第166話 織田家の家督と論功行賞
天正10年(1582年)6月27日 近江国 蒲生郡 安土城
皆さんこんにちは。梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
これから論功行賞が始まるんで安土城の本丸にやってきたよ。
着いたら大広間に通されたんだけど、なんと最前列を案内されたよ。しかも俺より内側にいるのって柴田勝家さん、丹羽長秀さん、滝川一益さんと羽柴秀吉さんとかなんだけど! まさかの宿老扱い!?
俺、まだ14歳なんだけど……。ううう、『お前のような外様の若造がなんでここにいる!?』って勝家さんの視線が痛い。
こんな感じで小さくなっていると、「御成にございます」って声がしたんで、みんなと一緒に平伏した。
頭を下げてると襖が開いた音がして、高座の畳の上を歩く複数の足音がしてきた。そして、「面を上げよ」って指示が出たんで、俺たちが顔を上げると、向かって左から、信孝さん、信包さん、信雄さんが座ってた。
話し始めたのは信包さん。どうやら信包さんがこの場を仕切るみたいだね。
「皆の衆、知っている通り、去る6月2日に兄信長と当主の信忠が明智光秀に害された。昨日の葬儀に至るまで、皆の力もあって、何とかこの難局を乗り切ることができた。まずは礼を言う。
さて、この後、論功行賞を行うが、その前に、織田家の家督について其方らに伝えておく。この件に関しては、我ら3人でよく話し合って決めたこと故、覆ることはないものと心得よ」
「「「「「はっ!」」」」」
「うむ。まず、信雄と信孝であるが、ともに織田に復姓する。その上で、信雄は信忠の後を継ぎ左近衛中将の官位をいただくとともに、織田の本貫たる尾張を所領といたす」
どよめきが起こる。
当然だよね。だってこれだけ聞いたら、信忠さんの後を継ぐ=家督を継ぐって捉えるのが自然だからね。
ああ、勝家さんダメだよ。いくら信雄さんが厚遇されてるからって、そんな苦い顔をしてたらさ!
諸将の動揺を受け流しつつ、信包さんは続ける。
「次に信孝であるが、従三位征南将軍に任官いただいた。その任官をもって、引き続き四国征伐を進めるものとする。なお、四国の処分は全て信孝に一任する。
また、四国征伐のため、信孝は現領の中伊勢1郡に代えて、摂津を所領といたす。摂津の諸将は基本的に信孝の与力とするが、池田恒興には丹波にて替地を与える」
これにもどよめきが起こる。ただ、このどよめきはさっきのどよめきとは質が違う。みんなの顔をみれば分かるけど、表情は『困惑してる』としか言いようがないんだ。
理由?
信孝さんが信雄さんとほぼ同じ立場に立ってるからだよ。この二人の仲が悪いのはみんなが知ってる。もし、信雄さんを当主にするんなら、信孝さんの力は抑えないと、お家騒動の基になるからね。
「さて、肝心の織田家の家督であるが、三法師が継承いたす。三法師をこれへ」
信包さんの言葉に、たまらず柴田勝家さんが噛みついた。
「お待ちくだされ! 三法師とは、まさか信忠様のお子様の三法師君であらせられますか?」
「その通りだが? 勝家、なんぞ文句があるのか?」
「まだ織田家は四方に敵を抱えておりまする。亡き信長様の立派なお子様がいらっしゃるにもかかわらず、幼子を当主に据えるは、いかがな理由にございますか?」
「うむ、当然の疑問である。話してつかわそう。
まず、三法師を後継とした理由だが、皆も知っている通り、天正四年に、信長は、既に信忠に家督を譲っておる。その時点で、家督を兄の子に戻すは、順番がおかしい。
さらに兄には元服した子が3名おるが、いずれも他家を継ぐか養子に入っておった。織田姓でいる息子は10歳の長丸が一番上、それならば三法師とさして変わらぬ。
で、あるならば、我ら3人が後見をし、其方ら宿老が支えてくれるなら問題はあるまい」
「では、信包様も後見をなされるので?」
「ああ、信雄も信孝もまだ若い。最初は私が要となるより他はあるまい。役料として中伊勢の4郡と近江で3郡を貰うことといたしたゆえ、皆の衆よろしく頼むぞ」
「「「「「はっ」」」」」
この遣り取りを聞いて、勝家さんあたりは、『それならば』って、納得した顔をしてたけど、まだ釈然としない感じの人もいて、顔色は人ぞれぞれだった。
ただね、一人だけ、一瞬口角を持ち上げた男がいたんだ。
秀吉さんだよ。一体、何を企んでるのかねぇ?
それなりにルートは潰したはずだけど、これからも要注意だね。
この後、三法師君は松姫さんに手を引かれて登場。そして、みんなの拝礼を受けると早々に去っていった。まあ、当然だよね。だって目の前に並んでるのは、ほとんどが厳ついおじさんなんだもん。こんなの見せられて、三法師君、トラウマにならなきゃいいけど……。
「それでは、これより論功行賞を行う」
おっと、いけない! 考え事は後回しだ。初っぱなから恥をかくわけにはいかないからね。
「功一等。里見信義」
「はっ!」
「関東から上洛の途上にあったにも関わらず、不破関以東の諸将を取りまとめ、明智退治の軍を起こしたこと誠に殊勝である。
そればかりか、坂本城を落とし、光秀本人を討ち取り、周辺の反乱を鎮定するなど、その功は限りなく大きい。
よって、現領に加えて新たに南伊勢5郡と九鬼領を除く志摩1国を与えるとともに、引き続き紀伊を切り取り次第といたす。
なお、本来は伊賀も与える予定であったのだが、当人の希望により、信義が妹 桃姫の婚約者である織田信吉に与えるものとする。また、此度の戦費として金1万枚を与える」
「有り難き幸せにございます!」
うん、満額回答だったよ! って言うか、金に関して言えば希望の倍も貰えたんで、満額以上だね。ちなみに、褒美の中で一番嬉しいのは『長丸君に伊賀1国』だね。
野心が少ないことを示せたのが良いのか、って?
それも『無い』とは言わないけど、メインはそっちじゃないんだ。
長丸君は桃の婿になる予定だけど、入り婿されることで、北畠家や神戸家みたいに乗っ取られる可能性があるだろ?
でも、それだけならまだ良いんだ。場合によっては復姓されて里見家自体が消滅しちゃうことだってあり得るんだよ。実際、信雄さんのとこなんて、まさにその典型例だし……。
と、いうわけで、今のうちに長丸君に領地を与えて独立させちゃうことで、お家乗っ取りのリスクを消しといたんだよ。
へへへ、この深謀遠慮に、一体何人が気付いてるかね?




