第130話 里見信義領の現状報告会
天正9年(1581年)12月 上総国 天羽郡 湊城
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
今日は定例の報告会の日。事業の進捗状況を確認するために領内の代官や奉行が集まってるんだ。
司会を務めてる附家老の加藤信景が、次々に報告者を指名していく。
「八丈代官、平野勝吉」
「はっ! 八丈島では、若様のおかげをもちまして、とうとう大坂隧道が貫通いたしました。現在は道幅を広げ、段差をなくすよう工事をしているところでございます。これで坂上二郷でも本格的にサトウキビや蜜柑の栽培が始められそうです」
「3年余にわたる難工事、よくぞ成し遂げた。ところで、工事人足や村人たちには報いてやったか?」
「はっ! 勝手ながら、米倉を開き、島内各郷に餅をふるまいましてございます」
うん。うちは金品はそれなりに余裕があるから、こういう所でケチケチしない姿は、みんなにも見習ってほしいよね。これは褒賞だね!
「よくやった! 領主として領民と共に喜びを分かち合う姿を見せられたことは今後にも役立つ。褒美として金100枚を与える」
「有り難き幸せ!」
「ところで勝吉、他に困ったことはないか?」
「おかげをもちまして、本島ではほぼ全ての懸案が無くなりつつありますが、沖に浮かぶ八丈小島で、バクという奇病が流行しておりまして……」
「(もしかして!)……それは、悪寒や発熱を伴い、時が経つと足が徐々に太く腫れて皮が厚くなっていく病気ではないか?」
「良くおわかりで! まさに信義様が仰る通りの症状でございます!」
うわ! マレー糸状虫症だよ! もう、この時代からあったんだね。ちょっと治療薬には手が届くかな? イベルメクチンが効くみたいだけど、この時代だと合成できないんだよね。アベルメクチンまでだったら何とかいけるかもだけど……。成虫の生存期間は5年くらいで、中間宿主である蚊を媒介しないと成虫にならないらしいから、まずは蚊を減らすことからかな?
「それは蚊が原因だ。私も治療法は知らないが、蚊を減らすことで新しく罹患する者は抑えられるはず。
対策としては、天水桶などに大量のボウフラが発生しているはずだから、フナやメダカを小島に運び、天水桶に入れよ。それから、水たまりを極力減らして、ボウフラが湧かないように注意させよ。
さらに、下総で栽培を始めた除虫菊を送る。蚊の根絶は困難だろうが、刺される者が減れば患者は減るはずだ」
「早速試してみます!」
「うむ、少なくても数年がかりにはなる。根気よく取り組めよ」
「はっ!」
「小笠原代官、岡本実元」
「はっ! 小笠原は父島では、胡椒の定植に成功し、生産が拡大しております。チョウジについても生産も苗木の植え付けも進んでおります。ただ、それなりの木に成長しないと蕾は付かないため、生産拡大には、いましばらく時間がかかりそうです。
母島ではご指示のとおり、葡萄柑(※グレープフルーツ)の栽培を拡大しております。また、硫黄島での樹納の栽培も順調です。
つきましては、これらの生産地を拡大したく思うのですが」
なるほどね、気持ちは分かる、分かるんだけど……。
残念ながら、それは悪手だね。
「生産の拡大は許す。しかし、葡萄柑を除き、各島内から持ち出すことは禁ずる」
「!? それは如何なるわけにございましょう?」
「胡椒もチョウジも南蛮人が喉から手が出るほど欲しがっている香辛料だ。小笠原で採れると知れば、攻めてくる者も出よう。
現在は生産を集中しているから対応できようが、各島に分散でもしてみよ。海賊働きなどされれば、現状の人数ではとても対応できまい。
欲をかけば災いを呼び込む。今はこれぐらいで良しとしておけ」
「慧眼恐れ入りましてございます!」
「他に何かあるか?」
「ございません」
「今は漁を控えているが、小笠原には珊瑚もある。これらは他国に知られぬことこそが大きな財産となる。大変だろうが、軌道に乗るまで今しばらくはよろしく頼むぞ」
「は!」
「裸瀞寝(※マリアナ諸島)代官 戸崎勝久」
「はっ! 賀武島につきましては、城・港湾・ドックが完成し、着々と拠点整備が進んでおります。里見家の呂宋航路の拠点としてだけでなく、ヒスパニア船も寄港地として利用するようになり、収入も増しております」
