指示に従ってたけど、実は、この裁定の結果、困ったことになった人たちがいたんだ。
……里見家の裸瀞寝(※マリアナ諸島)代官所の面々だよ。
現状の人手だと、賀武島の経営が限界なんだけど、里見家としては抱えてる担当が多すぎて、これ以上人を送る余裕がない。そこに、甲斐武田家の連中を送るとなった。大喜びで一気に島外まで勢力を拡大する計画を立ててたら、あえなく御破算になっちゃった。
戸崎勝久からは、「人材確保をどうにかしてくれ!」って矢のように催促されて思いついたのが、津田信澄さんだったってわけだ。
長くなったんで分割しました。
明日も7時頃投稿予定です。




