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第135話 甲州征伐④合流

天正10年(1582年) 2月24日 駿河国 富士郡 大宮城



伊達政宗(藤次郎)殿、初陣の勝利おめでとうござる」


「天下に名高き武田とのいくさで初陣を果たすなど、一生の誉れでござる。義頼(刑部大輔)殿には頭が上がりませぬ。それはともかく、信義(太郎次郎)殿こそ、一月ひとつき足らずの間に半国を平定なさるとは」


「いやいや、武田の油断もございますが、運の良さと家臣に恵まれたおかげでござる」


「また、ご謙遜を。さて、この政宗(藤次郎)も無事に初陣を済ませましたゆえ、今後はさらにお引き立てのほどをお願いいたします」


「『お引き立て』など水くさい。私は政宗殿を朋友と思っています。本当は江尻攻めから御一緒したかったのですが、『渡海攻撃は危険だ』と、義頼(刑部大輔)から止められまして……。ですから、大宮城ここから先、くつわを並べられるのが何より嬉しゅうござる。政宗殿よろしくお願いいたします」


「信義殿、また嬉しいことをおっしゃる。こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」


「それでは、一緒に進軍なさる徳川信康(三河守)殿を御紹介いたしましょう」


「それはありがたい。早速徳川殿の陣所へ……」




 皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。

 今日、駿河興国寺(こうこくじ)城方面から侵攻してきた里見義頼(義父)さん率いる本隊3万1千(※伊達政宗勢1千を含む)と、渡海攻撃で富士川以西を平定してきた里見信義勢(俺の部隊)1万2千、さらに遠江方面から侵攻してきた徳川勢1万5千、計5万8千が、ここ富士宮ふじのみやの大宮城で合流したとこなんだ。



 どういう状況でここに至ったのか説明するね。下総、常陸、下野の諸将を中核とした里見勢は2月1日に土浦に集合した。ここまでは、正月にみんなに指示したとおりだね。その後なんだけど、まず、2日に里見義弘さん(父ちゃん)が率いる別働隊1万が、武蔵に出陣したんだ。


 これは、「上野こうづけで敗れた北条へ援軍を出す」って名目だった。勝って勢いに乗る武田勢は、東上野に残ってた北条方の城を次々と開城させて武蔵にまで侵入を開始してたから、もちろん援軍は必要だったのは間違いない。でも、どっちかっていうと、この援軍、欺瞞工作としての意味が大きかったんだ。



 何の欺瞞か、って?


 里見の主力が駿河へ侵攻するのをバレないようにするためだよ。



 そんなわけで、義頼さん率いる3万1千は2月3日以降、次々と土浦を出発し、8日に川越城に集結した。


 川越で、「北条家の本隊と小田原で合流することになった」って味方をも偽って、16日に小田原に至り、そこでしっかりと英気を養うと、箱根山を越えて、21日から一斉に武田領への侵入を開始したってわけだ。



 ちなみに、政宗くんの初陣は、吉原湊の近くにある善得寺ぜんとくじ城攻めで、100人いないぐらいの城に3万以上の軍勢が殺到したんで、1時間もかからず全てが終わったみたいだよ。


 まあ、伊達家は里見家うちなかば服属しているとは言え独立大名家。政宗くんはその嫡男なんで、今回の初陣は、ある種の接待みたいなもんだから、身を危険にさらすようなことはさせられないからね。



 その後、ここ大宮城を囲んだんだけど、籠城たったの1日で、富士山本宮浅間大社の大宮司である富士ふじ信通(のぶみち)さんが、武田の代官を追い出して降伏してきたんだって。


 そこに里見・徳川連合軍(俺たち)が合流して、今に至るってわけだ。



 え? 北条はどうした、って?


 北条はね、義弘さんが援軍に出た武蔵の話はさっきしたけどと、それ以外に駿河深沢城には北条氏直さんが入って、御殿場方面から籠坂峠を越えて甲斐への侵入を目指してるし、相模の津久井城には北条氏規さんがいて、上野原方面から甲斐を目指してる状況なんだ。



 この後、俺と政宗くんと信康さんは、富士川沿いの駿河往還から身延・市川方面へ、義頼さん率いる本隊は、富士山の西を通る中道往還なかみちおうかんを利用して本栖もとす方面へ侵攻する予定になってる。


 とうとう甲斐への討ち入りだ。腕が鳴るね!