「先住民との関係はどうなっておる?」
「賀武島ではサトウキビの栽培を勧めており、作付面積が年々広がっております。サトウキビと交換で農具などを渡しておりますので、茶茂呂人にも好評です。
また、彼らを盗人として捕らえることもなくなってきました。これは主にガダオとグアパンの功でございます。やはり現地語で説明できると話が速いですな。ただ、賀武島は良いのですが、艪太島や彩帆島といった島では、なかなか浸透しません」
「そこは慌てなくて良い。まずは根拠地である賀武島を確実にまとめようではないか。
して、他に気になることはあるか?」
「はい。先住民に天然痘と麻疹らしき病が流行しております。賀武島では我らが上陸した頃には患者は減り始めておりましたが、他の島々ではだいぶ酷い有様です。しかも、天然痘はともかく、麻疹は大人でも多くが罹るうえ、罹患した者は7割方命を落としております」
うわぁ、抵抗力の無い伝染病への罹患が始まっちゃってたか! これ、どう考えてもスペイン人が原因だろうけど、下手をしたら里見家のせいにされて、現地人との関係が険悪になっちゃうかもしれない。何かしら対処をしないと。
「麻疹は大人になってから罹ると症状が重くなるのだ。治療は私も対症療法しか知らん。永田徳本先生に話を聞いて治療にあたれ。その際には天神山の薬草園から必要な生薬を好きなだけ持っていって構わん。
なお、余裕があるようなら、他の島に手を伸ばしても構わぬが、まずは雅武島を優先せよ。
また、まだ種痘を行っていない者がいるなら出立直前に行い、それを種として雅武島でも種痘を広めよ。
それから、先住民に日本の言葉を教える施設を作れ。そして見込みのある者はどんどん取り立てるようにせよ」
「はっ! かしこまりました!」
「造船奉行 長浜メンデス」
「ハッ! ゾウセンブデハ、ガレオンセンヨウノロヲ、ツクリマシタ。コレデ、カゼヲキニセズ、ウゴケルヨウニナリマス」
「よし! 次に開発する船には最初から艪を備え付けるようにしてくれ」
「ハイ」
これでガレオン船も、今までより自由な機動が可能になるね。
あ、忘れちゃいけない。これも念押しをしとかなきゃ。
「それから、今はガレー船の注文を出していると思うが、これから暫くの間、ドックの方をフル稼働させ、なるべく多くのガレー船を進水させるようにしてくれ」
「ハイ! カシコマリマシター」
「作事奉行 玉造アフォンソ」
「ハッ! サクジブデハ、イドホリヨウセツビヲツクリ、クルリデ、ジフンイドヲホルコトニセイコウシマシタ。マタ、シンロノカイハツハイマガオオヅメデス」
やっと、ローテクではあるけどバカにできない技術、『上総掘り』を世に送り出せたよ。上総地域は地層の関係で自噴井戸ができることが多いから効果的なんだよね。現在の土地の利用状況を鑑みれば、万石単位で耕作可能地域が増えるかもね!
他では役に立たないのか、って?
とんでもない! 自噴はしないだろうから、上総以外の地域では井戸用の手押しポンプが必要だろう。でも、竹と手押しポンプさえあれば、今までの数十分の一の労力で簡単に井戸が作れるようになるんだ。是非とも早いうちに普及させないとね。
「良くやってくれた! これで、養老川、小櫃川、小糸川の河岸段丘上の開発が大きく進むぞ! 年明けにも水利に困っている各村から代表を集め、掘り方を伝授せよ」
「ハイッ!」
「新炉の開発もよろしく頼むぞ。ただ、危険も多い作業だ。決して無理はせぬように」
「ハイ! アリガタキシアワセ」
他にもいろいろと報告はあったけど、基本的にはどの事業も順調だった。強いて言うなら、順調じゃなかったのは、奥志摩から熊野への街道整備ぐらいかな? でも、あの辺は、そもそも海上交通がメインだから、慌てずにじっくり進めるように指示は出してたんだ。
ちなみに奥志摩では道路工事よりも、尾鷲と長島(※紀伊長島)に『ガレオン船が入れるドックを、なるべく早く造れ!』って指示を出してる。だって、今旅客運送に使ってる3隻に欠員が出たら、航路自体が破綻しちゃう。早いうちにローテーションが組める体制を整えないとね。
さて、この成果を持って、土浦で義頼さんと打ち合わせだ。
正月は、『俺の元服披露』って名目で、傘下の大名家に集まってもらうんだ。
実はここが1つの正念場。しっかり頑張らないとね!