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第134話 甲州征伐③田中城攻略





天正10年(1582年) 2月10日 駿河国 益津郡ましづぐん 田中城




 此度之里見寇守城可申候

 後詰無中忠勤感悦無極候

 恐々謹言


 二月四日 勝頼(花押)


      依田常陸介殿



「使者殿。この感状とおぼしき書状は、一体いかなる物でござろう?」


「はい。実は、去る2月3日、木曾義昌(左馬頭)めが織田に内通(返り忠)をしたとの報告がございました」


「なんと! 木曾殿は武田の御一門であろう!? その話、相違ないのか?」


「はい。木曾家に嫁がれた真理姫様からの急報でござれば」


「何としたことだ……」


「さればでございます。木曾谷は天嶮、かの地を押さえている限り信濃は安泰でござる。しかし、逆に織田の手に落ちれば、鳥居峠から先には大軍を遮る要害はございません。いとも容易く織田勢は伊那谷に雪崩れ込みましょう。さすれば信濃どころか甲斐までも危うい事態に陥り申す。ですから勝頼(御屋形)様は、まずは木曾攻めに注力いたすことに決定いたしました」


「それは、『こちらに後詰(援軍)は来ない』ということか?」


「はい。端的に申しますれば」


勝頼(御屋形)様は我らを見捨てられると申すか!」


「そのようなことはございません。勝頼様は『木曾を討伐するまで耐えてほしい』と」


「お主は見なかったのか? 駿府の里見勢を。しかも、駿府だけならまだしも宇津ノ谷峠までも押さえられているのだぞ? その上、時間が経てば徳川めも大井川を越えてこよう。東西から大軍を迎えて、この平城で一体どう戦えと?」


「お言葉は分かりますが、無い袖は振れぬのです。それに、里見は海路からの侵入でござる。陸路が繋がっておる織田よりも脅威度は低うござる」


「しかし!」


「くどいですぞ! まだ私はまだ回らねばならぬところもございますゆえ、これで失礼いたす。御免!」




 使者との面談を終えた城主依田(よだ)信蕃のぶしげは、上将と善後策を相談するため、すぐに二の丸に向かう。




「失礼いたします」


依田信蕃(常陸介)、いきなり如何いかがした?」


「こちらをご覧くだされ!」




 信蕃から書状を渡された彼は、二度三度と読み返すと、信じられないという顔で信蕃に尋ねた。




「まさかこれは、『後詰(援軍)は出せないが、我慢して戦え』という意味か?」


「はい。その通りでございます!」


勝頼(四郎)め! 『後詰めも無いのに里見と徳川を迎え撃て』とは、何と無情なことを!! ワシはもう愛想が尽きたぞ! 信蕃(常陸介)、そちは如何する?」


「はい。私も呆れました。しかし、戦わずして降ったとなれば信州武士の名折れにござる。最後は降るにせよ、簡単には行かぬことを里見や徳川に見せつけてやらねば気が済みません」


「……うむ。よくぞ申した」


「ところで穴山梅雪(梅雪斎)様。この感状については他言無用にございます」


「……わかっておる。城兵の士気に関わるからな」


「はい。それでは諸将を集め籠城の……」




 そんな信蕃の言を遮るように、一人の兵が部屋に飛び込んできた。




「申し上げます!」


「申せ!」


「大井川を越えてこちらに向かう軍を確認いたしました」


「徳川勢の侵攻か!」


「いえ、旗印は小山城の大熊朝秀(備前守)様のものと見えまする」


大熊朝秀(備前守)殿が、なぜ……! もしや! あの使者、小山城を先に訪れたな!」


「信蕃。これは朝秀(備前守)も交えてもう一度善後策を練らねばなるまい。小山城でどのような話がなされたのか確認せねばならぬしな」


「はい。早速出迎えませんと……」







天正10年(1582年) 2月18日 駿河国 志太郡しだぐん 朝日山砦 里見信義本陣



 こんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です

 こんな感じの遣り取りが行われてた田中城なんだけど、めでたく本日開城しました!



