第180話 15歳の現状
天正11年(1583年)1月 常陸国 新治郡 土浦城
皆さんこんにちは。もうすぐ15歳になる梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
今日は正月の祝いってことで、家中の主要メンバーが土浦城に勢揃いしてるんだ。里見家も大きくなっちゃったもんで、栗林義長とか勝又義仁とか、南伊勢・志摩・紀伊を任せた面々は、流石に出席できてないけどね。
いや~去年は本当に色々あったわ。2月から始まった甲州征伐に嫡男の誕生、本能寺の変からの明智討伐、小田原征伐に紀州征伐だよ。特にデッカい戦を4つも熟したのは自分自身を誉めたいよ。だって、どう考えても、1つだけだって十分なレベルのヤツを年間4つ成し遂げて、しかも全部勝ってきたんだから。
たださ、ずーっと戦続きだと、どうしても内政面が色々と疎かになってくるんだよ。あらかじめ指示してあったり、現状維持で良かったりするところは結果を出してるんだけど、新たな発想や技術が必要なところはどうしてもね。だから、今年は内政方面にも力を入れていきたいんだ。でも、今年は『奥羽の仕置き』があるから望み薄かな?
奥羽の話をすると、今のところ、土浦に来て義頼さんと謁見を済ませたのは6人。具体的には、大浦為信さん、最上義光さん、南部信直さん、小野寺景道さん、安東愛季さん、戸沢盛安さんね。だから、この6人は所領安堵だよ。
とは言っても、この人たち、互いの所領の境目がだいぶ怪しいの。だから、『安堵』と言いつつ、それぞれの希望について満額回答はできない可能性の方が高いんだ。そもそも因縁の深い大浦家と南部家が来てる段階で『全員満足がいく』って結果は存在しないって話もある(笑)。まあ、彼らの不満は最初から織り込み済みだよ。それに、文句を言ってきたところで風魔衆の調査結果を突きつけて黙らせるだけだし。
この後どれだけ出頭者(?)が増えるかは不明だけど、そもそも雪の中、多数で移動するのは危険だし、少人数で行動すると『他の勢力による妨害』って、別の危険も生じてくる。だから、春先までに全ての勢力が土浦に揃うってのは、ちょっと考えにくいかな。そんなわけで、晩春以降に大規模な征伐が行われるのは、ほぼ確実だろうね。
名前が無いけど伊達家や相馬家はどうしたんだ、って?
みんな既に屋敷を構えてるよ。だって政宗くんとか2年半ぐらい前から住んでたじゃん?
それに、なんと蘆名家に至っては、もう『参勤交代』を始めてるよ。って言っても蘆名家の当主千寿丸は義頼さんの長男なんで、『定期的に里帰りしてる』とも言うんだけどね(笑)
それでも、北奥羽の諸大名に布告を出す前に相馬家や伊達家にも制度についての内諾を取ってるんで、その辺はスムーズに行くはずだよ。
ちなみに、実は、参勤交代に関しては、南奥羽の大名全員が素直に従ったわけじゃなく、中には「当家は織田家に直接お仕えする!」って駄々をこねたヤツもいたんだ。でも、そんなヤツには言ってやったの。
「おお! 素晴らしき心がけかな! 早速、織田信包様に口を利いてつかわすゆえ、安土に屋敷を構え、常駐するがよかろう」
ってね。そしたらさ、なぜか全員前言を撤回して土浦に屋敷を造り始めたよ。不思議だね(笑)
従属してたはずの南奥羽の連中ですらこんな塩梅なんで、使者の1人も送ってよこさない北奥羽の物知らずどもは言わずもがなだろうね。合戦がしたくて仕方ない真壁氏幹さんが聞いたら大喜びしそうだよ。
こんなわけで、今年は奥羽征伐をする前提で行動するつもり。だから内政面は足踏みが続きそうだよ。
それでも、去年は伊豆の珪石鉱山を手に入れたし、鋼鉄の生産も軌道に乗り始めたんで、ガラス製品の量産と鉄の民生面への利用拡大だけは今年中に道筋を付けちゃいたい。鉄とガラスは、産業としても有用だけど、『科学技術の発展』って見地からも重要だからね。
あと、『新技術』に関しては、俺が忙しいこともあって足踏み気味だけど、実は一つだけお披露目間近な物があるんだよ。
それは何か、って? へへへ、それは完成してからのお楽しみだよ。
今年中にどこまでできるか分からないけど、このあたりが今年の抱負かな?
