第14話 久留里城の密談
永禄13年(1570年)4月 上総国望陀郡 久留里城
こんにちは、里見梅王丸こと酒井政明です。
実は、今、久留里城の物置に隠れて、人を待ってるところなんだ。
この前、義弘さんにおねだりしてた里見義堯と里見義継への公式な面会だけど、昨日無事に済ませたよ。いっぱい人がいて緊張したけど、それなりに上手く出来たと思う。俺からしてみれば『それなり』程度だったんだけど、みんなびっくりした顔してた。なにせ、俺、まだ2歳だからね。
公式な面会は無事に済んだけど、あくまでこれは顔見せ目的。俺が久留里城に来訪した真の目的は別にある。それがこの会談だ。
『会談』って言ったけど、実は、義弘さんには内緒だから、『密談』って言うのが本当のところだろう。おっと、誰か人が来たようだ。
居住まいを正した俺の前で襖が開く。そこに立っていたのは、案内にやった近習の勝又宗右衛門と、義重さんの天敵、里見義継だった。
「あにうえ(※里見義継)。およびたてして、もうしわけございません」
「梅王丸殿。このような場所にお呼びとは……。一体いかがなされた?」
「あにうえ、おひとばらいを」
義継さんは、辺りを見回し、周囲に人気がないことを確認すると小姓を下がらせた。
「ありがとうございます」
「して、何事であろうか?」
「はい、あにうえに、おねがいがございます」
「わしも暇ではないのだが……」
……うん! 警戒してる警戒してる。でも、ここは、2手も3手もかかってくる場面だ。何も気付いてないふりして押しちゃうよ!
「いまのうちに、まんぎのときけとわぼくしたいので、あにうえの、おちからぞえを、いただきたいのです」
義継さんは、呆気にとられている。おおかた幼児の益体もない頼みだと思って高をくくっていたに違いない。そんな中でいきなり隣国との『和睦』の話が出たんだ。呆気にとられるのも無理はない。
そもそも『和睦』とか、2歳児が言うことじゃないもんな!
しばらくして気を取り直した、義継さんは口を開いた。
「いきなり何を言い出すかと思えば……。梅王丸殿には分からぬだろうが、里見家と土岐家の間には少なからぬ因縁がある。確かに土岐為頼殿は、我らの縁戚。だが、だからこそ、里見家が苦しい場面で北条方に寝返ったことは非常に重い。幼子の我が儘で、どうにかなる物ではないのだ。義堯様も義弘様も、簡単にはお許しになるまいて」
「だからこそ、あにうえに、おねがいしたのでございます。おじいさまと、おとうさまは、いじになっております。ときのひいおじいさまも、いっしょでしょう。しかし、このまま、ときけとあらそっていては、さとみけの、みらいは、まっくらでございます。きっと、あのおふたりには、わかっておりません」
「う、梅王丸殿!?」
「あにうえ。いま、さとみけは、かいのたけだけと、むすんで、いせと、たたかっていますね」
「……いかにも」
「しんげんこうは、ながくありませんぞ。あと3ねんぐらいで、なくなりましょう。」
「な、何を申すか!」
「そのうえ、このままでいけば、いせは、らいねん、うじやすが、しんで、ふたたびたけだとむすぶはずです」
「なぜ、そのようなことがわかる! 戯言を申すな!!」
「おちついて、おききくだされ。わたくし、ゆめまくらにて、みほとけの、おことばをいただき、さきのことが、わかるのです」
「…………」
「うそだと、おおもいでしょう。ですから、これから、はなすことが、おこったらで、かまいませんので、また、おはなしを、おききください。
ことし、まもなくかいげんがおこなわれます。あたらしいげんごうは、げんきです。
また、かいげんとほぼどうじに、おだのぶながこうが、えちぜんにせめこみますが、あざいながまさこうのうらぎりで、きょうにもどることになります」
「は!?」
「では、きょうは、これにて、しつれいします」
「……梅王丸殿。そなたは一体……!?」
1か月後、俺の予言通り、永禄から元亀へと改元がなされた。そして、ほぼ時を同じくして、織田が越前に攻め込み、浅井の裏切りで敗北したとの情報が入ってきた。
義弘さんへのご機嫌伺いと称し、義継さんが、佐貫城にやってきたのは、間もなくのことだった。
 




