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第170話 お出迎え

※『伊隅』は意図的に変えています。






天正10年(1582年)7月 上総国伊隅(いすみ)郡 万喜まんぎ



「………………そこは明智(惟任)も才覚者にござる。海道に比類無しと謳われた徳川家の精鋭の突進を紙一重で凌ぎ続けまする。そして、中央の徳川勢が前進を続ける中、右翼に陣を敷く、明智が老臣 斎藤利三(内蔵助)が、隙を突くように北畠信雄(侍従)殿の陣に猛攻をかけたのでござる。


 元より北畠勢は斎藤勢より少数、衆寡敵せず突き崩されてしまいました。こうなれば一気に天秤は明智側に傾きまする。残された徳川勢や織田信包(上野介)様は、一かばちか、野洲川の岸まで退いて、背水の陣を敷きました。


 前日までの雨で増水し、濁流逆巻く野洲川を背に、必死の抵抗を続けるお味方なれど、明智勢は嵩に掛かって攻め寄せてまいりまする。もはやこれまでかと思うたその時、西方の山裾から現れたは、二つ引き両(里見)の旗印。これにより、形勢は完全に逆転いたしました。


 東西からの挟撃を受けて、明智勢は壊滅。光秀(日向守)は堪らず山中に逃げ込み、これにて決戦の決着が付いたのでござる」



「ううむ、このような攻防のある話を聞くと、もう枯れ果てたと思うておった武士の血が騒いでくるわい!


 ところで、信義(上総介)殿はその時何をしておったのじゃな?」



「はい。先程お話ししたとおり、私は前日、美濃で安藤守就(伊賀守)と合戦をした都合で出遅れておりました。それゆえ、朝、江北の佐和山より淡海を船で押し渡り、大将不在で手薄であった明智が根拠地の坂本を突くことにしたのでございます。


 城兵どもは、まさか敵が湖水を渡って攻めてくるとは思うてらなんだ様子。そこを突くことで、一気呵成に坂本城を攻略いたしました。そして、『勝とうが負けようが光秀は坂本に戻ろうとするはず』こう読みまして、坂本への街道の途中にある石山に陣を敷き、明智を待ち構えたのでございます。


 しばらくいたしますと、湖東に放っておりましたしのびどもより、合戦の結果が次々と入ってまいりましたので、陣を引き払い、街道沿いに兵を伏せて、落ち武者を待ち構えることといたしました。


 その罠にまんまと光秀めが飛び込んでまいりましたので、一網打尽とした次第にござる」



「信義殿は槍働きだけでなく、軍略も巧みじゃな! それにしても、古今希に見る大会戦の一部始終を、実際に指揮した者に聞けるというだけでも有り難いことであるのに、その立役者が我が曾孫とあっては喜びもひとしおじゃ!! いや~良い話を聞かせてもろうたわい!


 ……ところで、先日の小田原征伐はいかがであったのじゃ?」



「小田原には7月に入ってから着陣いたしましたので、聞いた話が多くなりますが……。まず我が父義弘(瑞龍院)より聞いた、甲斐での戦の話から………………」




 皆さんこんにちは。梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。


 今日は万喜城に来てるんだけど、御覧のとおり、ず~っと戦の話をさせられてるんだ。

 何せ相手が土岐為頼(曾祖父)さんだから断るわけにもいかないし……。まあ、為頼さんも、もう85歳だし、曾祖父孝行だと思って、頑張るよ。



 わざわざ話をしに来ただけなのか、って?


 相手は80過ぎの曾祖父さんだし、息子の頼春さんも陸奥白河城主になっちゃった都合で、なかなか帰ってこられない。だから、以前から領地が近い俺が意識して顔は出すようにしてたんだけど、今回に限って言えば、それだけが目的じゃないんだな。



 実はね、鶴さんが万喜城ここに預けられてるんだよ。



 何でって、俺の正妻で梅千代丸(里見家嫡孫)の母とはいえ、鶴さんは北条()の娘でもあるんだよ?


 彼女には、北条家から侍女とかがたくさん付いてきてるんで、本人はともかく周辺は破壊工作とかにいそしんじゃうかもしれない。それに、そもそも彼女は人質として里見家に来てる意味合いもあるから、裏切りの代償として処刑されても文句は言えないんだよね。



 俺としては、破壊工作もされたくないけど、処刑なんてもっての外だった。だから、北条の離叛がわかった段階で、為頼さんにお願いして、かくまってもらってたの。


 なにせ為頼さんは、義弘さん(父ちゃん)義頼(義父)さんの、実の祖父じいさんだ。実務担当の下っ端とかは口出ししづらいだろ? それに、大きいことを決定しうるような偉い人たちは、俺を含めて全員が戦地に行っちゃってるから、万喜城ここで預かってもらえば、鶴さんの身の安全は保証されるってわけ。