そうそう、最初に『家中の主要メンバーが土浦城に勢揃い』って言ったけど、残念ながら鶴さんは、この正月の祝いに参加できなかったんだ。
……察しは付くかもしれないけど、おめでただよ。
うん、8月に鶴さんにしっかり搾り取られたのが当たっちゃったらしいんだ。
当時鶴さんはまだ16歳。現代で言えば高校1年生だ。だから当初の計画では当分の間はコントロールしていく予定だったんだけど……。まさか如何ともしがたい状況に巻き込まれるとは思わなかったよ。まあ、できちゃった物は仕方ない。しっかり栄養を付けてもらって、少しでも出産時のリスクを減らしてもらわないとね。と、言うわけで、今年はまた家族が増えそうだよ。
ちなみに、『如何ともしがたい状況』を作ってくれちゃった元凶(?)でもある徳姫さんの方も、どうやら当たっちゃったみたい。最初聞いたときは「信康さんの子かも?」って思ったんだけど、7月までは月の物があったらしいんで、『紀州征伐の途上で吉田城に寄った時』って線が濃厚かな?
徳さんの方は3人の子持ちだし、20歳も超えてるから、鶴さんほどは心配は要らないだろうけど、今は戦国時代なんで、三河でどんな非科学的な風習をやってるものやら、皆目見当が付かない。だから、鯨肉を贈ったり、鰻の焼き方を伝授した料理人を送ったり、徳川家の産婆を上総に連れてきて教育したりと万全の準備を整えてるよ。
それにしても、去年の8月と言えば徳さんだってまだ22歳だった。16歳の幼妻と22歳で未亡人の嫁さんがいて、2人とも妊娠中とか、世が世ならどんなリア充だよ!? ってなりそうだよね。
え、犯罪者?
でもでもでも、俺、当時14歳だったし!
酒井政明分の人生を足したら幾つだよ、って? ハイ、ソウデスネ……。
「………………信義! 信義!!」
いけね! またボーッとしちゃったよ!
慌てて顔を上げると、そこには義弘さんが座ってた。
「あ、父上! いかがいたしましたか?」
「『いかがいたしましたか?』ではないわ! また呆けておったな? まあよい、信義、飲んでおるか?」
「はい。この通り。父上はいつもの通り葡萄柑果汁ですな?」
「お、おう! こ、これがなかなか乙でな!!」
なぜか、いきなり挙動不審になる義弘さん。はは~ん、さては!
「あ! 母上!!」
「え!?」
慌てて振り向いた義弘さんから、手に持った湯飲みをスッと掠め取り、一口。
はい、ダウトぉ!! 葡萄柑果汁焼酎割とか最悪じゃん! こんなの口当たりがよくて、いくらでも入っちゃうよ!?
「……父上? このこと、母上は御存知なのですか?」
「い、いや、そ、そ、そ、その、信義、た、頼む、松には内密に……」
「呼びましたか?」
「あ、母上!」
にっこりと微笑む松の方さんと、赤い顔からさっと血の気が引いていく義弘さん。この後、どんな惨劇が始まるのか? 広間のみんなが固唾を呑んで見守る中、松の方さんの手が、義弘さんの襟首を掴む。
と、その時、広間の襖が音を立てて開くと、近習が狩衣姿の男を伴って駆け込んできた。
「い、一大事にございます!!」




