第18話 義堯、躍動す
元亀元年(1570年)6月 上総国望陀郡 久留里城
「待てい!!」
割って入ってきたのは義堯さんだった。
流石に義弘さんの、あんまりのチョロさに、我慢が出来なくなったんだろう。
「「父上!?」」
「義弘殿。当主たる者、即断も必要じゃが、そう軽々に動いては、鼎の軽重を問われようぞ」
「はッ! 父上、申し訳ございません!」
「それからな、義継。たしかに戦わずして土岐家を味方に出来ればこれ以上の上策はない。しかしな、土岐為頼を説得するのはかなり骨が折れるぞ。お主、どのように説得しようと考えておるのじゃ?」
「まずは、8月の母上の3回忌に為頼殿をお招きし……」
「わっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
義堯さんはひとしきり笑うと、
「馬鹿者! ……お主がそのような料簡でどうするのじゃ!」
「はッ! 申し訳ございません!」
「お主ら、なぜ土岐家が北条に下ったのか分かるか? そして、里見の力が戻ったにもかかわらず、今も帰参してこない理由が分かるか? それが分からぬうちは、和睦の交渉など無駄よ。そのようなことに時間をかけるなら、戦で屈服させた方がまだ早いわ!」
「「……」」
流石は里見の大魔王! 分かっていらっしゃる! それにしても、義弘さんはともかく、義継さんが分かってなかったのは意外だね。ま、多分、義継さんが物心ついたころには、土岐家との同盟はだいぶ長くなってたから、気が付かなかったんだろうね。
と、いうことで、ここは前世知識で、相手の実情を知ってる俺の出番だね!
「はい! おじいさま!」
「……なんじゃ! 梅王丸。これは遊びではないのじゃぞ」
義堯さんが昏い目で見つめてくる。正直言うとちょっとちびりそうだったけど、俺の将来がかかってるんだ、ここで怯むわけにはいかない。
俺はプレッシャーをかけられたことには全く気付かぬ風で、無邪気な感じを装って言い返した。
「さきほどちちうえは、『ときのじいさんがあたまをさげてきたら』とおっしゃいました。まごが、おじいさまに、『あたまをさげろ!』などというのは、ちょうようのれいにはんします。きっとひいおじいさまは、とうけがれいぎしらずだと、おいかりなのです」
「わぁっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
義堯さんはひとしきり笑った後、真顔に戻り、俺に語りかけた。
「梅王丸。なかなか良いところをついてきたの。当たらずといえども遠からずじゃ!」
そして、しばらく考えこんで、俺にこう言った。
「……のう、梅王丸。ちと、使いを頼みたいのだが、引き受けてくれぬか?」
「わたくしにできることでしたら、なんなりと」
「うむ、梅王丸にはの、土岐の爺様のところに行って、しばらく遊んできてもらいたいのじゃ」
「な! 父上! 梅王丸はまだ3つですぞ!! そんな幼子を敵地に……」
「黙らっしゃい!! お主ら、さっきは土岐を味方に引き込む算段をしておったであろう! 速やかに和睦を結びたかったら梅王丸に任せるのが最適なのじゃ」
「しかし、もし害されるとか、北条に送られるとかしたら……」
「ハッ! 土岐の爺様がそのような愚かしいことをするものか! 考えてもみよ、そんなことをして、土岐家にどんな得がある? わざわざ爺様のところにやってきた幼子を粗末に扱ったとなれば、配下の国人衆の心は離れる。その上、我が子を害され、怒り狂った里見義弘の総攻めにさらされるは必定。百害あって一利無しじゃ。奴はそのようなことも分からぬ愚鈍な男ではないわ!」
「しかし、ただの国人との和睦に当主の正室腹の子を人質に出したとあっては、関東副帥たる当家の名折れでござる!」
「誰が『人質に出す』と言った? 此度は、あくまで曾孫が曾祖父さんに会いに行くだけじゃ。ま、土岐家の方でどう考えるかは知らんがの」
義堯さんは義弘さんを黙らせると、その場にいる全員に向かって話し始めた。
「最初は『童の戯れ言』と思うて聞いておったが、義継の話で目が覚めたわい。確かに数年かければ土岐は屈服させられよう。しかし、土岐に時間をかけて、北条を立ち直らせてしまっては本末転倒じゃ。
土岐の爺様にも思うところはあるが、我らが真の敵は北条じゃ。北条を倒すためには多少の不満には目をつぶってもらいたい。
今ならば、里見義堯がいて、土岐為頼がいて、梅王丸がいる。そして正蓮尼の3回忌。ワシも土岐の爺様ももう歳じゃ。我らがあの世に行ってしまえば、両家の関係は希薄になる。こんな機会はもうないかもしれん。『北条討伐』という我らの悲願のため、お主ら、どうか力を貸してはもらえぬか」
こんなことを言われて実の父親に頭を下げられたら、親馬鹿でプライドの高い義弘さんも、黙ってうなずくしかなかった。
「よし! 義継は岡本城に戻り、安房衆2千を率いて勝浦城に入れ! 三浦への備えも忘れるな!」
「しかと承りました!」
「義弘殿は、上総衆5千を率いて梅王丸とともに小田喜城に入れ! また、正木憲時には別働隊を一宮城に入れるよう伝えよ」
「はッ!」
「では、ワシは土岐の爺様に手紙を書く。それから、使者は岡本元悦に任せよ。元悦は土岐家の連中とも懇意、つまらぬことで間違うことはあるまい。
梅王丸! もうすぐ曾爺様に会えるぞ! 楽しみにしておれ!」
慌ただしく動き始めた3人を、俺は複雑な思いで眺めていた。
まずは、もうちょっと揉めるんじゃないかと思ってたけど、案外すんなり方がついたことへの安堵。
そして、将来への不安。
『北条を倒す』の一言でこんなに簡単にスイッチが入るなんて……。義堯さん、どんだけ北条憎しで凝り固まってんだよ!?
でも、近い将来、武田・上杉は弱体化するのがわかってるし、織田が来るまで持ちこたえるだけの体力は里見にはない。北条とは九分九厘『和睦』しなきゃやってられないんだ。
この『北条コロス』爺さんを穏便に宥めるなんて、とんでもない無理ゲーだ。だけど、放っておいたら吹けば飛ぶような木っ端大名に落ちぶれちゃうことは目に見えてる。来たるべき時のために、言い訳を考えとかないとね。
それにしても、一番無難なコースを選んだつもりが、すげートラップが見えてるコースに入り込んじゃったとは……。
ハア、今から先が思いやられるよ……。




