第172話 里見家重臣会議
天正10年(1582年) 8月 常陸国 新治郡 土浦城
皆さんこんにちは。梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
俺のいる、ここ土浦城の本丸には、今、里見家の首脳が集まってるとこだよ。
今回の会議の出席者は、当主の義頼さん、前当主の義弘さんと信義って、いつものメンバーだけじゃない。
一門衆の里見義滋さん、土岐頼春さん、宿老クラスの正木頼忠、正木堯盛、岡本元悦、加藤信景、多賀高明、忍足高明、酒井政辰、井田胤徳、水谷正村、真壁氏幹、梶原政景、依田信蕃たちも加えた大々的なものなんだ。
とは言っても、大筋は、以前、首脳会議で決めておいたことなんで、最終的な結果は、あっても微修正ぐらいで終わるんじゃないかな?
「皆様お揃いです」って、連絡を受けた俺たちが部屋に入ると、そこには15人ほどの一門衆、重臣たちが平伏して待っていた。
俺と義弘さんが左右に分かれて上座の空席に座る。そして、最後に太刀持ちを連れた義頼さんが高座に腰を下ろすと、会議が始まった。
「よくぞ集まってくれた。遠方で役目のあった者も多いと思う。まずは礼を申す」
「「「勿体なきお言葉にございます」」」
「うむ! さて、皆も知るとおり、私は甲州征伐の褒賞として鎮守府将軍に任じられておる。これにより、以前に任官を受けた陸奥・出羽・下野の按察使と併せ、奥羽の軍事及び政治を統括する御役目をいただいたことになる。
しかし、6月に上方で思いも掛けぬ騒動が起こり、関東でも争乱が起こってしもうた。幸いにして、其方らの働きによって、短い間に領内の静謐は取り戻すことが出来たものの、我らの本来の役目である『奥羽の鎮定』には、まるで手が付いておらぬ。これは憂慮すべき事態である」
「「「「「……………………」」」」」
家臣たちは、ここまでずっと和やかな雰囲気で来てた。本能寺の変以降の騒乱で、かなりの働きをしてた自覚があっただけにね。けど、義頼さんの『憂慮すべき事態』って発言で一気に空気が引き締まったよ。
そして、そのピリッとした空気の中、義頼さんはさらに続けた。
「で、あるからして、今後、里見家は奥羽の安寧を最優先として動くということを、まずは知っておいてもらいたい」
ここまで話を聞いたところで、一人の家臣が声を上げた。俺の付家老の正木堯盛だったよ。うん、彼は疑問をもって当然だね。
「恐れながら申し上げます。我らも、でございますか?」
「其方らは別ぞ。信義が傘下にある者は、故織田信長様の御遺言に従い、紀伊の鎮定を務めることとなる。正木堯盛、加藤信景は、引き続き信義の付家老として信義を補佐してやってくれ」
「「はっ!」」
「さて、今、話したとおり、信義らは別行動となるが、他の者は奥羽の全てを里見家の、ひいては織田家の傘下に収めねばならぬ。本日はそのための案を持ってきた。これから開陳する故、其の方らの存念を聞きたい」
「「「「「はっ!」」」」」
「御屋形様! 奥羽全てを敵に回しての戦とは、今から腕が鳴りますな!」
フライング気味に声を上げたのは真壁氏幹さん。新當流免許皆伝の鬼真壁様は、暴れられるのが嬉しくて仕方ないみたい。でも、氏幹さんが考えてるように、従わない奥羽の大名家を、端から全部潰してったら流石に効率が悪いよね。ただ、それをやったとしても、多分、里見が勝つだろうけどさ(笑)
「真壁氏幹。やる気になっているところに水を差すようで悪いが、此度の件に関しては、先に戦を仕掛けるつもりは無いぞ」
「それならば、我らの働きの場はございますので?」
「ふふふ。奥羽の連中が皆素直なら、其方らの働く機会は無いやもしれぬな。働きの場がありそうか否かは、里見家から連中に出す条件を聞いてから判断するとよかろう」
「わかりました。拝聴いたします」
「うむ。連中に出す条件は、この7つだ。
一、ここ土浦に屋敷を構えること
一、正妻及び子を人質として、土浦の屋敷に置くこと
一、冬の間は当主自身も土浦で過ごすこと
一、里見家の許可無く私闘をすることを禁ずること
一、家格を確定させるため、領内で検地を実施すること
一、士分以外が武器を持つことを禁ずること
一、許可無く関所を置くことを禁ず。特に金銭徴収目的の関所は全廃すること
一、領内の寺社の僧兵は解散させ、領主自身が寺社を守護すること
これらを素直に守るのであれば、所領を安堵してやるし、色々と便宜も図ってやる予定だ。しかし、私は全員が素直に言うことを聞くとは思えぬ。皆はどう思う?」
「ははは、御屋形様も人が悪い。最初の2つ3つはともかく、後は厳しい物ばかり。特に最後の2つなど、暗に『逆ろうてくれ』と申しているようなものではございませぬか」
「ふふふ。正木頼忠もそう思うか? ちなみに、もっと良い条件があるなら、付け加えても構わぬぞ? まあ、あまり厳しくしすぎて、全員を討伐しなければならぬのは、流石に少々困るから、ほどほどにしてほしいがな。おっと、氏幹はその方が都合が良かったか?」
「流石は御屋形様! 良く分かっていらっしゃる!」
「「「「「わははははははははは!」」」」」
一同が一頻り笑った後、土岐頼春さんが発言を求めた。頼春さんは白河付近に領地を与えられてるから、このメンバーでは唯一、思いっきり当事者になるんだよね。
「御屋形様、私も中々の策であるように思いまする。ところで、この法度、我らはどのように対応いたせばよろしいので?」
「うむ。其方らにも基本的には守ってもらう予定だ。ただ、屋敷に人質に検地等、其方らは、ほとんどは既に取り組んでおる内容であるから、新たに対応せねばならぬ連中と比べてそれほど難しいことでもあるまい」
「言われてみれば確かに! いや~連中は大変ですな」
「うむ、違いない。あ、それからな、同盟関係にある酒井康治殿や千葉良胤殿、小田や佐竹といった里見家に従属している関東の与力大名には屋敷の用地は与えるが、奥羽の衆とは異なり、冬季の居住は強制しないつもりだ」
「しかし、それでは不公平だと不満が出ませぬか?」
「それは大丈夫であろう。奥羽の冬は雪深い。『冬季も速やかに行動するため』と言えば文句は出るまい。それからな、関東の担当は滝川一益殿だ。『強制するのは理屈に合わない』と騒ぎ出す者もいるかもしれぬ」
一瞬渋い顔をした義頼さんだったけど、すぐに口角を上げると、こう続けた。
「ふふふ、皆の者、よく考えてみよ。与力衆は我らが出陣する時従う義務があるな? しかし、土浦に本人が居らなんだら、果たしてどうなるであろう?」
義頼さんの問いかけに、すぐポンと手を打ったのは水谷正村だった。
「なるほど! 出陣に間に合わねば手柄の立てようがございませんな。その上、出陣せねば、叛意ありとて罰することすら可能になりまする! そこまでの深慮がおありとは。感服いたしました!!」
「これこれ、水谷正村、内心隔意がある連中の乱を促すような言葉は感心せんぞ?」
「御屋形様、我らを誘導しておいてそれはございませんぞ!」
「違いない!」
「「「「「わはははははははは!」」」」」
こんな感じで奥羽と東関東の諸将への対応が決まったんだ。