第129話 夜の帷に包まれて
主人公の輩行名を『太郎次郎』にしました。意味合いとしては、『義弘の長男』だけど『義頼(※養子)がいるから次男』ということで。
天正9年(1581年)7月 相模国 東郡(鎌倉郡) 鶴岡八幡宮
皆さんこんばんは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
婚礼も宴会も終わったんで、俺は鶴姫さんの所に向かってるとこだよ。
そう! 俺、13歳、鶴姫さん15歳。だけど、大人の階段上っちゃうんだよ。
ちょっと早いんじゃないか、って?
うん、それは間違いないよ。俺は男だから別に幾つだって良いけどさ、鶴姫さんは、まだ15歳。数え歳でも16歳なんだよね。
だから、どうにかして結婚を遅らせようと、今まであの手この手で理屈をこねながら、頑張ってきたんだ。あんまり大きな声では言えないことだけど、実を言うと12月以降のアクシデントは、『渡りに船』って活用させてもらった側面もある。
ああ、あれは自分で仕組んだわけじゃないよ。仕組むんだったらもうちょっと楽な方法を考えてるよ(笑)
俺が、そういうことを『いたさ』なきゃ良いんじゃないか、って?
ところが、そういうわけにもいかないんだよ。前にも言ったんだけどさ、この時代の常識は早婚なの。しかも、それで成功しちゃってる人が実際にいるわけよ。
失敗例も知ってるよ? でもさ、もっと年齢がいった人でも、出産時に命を落とすことはあるんだよね。科学的なデータとかあれば良いんだけどさ、でもそんなの無いじゃん?
そんなわけで、ここまできたら『運を天に任せるしかない』って感じかな?
あ、強いて言うなら『オギノ式』とかなら使えるかもしれない。ただ、元々確実性に欠けてるうえに、基礎体温とかも測れないから、本当に気休めにしかならないと思うけどね。
ちなみに『オギノ式』って本当は『避妊のための技術』じゃなくて、『妊娠の確実性を上げるための技術』として研究・発表されたんだよ。俺が適齢期になって子どもができなかったときは、ぜひ本来の使い方をしてみたいと思ってるんだ。
俺はこんなことを考えながら、この日のために特別に建てられた御殿に足を踏み入れた。
と、そこには桃色の袿を羽織り、白の小袖を着た鶴姫さんが座ってたんだ。
「鶴殿、遅くなりました」
「信義様。ずいぶんお酒を召されていらっしゃいましたが、大事はございませぬか?」
「ええ、幸いなことに、私、酒はずいぶん強いようですので」
「父からもずいぶんと注がれていたようですので、心配で……」
「確かに氏政様にはずいぶんと飲まされました」
「まあ!」
「が、かわいいお嬢様をいただいたのです。この程度のことは甘んじてお受けいたしましょう。それに、私はほれ! この通りピンピンしておりますので」
鶴姫さんは、俺の「かわいい」の一言でポッと顔を赤らめた。
本当にかわいいな!
「ところで鶴殿。疲れてはおりませんか?」
「いいえ。信義様こそ。お疲れではございませんか? 私は祝言だけですが、信義様は午前中から1日通しではございませんか」
「『疲れていない』と言えば嘘になりますが、せっかく余人を交えず、鶴殿にお目にかかれるのです。『疲れた』よりも『嬉しい』が先に来ます」
「まぁ! 信義様ったら! そのようなことをおっしゃって」
「以前からお慕い申し上げていたのです。何の偽りを申しましょう」
俺は鶴姫さんの手をとる。
「鶴殿、今日より我らは夫婦となりました。しかし、私は初陣・元服を済ませたとは言え、まだ14の若輩者。色々と至らない点もあると思います。気になることがありましたら、遠慮せずに教えてください」
これを聞いた鶴姫さん。居住まいを正すと俺の手を握り返す。そしてこう言ったんだ。
「信義様。お言葉ですので、遠慮なく申し上げます。もう2人は夫婦になりました。『鶴殿』など、他人行儀は嫌でございます。『鶴』とお呼びくださいませ」
「わかりま……! わかった。鶴。末永くよろしく頼むぞ」
「はい! 信義様。不束者ではございますが。末永くよろしくお願い申し上げます」
「鶴!」
「信義様!」
俺は妻を強く抱きしめると唇を合わせた。
どれくらいそのままでいたろうか、長い口づけが終わる。
自然に腕が緩むと2人の体が離れた。
灯明を消す。
部屋は夜の帷に包まれた。




