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第148話 寄り道

天正10年(1582年) 5月 駿河国 有度うど郡 清見寺



 皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。

 俺が率いる里見家『紀州征伐軍』の本隊も移動を始めたんだけど、酒井忠次と合流するついでに、興津の清見寺ってとこに寄ってるんだ。



 何で寄り道なんかしてるのか、って?


 うん、ちょっと重要な案件が残っててね。おっと、面会相手が来たみたいだ。




「若殿様、備前守殿がお見えです」


「お通ししろ」




 俺が声を掛けると小姓の荒川弥五郎が、一人の老人を連れてきた。




「大熊朝秀(備前守)まかり越しましてござる」


大熊朝秀(備前守)殿、よくお越し下された。弥五郎、人払いをいたせ」


「はッ!」




 弥五郎は小気味よい返事を返すと、小姓たちを引き連れて次の間に下がっていった。



 さて、この大熊朝秀さん、つい4か月前までは遠江小山城主を務めてたんだ。だけど、敵中に突き出した小山城は守り切れないって田中城に撤退したのが運の尽き。穴山梅雪に裏切られて捕虜になっちゃったんの。みんなは覚えてたかな?


 捕虜になった後も最後まで降伏せず、忠義を貫き通したんだけど、高遠城に入ってなかったせいで、新生武田家への仕官は叶わなかったの。


 なかなか得がたい人財でしょ? だから俺の方で「里見家うちに仕官してくれないか?」って誘ってみたんだけど、「もう老い先短い身だから」って断られたわけよ。


 で、どうするのか注視してたら、武田信勝さんたちの傅役もりやくになってた。碌に俸禄も出ないのにね! それを見てますます欲しくなったけど、ここまで強硬だと、『御縁がありませんでした』って感じかな?



 その朝秀さんを呼び出したのは、信勝さんたちの今後の扱いについて提案するためだよ。武田の子弟に関しては、信長さんから面倒くさい『クエスト』を受けちゃったんで対処しないといけないんだよ……。


 え? 自分で墓穴を掘ったんじゃないか、って? う、うるさいわ!


 うう、気を取り直して。




「実は朝秀(備前守)殿に相談がありましてな」


「この老いぼれに最後の御奉公の機会を与えてくださった信義(上総介)様のお言葉です。ぜひお受けしたいところではあります。が、我らが主はあくまで武田家。事と次第によってはお断り申し上げねばなりませぬ。それでもよろしゅうござるか?」


「それで構いませぬ。実は、武田の子弟の出家する寺について、『高野山にせよ』と信長(前右府)様の御指示を受けました(最初に提案したのは俺だけどね)」


「高野山ですか? 武田家も高野山の大旦那だったはず。何か問題があるのですか?」


「『信長様が高野山の焼き討ちを考えておる』と言ったらどうなさる?」


「な! 焼き討ちですと!?」


「ええ、その通りです。このままでは信勝(太郎)殿ら命は風前の灯火。せっかく信忠(三位中将)様が救うた命が散らされてしまうのは、私としても避けたい。そこで、朝秀殿、しばらくの間、武田の子弟と共に南の島で身を隠してはいただけませんか?」


「若様たちのお命を守れるなら何でもいたしましょう。……なれど、どのようにいたしますので?」



「我らはこれから紀州征伐に向かいまする。朝秀殿らは、我らと一緒に熊野に行っていただきたい。甲斐と目と鼻の先の駿河を離れ、紀伊に入ってしまいさえすれば、流石の信長様(上様)の注意も緩むでしょう。


 その後は、我らがいくさをしているどさくさにまぎれ、熊野灘を航行中に船が遭難したことにいたしまする。


 そうして、南の島で“遭難中”に、高野山が焼けてしまうか、高野山から信長様(上様)に詫びが入れば、後はどうにでもなりましょう。長くても数年も隠れていれば、何とかなるのではないかと」



「なるほど! 感服いたしました。正式な回答は信勝(太郎)様に相談した上でいたしますが、我らとしては、信義様のお計らい有り難く受けとう存じまする」


「いや、朝秀殿、それでは遅いのです。秘密を知るものは少なければ少ない方が良い。わざわざ人払いをしたのはそのためですぞ? 朝秀殿の判断で決められないのであれば、そのまま高野山にお送りするほかございません」


「……主に秘密を作るは甚だ不本意なれど、事情が事情でござる。わかり申した」


「わかってくれましたか! これで肩の荷が下りました。では、信勝殿たちにも、紀伊に移動するゆえ、出立の準備をするようお伝えくだされ」


「はっ! 畏まって存ずる」




 うん、上手く話が付けられた!


 実は、俺、「どうしたら信勝くんたちが焼き討ちに巻き込まれなくて済むんだろう?」ってずっと考えてたの。それで、ある日気付いたんだ。「一度焼き討ちされちゃえば、わざわざ2回目はしないんじゃね?」って。


 で、考えついたのが『高野山が焼き討ちされるまで、どっかに隠しておこう』作戦だったってわけ。



 あ、わざわざ紀伊に送ってから『遭難』させるのは、『身を隠す』だけが理由じゃないよ。


 表に出さなかった方の理由は、過激派から隔離しとこうと思ったからなんだ。だって、もし『事』が起こった時に、信勝くんたちが駿河にいたら、神輿に担ごうとするヤツがいるかもしれないじゃん? だから、今のうちに手の届かないところに運んじゃおうってわけ。


 武田の旧臣どもにしてみれば、里見うちに主家の子弟の生殺与奪の権を握られてるから刃向かうこともできないし、奪い返そうにも紀伊にいるんじゃ手も出せない。


 へへへ、中々えげつない作戦でしょ?



 これで後顧の憂いはほとんど潰せたかな? 後は即応できる場所で待機できれば一番良いんだけど……。実はここにきて、もう一つ用事ができちゃったんだよね。


 徳川家の徳姫さんに酒井忠次込みで招待(呼び出)されちゃったんだよ。これまでにも信康さんには色々と気を遣ってきたからね。


 場所は浜松じゃなく豊橋(吉田)を指定されたんだ。湊町の豊橋なら、どこへ行くにもタイムロスはほとんど無いだろうし、受けないわけにもいかないでしょう。


 うーん、なかなか思ったように進まないね。これ、大丈夫かな?










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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
― 新着の感想 ―
[一言] 高野山焼くのは良いけど、奥の院は・・・奥ノ院だけは許して・・・
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