第162話 織田家の一族・織田信包の場合②
天正10年(1582年)6月7日 夜 山城国 愛宕郡 妙覚寺
皆さんこんばんは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
今日は朝から摂津との国境まで神戸信孝さんを迎えに行ってたんだよ。もう日も暮れちゃったけど、信孝さんが東福寺に入ったのを見届けて、その足で妙覚寺に宿泊する織田信包さんのところにやってきたんだ。ちょっと内密の相談があってね。
「信包様、お人払いをお願いしたく」
「わかった。皆の者下がれ。」
「「「はっ!」」」
こんな時間にやってくるのは普通じゃないから、いきなり人払いを頼んだにも関わらず、信包さんは察してくれたよ。
間髪を入れず指示を出すと、脇に控えていた小姓たちが、小気味よい返事をして次の間に下がっていく。う~ん、こういうところも鍛えられてて良い感じだね。
気配まで消えたことを確認してから、俺は口を開く。
「私、昨日は信雄様、本日は信孝様にお目通りが叶い、色々とお話を伺うことができました」
「なるほど。で、信義殿の目から見て、2人はいかがであった?」
「はい。信雄様は茶の湯であったり、書画の目利きであったりといった文化的な面は、一流とお見受けいたしました。しかし、畏れながら、その他は言葉にするのが憚られる程度と。
ですから、間違いなくその他の面では、信孝様が上かと存じます。
ただ、信孝様も『信忠様と同じぐらいの力量があるか』と問われれば、誠に畏れながら、私が言葉にするのは憚られまする」
「……そうか。才覚としては信孝が上と思うたが、信義殿の見立てでは物足りぬか」
「誠に畏れ多いことなれど。信孝様が御器量で圧倒なさっていることを、誰しもが認めていらっしゃるのであれば問題はないのですが……。恐らくそこまでではございますまい。
それに対して、御血筋は信忠様と同じ母君をお持ちの信雄様が上、茶の湯や名物の目利きもおそらく信雄様に軍配が上がりましょう。
さらに成果の面でも、一度失敗があったとは言え、実際に大将として伊賀を平定なされた信雄様と、信長様に四国征伐を任されながら、兵の大半を逃散させてしまった信孝様を比較いたせば、これまでの実績ですら信雄様が上。
しかも、あの有様とは言え、信雄様は明智征伐に参加なさっております。この状態で信孝様を推さば、場合によっては織田家が真二つに割れるやもしれませぬ」
「うむむ。話し合いでどうにかできるなら良かったのだが……。あの2人はどうしようもないくらい仲が悪い。多分話し合うてもまとまることはあるまい。それどころか刃傷沙汰になる未来しか瞼に浮かんでこぬ。
のう、信義殿、両者が丸く治まるような何か良い策はないだろうか?」
「畏れながら。私としては、御自ら仇討ち合戦に参加なされ、御一門の中で一番最初に京に乗り込まれた信包様、あなた様がお継ぎになるのが『功』の面から見ても一番わかりやすいと思うのですが……」
まさか自分の名前が出てくるとは思ってなかったみたいで、信包さんは顔色を変えて反駁してきた。
「それはいかん! 兄上にはまだ子があるというのに、弟の私が織田家を継ぐのは、全く筋が通らぬ。しかも、私は復姓したとは言え、一度長野家を継いだ身だぞ!?」
おっと、ここでそれを出しちゃう? まあ、俺としては話を持って行きやすくなって助かるんだけどね。
内心ほくそ笑みながら、俺は続ける。
「それを言われるのでしたら、信雄様は北畠家を、信孝様は神戸家をお継ぎです。しかもお2人とも、まだ織田に復姓していらっしゃいません」
「……そう言えばそうであった」
「『筋目』と仰るのでしたら、確か亡くなられた信長様は、既に家督を信忠様にお譲りなさってはいませんでしたか? そうなると、御嫡男 三法師君を後継とすることが『筋』になるのではございませんか?」
「三法師は3つぞ!? そのような戯けた真似ができるか!」
「ですが、三法師君でしたら、信雄様と信孝様が骨肉の争いをすることはなくなりまする。そして、当座は信包様が後見をしていただけば問題が無いのではございませんか?
その後、信孝様が四国攻めで功績を立てられた暁には、後見役を交代なされば、角も立たぬかと。
また、信雄様には、『父祖の地尾張を治めていただきたい』とでも申し上げれば、気分よく御了承いただけるのではございませぬか?」
「信義殿、お主は凄いことを考えるな。……しかし、これはもしかしたら、かなり良い策かもしれぬ。一晩よく考えてみる故、明日また相談に乗ってもらえるか?」
「私としましては、織田家の安定こそが願い。このような若造でも役に立てるのでしたら、何時でもお呼びください。
ただ……。私のような外様の若造の案を軸にしたとあっては、反発する方も多いかと思います。発案者の名前は、出しどころに気を付けて頂ければ幸いです」
「うむ。尤もな事だ。その謙虚さも気に入った! 明日また頼むぞ!」
「はっ!」
こうして俺は、織田家一門の主要メンバーとの話し合いを済ませる事に成功したんだ。
人によってしゃべったことは違うけど、最終的な話は大筋で合ってるから良いよね!
って言うか、頼むから良しとして!!
そんな俺の心の叫びを包み込みながら、6月7日の夜は更けていった。