第132話 甲州征伐①橋頭堡 ※地図あり
前半は第三者視点です。
※後書きに地図を載せました。
天正10年(1582年) 2月3日 甲斐国 巨摩郡 新府城
まだ槌音の響く新府城。その本丸にある広間に腰を据える武田家当主の武田四郎勝頼のもとに、急使が駆け込んできた。
「申し上げます! 去る1月30日、内藤昌月、真田昌幸、北条高広らの上州勢、倉賀野にて北条勢と会戦、散々に打ち破ってございます。北条氏照らは武蔵へ敗走いたしました。また、金山城の由良国繁、館林城の長尾顕長らからも誼を通じる使者が送られてきたそうでございます!」
「でかした! 近う寄れ」
勝頼は懐から扇子を取り出すと、にじり寄ってきた使者に差し出す。
「遠路ご苦労であった! 内藤昌月らには改めて褒美を遣わす。これはお主への褒美じゃ。納めておけ」
「御当主様の手ずからとは有り難き幸せ! 末代までの誉れといたします!!」
「うむ、詳しくは明日沙汰いたす。湯漬けと酒を準備させるゆえ、今日は下がって休むがよい」
「はっ!」
「皆の者聞いたか! 上野が、ほぼ手中に収まったぞ。これで、しつこい北条めを和睦の席に引きずり出せよう。北条を麾下に加えれば、織田・徳川も恐るるに足らずじゃ!」
「「「御屋形様! おめでとうございます!!」」」
「よし! 久し振りの大勝利を祝おうではないか! 酒じゃ! 酒を持て!!」
祝いの酒が届き、なみなみと注がれた杯を各々が高く掲げたその時、またしても一人の男が広間に飛び込んできた。
「申し上げます! 木曾家に嫁がれた真理姫様からの御注進でござる! 木曾義昌、1月30日に織田に内通。人質を出したとのことにございます」
「姫はいかがした!」
「はい、義一様を連れ木曾山中に身を隠されました」
「まずは木曾から来ておる人質どもを成敗いたせ! 皆の者! 木曾征伐じゃ! 武田信豊を先手として……」
「申し上げまする!!」
怒り狂う勝頼の前に、さらに一人の男が広間に飛び込んできた。
「申せ!!」
「昨日早朝、駿河蒲原城が落城いたしました!」
「蒲原城!? 北条の仕業か?」
「北条ではございません! 里見でございます!!」
天正10年(1582年) 2月2日 未明 駿河国 有渡郡 三保の松原
干潮で大きく干上がった砂浜にガレー船が次々と乗り上げる。そして、船から梯子が下ろされると、物も言わずに、一人、また一人と男たちが砂浜に降り立ち、隊列を整えていく。
皆さんこんばんは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
さあ、これから俺たちの甲州征伐の始まりだよ。
義頼さんは「湊城に2月1日までに参集いたせ!」って言ってたけど、アレはウソだ! 実は、早くも1月25日には、先遣隊の3千が、湊城を発って伊豆に向かってたんだよ。陣営地の準備のためにね。
主となる陣地は西伊豆の戸田湊。ここはかなりの良港なんだけど、目の前に砂嘴があって、中の様子が外洋から見えない。史実でもクリミア戦争中にロシアのプチャーチンを匿うのに使われたほどなんだ。だから、ここに船を隠しておいて、一気に攻め込むって作戦を立てたんだよ。
「信義様。上陸隊3千。出立準備整いましてございます」
「栗林義長ご苦労。では、手はずどおりにな!」
「はっ!」
「風魔小太郎案内は頼んだぞ!」
「はっ! お任せあれ!」
「よし、我らも薄明を待って湊に突入する。船を押せ」
人を降ろして軽くなった船は、数名の兵に押されると、ふわりと海に浮かぶ。そして、力強い櫂さばきによって、浜から離れていった。