 え、何があったか教えろ、って?


 うん、まず、密偵として田中城に潜り込ませてた穴山梅雪がなかなか良い仕事をしてくれたんだ。


 なにせ、史実では頑強に抵抗した依田信蕃さんと、田野で武田家に殉じた大熊朝秀さんを、説得したり、共に憤ったりすることで、『降伏やむなし』状態まで持ってきてくれたんだ。


 まあ、『戦わずして降らせる』までもって来れれば最高だったんだけど、そこまで言うのは流石にね。


 それにしても、尊大なだけの役立たずだと思ってたんだけど、意外と侮れなかったよ。穴山梅雪。ただ、これだけ成果を上げちゃったんで、本土に領地を与えなきゃいけないだろうな。


 でも、最初から内通してるようなヤツを里見家(うち)で雇うのは御免被りたいけどね(笑)。



 あ、ちなみに大熊朝秀さんは、「江尻が落ちて海路が絶たれた段階で、小山城に籠っていても各個撃破されちゃうだけだろう」って、大井川の北にある田中城に合流したんだって。田中城だったら、大井川沿いの山道を伝って甲斐に撤退できる可能性もあるから、賢明な判断だろうね。


 俺にとっては『一網打尽』にできたんで、ラッキーだったけど(笑)





 こんな状況の中、2月12日、7千5百の兵を率いて江尻を発った俺は、宇津ノ谷峠を越えると、田中城の北1.5kmの八幡山に本陣を置いた。


 対する田中城の城兵は、穴山梅雪情報では1千5百ほど。5倍の兵力を有してるんで、力攻めでも攻めきれないことはないんだけど、ここがメインターゲットじゃないんで、この段階ではまだ自制。



 翌12日に、徳川方の先遣隊、大須賀康高さん率いる3千が到着したんで、小手調べで城を攻めてみたんだけど、なかなか堅くて攻め落とせる気配がない。



「じゃあ」ってことで、城内に流言デマをばらまく。


勝頼(御屋形)様は『後詰めをしない』と宣言された」

「木曾の手引きで織田勢7万は信濃に入った」

「小笠原信嶺(掃部大夫)も織田に降伏した」

「里見と北条の本隊6万が駿河に入った」

「浅間山が噴火した。天は武田を見放した」



 あ、ちゃんと仕事は風魔衆にやらせたよ。こんなんで穴山梅雪(情報源兼道案内人)を潰すわけにはいかないからね。


 しかも、コレ、根も葉もない噂話じゃなく、本当なのがタチの悪いところだよね(笑) おかげで、城内はメッチャ動揺してくれたよ。


 そんな最中さなかの16日、信康さん本隊の1万2千が到着、包囲に加わった。


 やっと信康さんが来たんで、こっちも“隠し球”の臼砲を持ち出して、城内に砲撃を始めたんだ。


 デマが飛び交い、2万近い兵に包囲され、昼夜を問わず大砲の弾が降ってくる。これで完全に城兵の士気が崩壊。現在に至るってわけ。



 ちなみに、城は信康さんに渡したよ。今まで頑張ってきたのに、脇から割り込んできた里見家うちが美味しいとこをかっ攫っていったんじゃ、彼の立つ瀬がないからね。


 代わりに、捕虜の扱いは俺に一任してもらった。で、具体的には穴山梅雪は普通に『降伏(寝返り)』。依田信蕃さんと大熊朝秀さんは、戦が終わるまでの『捕虜』って名目で預かったんだ。本当は梅雪以外の2人は家臣に欲しかったんだけど、「まだ御健在な御屋形様を裏切ることはできません」って言うんで、今のところは保留。とは言っても先が見えてるからね。全てが終わったら本気で口説くよ!












 最初の『感状(?)』は


「今回里見が攻めてきたけど城を守っといてね。

 援軍が無い中での忠勤っぷり、感動と嬉しさで天元突破だよ」


 ぐらいの意味だと思っていただければ……。


 実在の感状をモデルに書きましたが、文脈的におかしいようでしたら直しますんで、御指摘ください。

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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
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