第159話 織田家の一族・神戸信孝の場合①
天正10年(1582年)6月7日 摂津国 島上郡 水無瀬宮
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
あれから2日経ったけど、毎日、東へ西へと大わらわの日々を送ってるよ。
明智領の丹波攻略、明智に呼応して反乱を起こした若狭の武田元明討伐、京都や近江の治安回復から、正親町天皇陛下への戦勝報告、光秀の首も晒さなきゃいけないし、やらなきゃいけないことが次から次へと降ってくるんだ。
あ、もちろん、ほとんどは、お伺いを立てながらやってるよ。何せこっちは新参者の若造だ。独断で先走ったら間違いなく叩かれるからね。
京都への一番乗りは稲葉一鉄さん、斎藤利堯さんに譲ったし、朝廷への戦勝報告も、メインは別の人に任せたよ。まあ、全部が全部譲ったわけじゃなく、丹波攻略と武田元明討伐には里見の兵を使ってるけどね。
どさくさに紛れて、そんなに領地がほしいのか、って?
どさくさに紛れてるのは認めるけどさ、領地を確保したいわけじゃないんだよ。
だって、そもそも、若狭はまるっと丹羽長秀さんの領地だし、丹波なんか京の隣国だよ? 外様の俺にはどうせ貰えないし、仮に貰っても、扱いに困るのはわかってるんだ。
でも、ここでしっかり平定しておかないと、火事場泥棒狙いで、面倒くさいヤツが入ってくる可能性があるんだよね。ほら、羽柴秀吉さんとかさ。
ここで秀吉さんに手柄を立てさせるのは、明らかに拙い。なにせ、他の織田家の家臣たちは、『お家の存続』しか考えてないけど、秀吉さんだけは、視点が別の方向を向いてるからね。史実だって、家中の主導権争いだと思ってたら、いつの間にか誰も文句の言えない状況に……。って感じだっただろ?
お前も対抗すれば良いじゃないか、って?
馬鹿言っちゃいけない! 秀吉さんは数十年来の織田家の忠臣、それに引き換えこっちは、つい最近召し抱えられたばっかりの小童だ。今回の功績がいくら多くたって、そう簡単に逆転なんかできっこないよ。
それどころか、逆にこっちの功績が大きければ大きいほど、他の織田家の家臣たちに警戒されるに決まってるから、その対策も考えなきゃいけないんだ。
『秀吉さんの動きを掣肘しつつ、みんなに警戒心を抱かせないように立ち回る』とか、どんな無理ゲーだよ!? って話。
まあ、今日わざわざ摂津まで出てきたのも、その『対策』のためなんだけどね。おっとおいでなすった。
俺は、門前で片膝を突くと、頭を下げ、今日の客を出迎える。
「里見信義、出迎え大儀である。面を上げよ」
「はっ! 神戸信孝様、此度は遅参いたし、誠に申しわけなき次第」
「うむ。其方もいろいろと大変だったのであろう。許してつかわす」
「……有り難き幸せ。さて、大坂から半日お疲れ様でございました。まだ京まではしばらくかかりますれば、茶など一席設けましたので、是非お召し上がりくださいませ」
「おお! この蒸し暑さの中、良い馳走である。呼ばれるとしようか」
案内する俺の後について歩き出した信孝さん。俺は愛想良く振る舞いながらも、心は完全に冷めてた。
だって、自分は大坂で震えてたくせに「許してつかわす!(ドヤァ)」とか、何様のつもりだっての! ああ、もう『上様』気取りか(笑)!! その前に『仇を討ったこと』の礼なり、褒め言葉なり必要じゃねぇの!? コイツ、なまじっか頭が回りそうな分だけ、場合によったら信雄さんより危険だよ!
……仕方ない、こっちの作戦で行くか。
―――――――― 茶席 ――――――――
「流石は宗易の高弟じゃ、中々の手前であった。誉めて取らすぞ」
「お褒めにあずかり恐悦至極に存じます。ところで信孝様、ちと、御相談がございまして……」
「儂は今機嫌が良い。何なりと聞いてつかわそう」
「それでは。畏れながら、北畠信雄様のことでございます」
『信雄』の名前が出た途端に、一見してわかるくらい信孝さんの顔がゆがむ。こりゃあ本気で仲が悪いんだね。俺は続けた。
「信雄様は此度の戦に参陣されましたが、野洲川合戦において、味方を残して敗走なされました。
しかし、御自身の振る舞いを棚に上げ、『援軍の着くのが遅い』とか『徳川勢が軟弱だ』などと、我らを叱りつける始末。信雄様が敗走なさったせいで、壊滅の危機に陥った徳川家の面々など怒り心頭でござる」
「おお! 聞いておる聞いておる! あの愚物らしい振る舞いじゃ」
「ところがでござる。参陣なされたのをよいことに、まるで勝利の立役者の如くふるまっておられます。
あまつさえ、畏れ多くも信孝様のことを『伊勢の壮丁をかき集めながら、一晩にして逃散させた』とか『裏切ったかもわからぬ津田信澄を謀殺しようとしてそれすら果たせぬ』とか『戦おうともせず大坂で震えておった』とかあまりの言い様。このような話、断じて見過ごすわけには参りません」
「……信雄め! 阿呆のすることじゃと思うて、これまでは我慢しておったが、もはや堪忍袋の緒が切れた! これから京に乗り込み、あの阿呆を討ち果たしてくれようぞ!!
信義! 続け!!」