天正10年(1582年) 2月2日 未の刻 駿河国 有渡郡 江尻城
今ここ、江尻城には伊豆方面から続々と後続部隊が到着してる。併せて、各地の派遣部隊の戦果も次々と入ってきてるんだ。
「栗林義長殿、駿府を押さえ、宇津ノ谷峠まで進出したとのこと」
「それ以上の進軍は今は不要と伝えよ。また、第2陣で到着した、井田胤徳、酒井政辰を加えて、田中城の依田信蕃の反撃を警戒せよ」
「酒井忠次殿と勝又義仁ら馬廻衆、無事、蒲原城を攻略いたしました。なお当方の損害は軽微とのことにございます」
「全力で守りを固めるように指示せよ」
「加藤信景殿、忍足高明殿、薩埵峠を押さえました」
「第2陣で到着した藤平弘昌を送るゆえ、到着し次第、蒲原城に進出せよ」
「正木時盛殿、北条勢と共に吉原湊への奇襲に成功。武田軍船をことごとく焼き払いました」
「欲張らずに江尻まで引くように指示いたせ。江尻到着後は、菅達長と交代で輸送と警戒にあたらせよ」
今回の作戦は、里見のお家芸にもなった渡海攻撃からの朝駆けで、富士川西岸から駿府にかけての駿河の中西部を一気に制圧しちゃう計画だった。
進捗率はどうかって?
うん。現状120%ぐらいかな(笑)
第1攻撃目標はここ江尻城と、富士川を見下ろす要衝、蒲原城だったんだ。両城とも、武田の駿河における要衝中の要衝なんだよ。でも、江尻城は田中城と小山城、蒲原城は大宮城や吉原城っていう前線拠点があるから安心しきってたんだろうね。
大して警戒していないところに江尻城は陸から3千の兵が襲ってくるし、海からは40隻のガレー船が砲撃を加えたもんだから、鎧袖一触だったよ。
蒲原城の方はまだ詳しいことは分からないけど、多分似たような感じだったんじゃないかな?
ただ、あそこは山城だから海から砲撃しても効果は薄い。そんなとこでガレー船を遊ばせといても意味がないから、城への攻撃が始まるのを見届けさせた後、ちょっと離れた吉原湊で、思う存分ヒャッハーさせた。
こっちもなかなか良い感じだったみたい。ただ、欲張りすぎて座礁でもしたら大変だから、すぐに撤退させたけどね。
今回は喫水が浅くて櫂で動き回れるガレー船を大量に準備して、速攻を仕掛けたのが功を奏したね。突貫工事で作らせた甲斐があったよ。
城攻めがすぐに済んだから、武田に対応される前に薩埵峠、宇津ノ谷峠っていう東海道の隘路をしっかりと確保できたのも大きい。特に薩埵峠なんか海のすぐ側だから、仮に蒲原城を無視して攻めてきたとしても、艦砲射撃を食らわすことができるんだ。これで勝頼が全力で出張ってきても1か月ぐらいは確実に持ちこたえられるんじゃないかな?
「庁南豊信様、酒井康治様、江尻湊に御到着」
おっと、思ったより早く最終便が到着したね。これで、富士川から宇津ノ谷峠までの間に里見勢1万2千が揃った計算になる。これで義頼さんと、氏政さんの率いる本隊の到着を安心して待てるようになったよ。
ちなみに、到着した庁南豊信さんと酒井康治さんなんだけど、実は、国府台合戦のころから、15年以上も続く里見家同盟者なんだ。石高的には、お2人合わせても15万石弱だけど、こういう方々を疎かにしちゃあいけないよね。
「それは有り難きこと。早速出迎え……」
俺が腰を浮かしかけたとき、広間に入ってきた小姓が新たな報告を上げた。
「申し上げます。城将であった穴山信君が面会を望んでおりますが、いかがいたしましょうか?」
「……何か重要な話かもしれん。先に会おう。庁南豊信殿、酒井康治殿にはお詫びの使者を出しておいてくれ」
「はっ!」
穴山信君さんか……。さて、何を言い出すことやら。