第147話 有事への備え
天正10年(1582年) 5月 上総国 天羽郡 上総湊
「いや~初孫はかわいいのぉ」
「まさにその通りでございますな」
「はて? 梅千代丸は義頼殿の孫ではあるまい」
「いやいや義弘様、信義は我が養子でござる。よって梅千代丸は我が孫ということになり申す。そう考えると、義弘様の孫が信義で、梅千代丸は曾孫でござろう」
「な、なんだと!?」
「そのように凄まれましても、事実ではございませんか」
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
今日は、義弘さんや義頼さんたちに、ここ湊城まで来てもらって、梅千代丸を抱いてもらったんだ。
松の方さんはどうした、って?
ちゃんと義弘さんと一緒に来てるよ。だけど、梅千代丸が寝ちゃったタイミングで、話したいことがあるからって、俺が義弘さんと義頼さんを別室に連れ出したんだ。だから、松の方さんたちは女子会で盛り上がってるんじゃないかな?
ただねぇ、大切な話をしようと思って連れてきた義弘さんと義頼さんがさ、まさか梅千代丸が「どっちの孫か!」なんて言い争いを始めるなんて思わなかったよ!
アホらしいとしか言いようがないけど、マジの喧嘩になったら目も当てられないんで、ここはきちんと仲裁しとく。
「まあまあ、義弘様も義頼様もおかしな事で張り合わないでくださいませ! ……それにしても梅千代丸は幸せ者でござる。お祖父様が何人もいて、張り合うほど可愛がって貰えるのですから」
「なるほど! そう言えばそうじゃな」
「それだけではございませぬ。万喜城から土岐為頼様もお越しくださり、梅千代丸をかわいがっていただきました」
「おお! 土岐の爺様がな!! 爺様は息災であったか?」
「はい。少し耳が遠くなられた様子でしたが、とても80過ぎとは思えませぬ。今は天神山の永田徳本先生のところに赴かれていてお留守ですが、夕刻にはお戻りになりましょう」
「爺様と孫の話ができる日が来るとはな! 我らは幸せ者じゃ。のう義頼殿」
「その通りでございますな」
と、急に義頼さんの雰囲気が変わった。
「……ところで信義、わざわざ我らを呼んだのは梅千代丸のことだけではあるまい?」
流石は里見の当主! お見通しだね!!
俺は居住まいを正すと、本題に入った。
「はい。実は、白井浄三様がおっしゃるには、『西方に戦乱の兆しあり』とのことにございます。ここ1~2か月の間に畿内か西国で大戦が起こるやもしれませぬ」
「信長様は毛利と長宗我部を同時に相手に戦をするらしいではないか。その事ではないのか?」
「普通に考えればそうなのですが……。実は白井浄三様は、甲州征伐の時は今回のようなお話はなさいませんでした。武田が滅びる以上の事件ともなれば、尋常な内容ではございますまい。何が起こるかは不明ですが、しっかりと準備を整えておくことが肝要かと思われます」
「確かにその通りじゃ。一昔前なら西国は遠国、我らには無関係であった。ところが織田家が大きくなったことで、影響が及ぶ範囲も大きくなってしもうた。特に旧武田領の甲・信・駿は国の立て直しが始まったばかり、ひとたび事が起これば大きく乱れかねん」
「然り。これは入念に対応を考えねばなりませぬな」
こうして、何が起こっても良いだけの準備を3人で考えてから、俺は紀伊に向けて出発したんだ。
たださ、準備はしといたけど、事件が起こるかは、現時点では全くの不明なんだけどね。
白井浄三が予言したんじゃないのか、って?
ああ、あれね。あれは嘘だよ!
浄三師匠は殺気みたいな物を可視化したり、重要人物が亡くなったのに気付いたりする特殊能力持ちだけど、予知能力をもってるわけじゃないんだ。
何でそんな嘘をついたのか、って?
「師匠ならそのぐらいできるんじゃないか?」ってイメージに乗っからせてもらったの。当然、不測の事態が起こった時の即応体制構築のためだよ。
だって、俺が西国で孤立無援になったり、戻ってみたら領地がしっちゃかめっちゃかになってたりしたら嫌だろ?
ちなみに、どんな対策をしたのかなんだけど、まず、紀州征伐の目的で上方に送る兵は1万8千。うち栗林義長の率いる5千と、菅達長率いる船団が海でも陸でも移動しやすい志摩長島に入ってる。俺は1万を率いて関東を出立、駿河で酒井忠次の3千を併せて、尾張経由で紀伊木本に向かう予定を組んでる。
ただ、途中の6月2日から4日の間は、連絡がつけやすいように陸路を進む予定だよ。何でその時期に陸路を使うことにしたかは言うまでもないよね?
当初の計画の段階だと、「出陣の挨拶を申し上げる」って、5千人ぐらいを引き連れて上洛しちゃう計画もあったんだ。でも、そんな大兵力で上洛しようとしたら、俺の方が謀反を疑われかねないじゃん? だから、事後に対応する方向に切り替えたんだよ。鶴さんの出産もあったんで、そもそも早めの即応が難しくなったってのもあるけどね。
話を戻すと、酒井忠次が出陣することで空白域が生じる駿河には、1万5千を率いて義弘さんが入る。
これは新領地を動揺させないためと、有事が発生した際に、速やかに武田豊信さんの援助をするためだよ。豊信さんは里見が武田家当主に推薦したんだ。そんな彼がいきなり反乱で殺されちゃったら里見家の沽券にも関わるからね。そんなわけで、甲州征伐後に俺が召し抱えた依田康国や横田尹松は、今回は義弘さんに付けてるよ。
ちなみに、駿河駐屯軍には、もう1つ大きな役割があるんだ。それは上方への援軍だよ。
関東からだと時間がかかりすぎちゃうけど、駿河から船で行けば熱田や桑名なんかにもすぐ着くからね。だから、京都方面の状況によっては、ここから援軍を出してもらうことも計画してる。
最後に、義頼さんは、蘆名氏光さんや伊達輝宗さん、相馬義胤さんたち南奥羽の諸将に対し、越後への出陣を命じた。越後で暴れてる新発田重家さんの援助をするためだよ。
どうして命令するような権限があるんだ、って?
実は今回の恩賞、領地だけじゃなくて鎮守府将軍とかにも任じられただろ? その中に奥羽の旗頭にするってのもあって、諸大名に対するざっくりした指揮権も貰ってるんだ。で、奥羽の諸将の出陣にかこつけて、『後詰をする』と称して、里見も大規模な動員を始めてる。
これは、事件が有っても無くても何とでもなる両睨みの策だよ。無ければ寄ってたかって上杉を滅ぼせばいいし、有れば集めた兵をまとめて迅速に行動ができるからね。
たださ、今でも生き残るための引き出しをたくさん持ってる俺の本音としては、さっさと国内を安定状態に導きたいんだけどね。
だって、いくら安全策を採ってても、戦争を続けてたら、ちょっとしたアクシデントでも死ぬじゃん?
あ~あ、早く戦国終わんないかな? 俺はさっさと南の島とかで楽隠居したいよ! ……まだ14歳なんだけどね(笑)
 




