第144話 甲州征伐⑬論功行賞 ※地図あり
後書きに地図を載せました。
天正10年(1582年) 3月23日 信濃国 諏訪郡 法華寺
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
ここは諏訪の法華寺なんだけど、見渡せば、どっかで聞いたことのあるような有名な武将たちがゾロゾロと並んでるよ。史実に照らせば、間違いなくこの中では俺が一番無名だって自信があるよ(笑)
何てったって、これから論功行賞が始まるから顔ぶれが凄いね。俺の隣は義頼さんだけど、その隣は北条氏直さん、さらに徳川信康さん、武田豊信さんといて、その先には伊達政宗くんもいる。反対側は滝川一益さんに川尻秀隆さんとか、織田家の面々が勢揃いだ。
これだけの豪華な面子が一堂に会するのは、去年の京都での馬揃え以来かもしれない。あーあ、カメラがあったら写真に撮っとくんだけどな!
そんな、どーでもいいことを考えてたら、堀秀政さんが現れた。
「皆様、信長様のお運びでございます」
秀政さんの声を聞いて居住まいを正したみんなは、一斉に頭を垂れる。そして、それを見計らったかのように奥の襖が開くと、小姓を従えた信長さんが入ってきて、高座中央の敷物に腰を下ろした。
論功行賞の始まりだね!
「皆の者、面を上げよ。これより此度の甲州征伐における論功行賞を行う」
信長さんの一声で、みんな顔を上げたけど、横目で見る限り、誰しも期待と不安の入り混じった表情をしてる。
まあ当然だよね。なにせ旧武田領は甲斐・信濃・上野・駿河・遠江(※一部)に及んでる。石高に直せば、ざっと150万石ぐらいはあるからね。
誰が一番に呼ばれるのか? みんなが固唾を呑んで見守ってる中、伝奏役の堀秀政さんが呼んだのは……。
「木曾義昌殿」
「はっ、はい!」
どよめきが起こる。そして、一瞬遅れて、幾分か上ずった声が上がった。
「親族の犠牲を顧みず、此度の甲州征伐の口火を切り、我らが道案内を務めたばかりか、寡兵にて武田の大軍を打ち破るなどその功は大きい。義昌殿なくばこのような迅速な決着は無かった。よって、本領木曾谷に加えて、信濃国筑摩郡と安曇郡を与える」
「あ、あ、有り難き幸せ!!」
最初に呼ばれたのは木曾義昌さんだったよ。自分が『裏切り者』だって自覚があることもあって、本人としても予想外の好待遇だったみたい。広間の中からも「おお!」とかいう感嘆の声や、声にもならない溜息がたくさん聞こえてきたよ。
信長さんにも気に入られたみたいだけど、やっぱり最初に動いた人は強いね。まあ、この結果は“史実”どおりだったんで、俺は全く驚いてないけどね(笑)
「続いて滝川一益殿」
「はっ!」
そっちが先かぁ。まあ、大将は信忠さんだったけど、行軍路とか補給とかを含めて、実質的に指揮をしてたのは一益さんだろうからね。それに、今後の天下のことを考えると、早めに表彰しておく必要があるだろうし……。
「軍監として織田信忠様を支え、遠征を成功に導いた功は大きい。しかし、高遠では一度危地に陥るなど、危うい面も見られた。従って、従前より希望していた『珠光小茄子』の拝領ではなく、上野1国と信濃国佐久郡、小県郡を与え、関東八州の警固役に任ずる」
「はっ!」
「ふふふ、一益、この程度では『珠光小茄子』は渡せぬぞ?」
「上様、これでは茶の湯の冥加が尽きてしまいまする」
「まあ、次の上杉退治での働き次第じゃな!」
「次こそは、必ずや御期待に添うてみせましょう」
「期待しておる」
うーん、一益さん、本当に領地よりも茶器がほしいのかね?
2人の遣り取りを見ると、確かに茶器を欲しがってるようにしか見えない。でもさ、領地は有限だけど、茶器はいくらでも生産できるんだよね。『褒美を茶器で代替する』って方法を確立するために、2人して芝居を打った。ってのはちょっと考えすぎかな?
