第17話 祖父・里見義堯
元亀元年(1570年)6月 上総国望陀郡 久留里城
皆さんこんにちは。酒井政明こと里見梅王丸です。遂に里見義堯さんの居城である久留里城にやって来たよ。
まあ、何回か来たことはあるんだけど、前回来たときはろくに歩けもしゃべれもしなかったから、意思表示がしっかり出来る状態での訪問は初めてかな。まずは、義弘さんと義継さんと一緒に、今回の訪問の名目だった正蓮尼さんの墓参りをしてきた。
祖母ちゃん、出汁に使っちゃってごめんよ。でも、俺の未来のためなんだ。今回は許してね。
さて、これから里見義堯さんとの面談だ。ちょっと今までの連中とはレベルが違うはず。気を引き締めないとな!
義堯さんは実質4万石程度しかない安房の小領主の、しかも分家の嫡男の立場から身を立てて、大北条と対立しながら一代で里見家を房総に覇を唱えるまでに成長させた里見家中興の祖、戦国の生ける伝説の一人だ(ちょっと規模は小さいけどねw)。そんなに簡単に話が進むとは思わない方がいい。
まあ、今回も義継さんのフォローが期待できる。しかも、佐貫城で会って以降、俺は周囲に向けて義継さん大好きアピールをしてるし、義継さんも、ことあるごとに梅王丸の有能さを褒めちぎっている。そんなこともあって、義弘さんや松の方さんの警戒心も解けてきた。うーん、この両親、相変わらずチョロい!
実際のところ、俺の話を義継さんがフォローしてくれても、義弘さんが反対して話が潰されることを危惧してたんだけど、その可能性が減ったことはでかい。
今回の話がうまくいくのといかないのとでは、今後の活動に雲泥の差が出る。上手く丸め込めると良いんだけど……。
そうこうしているうちに、俺たち3人は、義堯さんの居室に通された。決まり切った挨拶や当たり障りのない話(俺がいるからな!)をして、話が祖母さんの3回忌の話題になったとき、満を持して俺は義堯さんに語りかけた。
「ところで、おじいさま」
「何じゃ? 梅王丸」
「わたくしには、ひいおじいさまが、いらっしゃるというのは、まことにございますか?」
「おお、いるぞ! 土岐の爺さん(※土岐為頼)だ」
「まことでございますか! では、3かいきでは、おあいできますね!」
「む……。会うことはできぬ」
「なにゆえでございますか!?」
「土岐の爺さんの所とは、敵同士なのじゃ」
「なぜ、かたきのいえに、ひいおじいさまが、いらっしゃるのですか?」
「昔は敵ではなかったのじゃ。ところが、戦に負けた後で、土岐の爺さんが裏切ったのじゃ!」
「なかなおりは、できぬのですか?」
「ワシには何とも言えぬ。なにせワシはただの隠居。当主は義弘殿じゃからな」
おっと、ここで義弘さんに丸投げですか!? 確かに当主は義弘さんですけど、良いんですか? 義弘さん相手なら、説得の難易度が激落ちになるんですけど(笑) まあ、『もう遅い』です。こんなチャンスは逃しませんよ?
「ちちうえが、おゆるしくださればよいのですね? ちちうえ、いかがでございましょう?」
「え!? ワシ? うーん、土岐の爺さんが頭を下げてきたら……」
いきなり話を振られた義弘さんは、予想どおりの答えを返してきた。この遣り取りは義重さんの記憶どおりで面白い。
この展開なら、俺の答えはこうだ!
「ちちうえ! わたくしの、ひいおじいさまということは、ちちうえにとっても、おじいさまではございませんか!」
「そういうことになるな」
「まごが、おじいさまに、『あたまをさげろ!』などといっていたら、なかなおりなどできませぬ!」
「…………」
きっと、義弘さん「面倒なことを言い出したぞ。さて、どう話したものやら」とか頭をひねってるんだろうけど、そんなことを考えさせる余裕は与えませんよ。ここで駄目押しだ!
「そうだ! わたくしが、おふたりを、なかなおりさせてさしあげます! さっそく、まんぎじょうに、つかいを……」
「な! 梅王丸! そのような勝手はいかん!」
「御屋形様!」
暴走した(ように見える)俺を見て、焦る義弘さん。そこですかさず義継さんが割って入る。
いや~、流石は義継さん! なんてナイスなタイミング!! このままだと、あんまりにも情けない義弘さんを見かねて、義堯さんが介入してきたはず。義堯さんがどう動くかは微妙だけど、義弘さんのフォローに回られると、説得のハードルが上がるからね!
「義継、いかがした?」
「これはもしや好機なのではございませんか?」
「何がじゃ!」
「勝浦の正木時忠が帰参した今、南上総で北条方なのは万喜の土岐家のみ。このまま攻め続ければ、来年にも攻め落とすことは叶いましょう」
「うむ!」
「しかしですぞ、今、ここで土岐家を帰参させれば、南上総は全て里見方。上総全体を見ても、めぼしい敵は東金の酒井と、坂田の井田ぐらいのもの。その上、城の堅牢さでは、東金城も坂田城も万喜城には到底及びませぬ。
今、土岐家を味方に引き込めれば、今年のうちに上総を平定し、来年には千葉家の本拠、佐倉城を囲むことも夢ではございますまい」
「……たしかに」
「我らが主敵たる北条めは、武田との戦で汲々としております。そればかりか、当主の氏康も病がちだと聞き及んでおります。そんな状況下では、佐倉への救援は限られたものになるはずです。
佐倉は堅城。攻略は『簡単』とは口が裂けても申せません。しかし、永禄年間の頃に比べれば、間違いなく易しくなるのは道理でござる。
そして、北条めに見捨てられた千葉家を傘下に収めることが出来れば、臼井の原家や、小金の高城家も自ずと下りましょう。
そうすれば、当家の悲願の1つ、足利藤政様を古河御所へ、足利頼淳様を小弓御所へお連れすることも叶います。
これはまさに千載一遇の好機! この好機を生かすため、土岐との和睦は間違いなく上策にござる」
「なるほど! 言われてみればそうかもしれん! 早速使者を……」
なかなか良い感じで義弘さんが丸め込まれそうになったその時だった。
「待てい!!」
広間を揺るがす一喝。俺たちは動きを止めた。