 結果的に、そんなに大きな遺恨も発生させずに小田原征伐も終えられたから、安心して迎えに来たってわけだ。


 その代償が俺の講談話(?)で済むんだったら、何時間でも話すよ。






―――――――――― 夜 ――――――――――



 結局、為頼さんに晩酌まで付き合わされて、今さっき、やっと解放された。まさか、淡路の初陣の話まで、遡ってすることになるとは思わなかったよ。最後は気持ちよく寝てくれたんで良かったけど……。


 それにしても為頼さん、予想してたより老化が進んでる気がする。場合によっては永田徳本先生(医聖)のいる湊城に引き取ることも考えないといけないかもね。



 そんなことを考えながら、廊下を歩く俺だったが、ある部屋の前で足を止めた。


 俺を先導していた侍女が、灯明の揺れる室内に向かって声を掛ける。




鶴の方(お方)様。信義(若殿)様がお見えでございます」


「お入りいただきなさい」




 中から鶴さんの声がした。その声は心もち弱々しく聞こえるけど、病的な感じじゃなかった。ちょっと安心したよ。


 俺は侍女に案内されるまま、部屋に入ると、開口一番、鶴さんに声を掛けた。




「鶴、色々心配をかけたな」


信義(太郎次郎)様、御無事で何よりでございます。聞くところによりますと、天下無双の働きをなされたとか」


「色々と上手く言ったのは間違いないな。おかげで為頼じいさまに話をねだられて、このような時刻になってしもうた。遅くなって済まなんだ」


「いえ、私のような者のために、わざわざお越しいただいただけで、嬉しゅうございます。最後に信義様のお顔が見られただけで、鶴は幸せにございます」


「『最後』など、何故そのようなことを申すのだ?」


「私は反逆者の娘でございます。そのような者は、良くて離縁か出家でございましょう。私はどうなっても構いませんゆえ、梅千代丸の命だけはお救いいただけますと……」


「そのようなことを申すでない!」




 俺は、話を途中で遮ると、思い切り鶴さんの体を抱きしめた。




「私が何のために頑張っていると思っておる!! 第一は家族のためぞ! 鶴や梅千代丸は当然、氏政()殿や氏直(新九郎)殿もその一員だ。だから、滝川一益(左近将監)殿に北条家の存続、氏政殿の助命について掛け合うたし、氏直殿の領地も確約をいただいた。氏政殿たちですら許されておるのだから、鶴は今後とも正妻のままだ。逆に離縁させるなど、私が許さぬ!」


「私が正妻でよろしいのですか?」


「おう! 鶴に代わる正妻などおらぬ!」


「信義様……。鶴は嬉しゅうございます」




 鶴さんは俺に抱きついたまま声を殺して泣いた。見れば、側に控える侍女たちも、皆、着物の袖で顔を覆ってる。


 当たり前のことだけど、心配だったんだね。ずっと目の回るような忙しさだったとは言え、もうちょっと手紙とか送っとくべきだったな。


 俺は、申し訳なく思う気持ちが半分と、愛されていることを嬉しく思う気持ちが半分で、鶴さんが泣き止むまで、ずっとずっと彼女を抱きしめていたんだ。

























 鶴さんが落ち着いたところを見計らって、俺は鶴さんに質問してみた。




「ところで鶴、先ほど正妻について、ずいぶんと念押しをしていたようだが?」


「……はい。実は、『信義様は徳川家から妻を迎えることになった』などという根も葉もない噂(●●●●●●●)が流れておりまして、『私は不要になったのであろう』などと益体もないことを思い込んでしまいまして…………」


「…………………………………………」


「…………信義様? 信義様!? まさか!」


「い、いや、黙っておるつもりはなかったのだ。これには深~い訳が!!」


「…………信義様。言い訳は結構です。キッチリと洗いざらいお話くださいませ? ね?」




 はい。徳姫さんに徳川家の後見を頼まれたこと。そしたら、徳川家から側室を取るように迫られたこと。夜中に寝床に女性がやってきたからいたした(●●●●)ら、それが徳姫さんだったこと。洗いざらい全部話しましたよ。いたした(●●●●)回数までね。だって仕方ないじゃん! 能面みたいな顔で聞いてくるんだもん!!


 その後ですか? 「10倍返しです!」って言われて、朝まで寝かせてもらえませんでしたよ……。




 翌朝、妙につやつやした鶴さんを伴って俺は帰途に就いた。


 くーッ、朝日が黄色いぜ!!










今週はここまでです。

次話は来週月曜日7時頃投稿予定です。

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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
― 新着の感想 ―
[一言] ――だよねぇ(^.^; 徳姫さんのことを聞いた鶴さんのリアクションがずっと気になってましたw
[一言] ハッピーエンドで何よりです。全く個人的見解ですが、後北条3代目迄は前向き感があるのですが、それ以降どうもアレです。関ヶ原以降の長州藩に通じる物があり、毛利家両川大ファンには残念です。更に幕末…
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