「続きまして、里見義頼殿」
「はっ!」
おお! ここで来たか! それにしても結構早く呼ばれたね。こりゃ評価高いよ!
「いち早く渡海攻撃で駿河を占領し、駿河・遠江から甲斐・信濃への援軍を絶った。また、高遠城外では信忠様の危機を救ったり、大砲など様々な策を用いて勝頼の兵を大きく削ったりとその功は大きい。よって、鎮守府将軍に任じ、奥羽2か国の取次に任ずる。また、現有の所領に加え、新たに駿河国庵原郡、有度郡、遠江国榛原郡の坂口谷川以南の地を与える。なお、庵原郡については、蒲原城奪取とその守城に功の大きかった酒井忠次に与えるものとする」
「はっ! 身に余る大任なれど、精一杯お務めいたします」
「義頼殿、申し訳ないが、しばらくしたら信義殿は安土へ出仕していただくゆえ、御理解くだされ」
「突拍子のないことをしでかす信義でございますが、信長様の御迷惑でないようでしたら、何なりとお使いくださいませ」
「忝い! では信義には紀伊を任せるゆえ、切り取り次第にいたせ!」
「はっ!(紀伊!? よりにもよって、あんな面倒くさいところを!?)」
「次に徳川信康殿」
「はっ!」
「永年にわたり武田の攻勢に堪え続けた功は絶大である。また此度の戦でも………………………………」
いきなり紀伊行きを命令された俺の葛藤をよそに、粛々と論功行賞は続いていくのであった。
―――――――― 夕方・里見家陣所 ――――――――
いやー長かった! まあ、一人一人について、賞する理由まで説明してたから、長くなって当然なんだけどさ。
ちなみに、今回与えられた土地の配分をまとめるとこんな感じだよ。
滝川一益:上野一国、小県郡・佐久郡(信濃)
河尻秀隆:高井郡・水内郡・更級郡・埴科郡(信濃)
木曾義昌:木曾谷安堵、筑摩郡・安曇郡(信濃)
森長可:諏訪郡(信濃)
遠山友忠:伊那郡(信濃)
武田豊信:山梨郡・八代郡・巨摩郡(甲斐)※穴山勝千代は与力
穴山勝千代:河内領安堵(甲斐)※武田豊信与力
小山田信茂:都留郡安堵(甲斐)※北条氏政与力
北条氏政:駿東郡・富士郡(駿河)・都留郡(甲斐)※小山田信茂は与力
徳川信康:益津郡・志太郡・安倍郡(駿河)・榛原郡の一部(里見領)を除く遠江全域
里見義頼:庵原郡・有度郡(駿河)・佐是郡・長柄郡(上総)・榛原郡の一部(遠江)
里見信義:紀伊 ※切り取り次第(現在は牟婁郡の一部のみ領有)
森成利:兼山領(美濃)
え、政宗くんの褒美はどうなった、って?
土地は貰えなかったけど、伊賀守への任官と“信長コレクション”の名馬を貰ってたよ。それに、ずいぶん信長さんに気に入られたみたいで、お嫁さんも決まったんだ。なんと、相手は茶々さん。信長さんの養女にした上で輿入れだってさ! これで茶々さんも豊臣秀吉の妾にならなくても済むんじゃないかな?
田村家の愛姫はどうした、って?
それね、最初から無かったことになってるよ。もうだいぶ前になるけど、伊王野合戦で伊達家、負けたじゃん? あの余波で伊達家と田村家は関係が切れちゃったんだ。だから、ここまで結婚のケの字も出てないよ。
でも、政宗さんはこれでいいとして、田村家の方はどうすんのかね? 確か田村清顕さん、愛姫さんしか子どもがいなかったんじゃなかったっけ?
いっそのこと蘆名家への養子の話が消えて、宙ぶらりん状態になってる伊達小次郎くんを婿養子に勧めてみようかな? 田村家も伊達家もお家騒動の種が潰せるし……。
あれ? もしかして、コレ、一石二鳥なんじゃない?