天正10年(1582年) 2月24日 信濃国 諏訪郡 上原城




「武州鉢形城を囲んでおりました上州勢、御屋形様の御指示のとおり撤退を開始いたしました」


「うむ! 内藤昌月(修理亮)らには、急ぎ信濃に戻り、後詰めをいたすよう伝えよ」



「恐れながら申し上げます。内藤昌月(修理亮)が申すには、敵は北条の残兵に加えて、里見義弘(瑞龍院)率いる里見勢が加わり、上州勢(お味方)の倍以上の大軍となっております。


 浅間山の噴火で士気が落ちていることもあり、今、下手に退こうものなら、新参者の多い上野こうづけ衆は崩壊いたしましょう。さすれば、関東の大軍が碓氷峠を越えて信濃に雪崩れ込むは必定にござる。


 敵に一当てしてひるませ、その間に城の守りを固めてからの援軍(後詰め)となりますこと、お許しくだされ。とのことにございます」



「……そうか。それではなるべく早く後詰めができるよう、期待すると伝えよ」


「はっ!」




 武田勝頼は窮地に陥っていた。木曾谷に差し向けた武田信豊率いる5千は鳥居峠で織田の援軍を得た木曾義昌に敗れ、ここ上原城まで撤退してきた。織田信忠の大軍は既に伊那谷に溢れ、伊那谷での拠点は、弟である仁科信盛が3千で守る高遠城を残すのみ。



 駿河には火事場泥棒のように里見が侵入し、虚を突かれた形となって、富士川以西の大半を奪われてしまった。穴山梅雪たちが田中城で頑張っているようで、東に進んでこないのが唯一の救いであるが、駿東郡から富士郡に里見の増援が入ったとの情報もある。


 聞くところによると、幸いにも里見の当主義頼(刑部大輔)は話がわかる人物のようだ。駿河は里見にくれてやるつもりで、和睦の仲介を頼むのも一策である。


 ただ、一度は武田の武威を示してからでないと和睦の依頼など到底できる物ではない。織田を押し返すためにも、どうにかしてもう少し兵を集めたいと考えるのだが、なかなか当てが見つからぬ。



 1万5千の兵を抱え、頼みの綱であった上野方面の部隊も、使者の話のとおり、2万5千と号する関東勢(北条・里見連合軍)と睨み合っており、簡単に身動きが取れる状況ではなさそうだ。


 妹婿いもうとむこ上杉景勝(弾正少弼)殿は雪をかき分け、援軍を出そうとしてくれているようだが、越中で柴田勝家(修理進)と睨み合っている上に、昨年反乱を起こした新発田重家(因幡守)や、北条家出身で会津蘆名家の家督を継いだ蘆名氏忠(左衛門佐)に越後をおびやかされている。


 このような状況のため、数日でまとまった数の援軍が届く見込みはないと言わざるをえない。




「織田信忠が軍勢は3万と号していると聞く。我が手勢が2万5千、いや2万でも集まれば、地の利がある我らが圧倒的に有利と思い、機を見ておったが……」


「御屋形様、情けないことながら、伊那谷の諸将の体たらくを見ておりますと、待てば待つほど織田勢に天秤が傾きそうな勢い。ここは討って出るべきかと」


「うむ、跡部勝資(大炊助)、よくぞ申した。ちと心許ないが、高遠城の兵と合わせて1万8千でやるしかあるまい。信忠が高遠に押し寄せるを待って、織田勢を高遠の谷に誘い込み、雌雄を決することといたす。ここが正念場ぞ! 皆の者、気張れや!!」


「「「「応!!」」」」




 軍議が決したかと思ったその時、新たな早馬が城内に駆け込んできた。




「申し上げます! 北条の大軍、駿河・甲斐の国境くにざかい籠坂かごさか峠に押し寄せました!」


「何だと!! して、いかがした!」


「はっ! 峠を守る山中左衛門ら、少勢ながら、北条の先鋒に弓鉄砲を浴びせ、大岩を転がして多数の損害を与えましてございます。北条は損害の多さにたまりかね、御殿場方面に敗走いたしました」


「よし! でかした!」


「御屋形様」


小山田信茂(左兵衛尉)いかがした?」


「山中ら郡内衆は一騎当千のつわものにござる。しかし、あまりの多勢に無勢。このまま捨て置いては、いつかは北条に峠を越えられてしまいます。我ら1千、北条を抑えるため、援軍に向かうことをお許し頂けませぬか?」


「今、其方に抜けられるのは痛いが、こうなっては致し方ない。織田を痛めつけた後には必ず後詰めをいたすゆえ、しばらく耐えてくれ。頼んだぞ」


「はっ!」


「それから、これは少ないが軍資金だ。ここから山中ら籠坂峠の諸将にも褒美を渡してやってくれ」


「ありがたく頂戴いたします。御免!」




 勝頼から甲州金の詰まった袋を渡された小山田信茂は、すぐに身を翻すと、広間を出ていく。




 さて、その信茂が廊下の角を曲がったとき、一人の男が近づいてきた。




小山田信茂(左兵衛尉)様、御首尾は?」


「上々じゃ。軍資金まで寄越したわ」


「それはそれは」


「それでは手はずどおりに頼むぞ」


「お任せくだされ」




 二言三言、小声で会話を交わした二人は、足早にその場を去るのだった。











明日も7時頃投稿予定です。

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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
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