第125話 論功行賞
天正9年(1581年)3月 三河国 渥美郡 吉田城
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
高天神城の落城から8日、俺たちは徳川家の本城である吉田城に凱旋してきたよ。
まぁだ戻ってないのか、って?
そうなんだよ! でも、信康さんから「どうしても戦勝祝いに参加してほしい」ってお願いされちゃったら、流石に断れないだろ?
ただ、信康さんの希望に沿った形だけど、それでも大きく予定が狂ったわけじゃないんだ。
実は、高天神城周辺にも横須賀入江とか菊川入江とか、良港を抱えた内湾が存在してたんだ。でも、現在は地図を見てもそんなの影も形もないだろ? そう、これらの入江、浅かったもんで、干上がったり干拓されたりして姿を消しちゃったんだよ。
浅い場所が多いってことは、喫水の深い多数のガレオン船を入れたら座礁する危険が増すってことだ。だから、どっちみち浜名湖以西までは戻らなきゃいけなかったの。
そんなわけで『吉田へ向かうこと』自体への抵抗感はそんなになかったかな?
ただねぇ。これからあることを考えると、ちょっと気が重いんだよね。
―――――――― 吉田城 広間 ――――――――
「一、茶器一揃え 一、名馬十頭 一つ、黄金一千枚 右、戦勝祝いとして贈るものなり 信長」
「ありがたく頂戴いたします」
使者として来ている西尾義次さんが、目録を読み上げる。
流石は親族贔屓の信長さん。一城を落としただけのお祝いにこの褒賞とは、かなりの厚遇が窺えるね。流石に徳川の家臣も、どよめいてる。
さてと、次は俺の番だね。
義次さんと交代で信康さんの前に出た俺は、懐から目録を出て読み上げた。
「一、西洋船2隻 右、戦勝祝いとして贈るものなり 義頼」
「ありがたく頂戴いたします」
うん、こっちもどよめきが起こった。狙いどおりだ(笑)
元々徳川家には『ガレオン船を1隻贈る』って話はしてたんだけど、それが倍になったんだから、まあ驚くよね。
ちなみに、事前に打診したとき、信長さんに「要らん!」って言われた鋳鉄大砲が標準装備として付いてたんで、信康さんに「数発撃つと大爆発する可能性がありますが、付けたままで良いですか?」って聞いてみた。そしたら、「……いや、弾薬を準備するのも大変でしょうから」って引きつった顔で断られたよ。
鋳潰せば別の用途もあると思うんですけどね。
鋳潰すまで管理するのが大変だ?
なるほど、ごもっとも。
この後北条家からもお祝いの言上があった。あ、北条家のお祝いは鷹五羽、名馬五頭とか、至って普通だったんで、特にどよめきは起きなかったよ。
これで、同盟国からの祝賀は終了。ここから論功行賞に入ったんだ。
まず最初は、横須賀城主・大須賀康高さんを筆頭とする「横須賀七人衆」の面々。彼らの多くは、第一次高天神城の戦いを生き延びて、以来ずっと高天神城攻略の最前線で戦ってきた人たちだ。
信康さんは一人一人手を取って彼らの苦労を讃えたんで、感極まって泣き出す人もいて大変だったよ。当然、大須賀康高さんの1,000貫を筆頭に、七人衆はみんな大きく加増された。これで、今までの苦労も報われたんじゃないかな。
その後は、石川康通さんや、大久保忠世さんといった功績のあった人たちに大なり小なり賞が与えられていく。
領地をもらった人もいるけど、それはどっちかと言えば少数かな。なにせ、周辺は完全に徳川方の付け城で囲われてたんで、今回入った領地はそんなに大きいわけじゃないからね。
そんな人たちの中で一番印象に残った人は、後の『天下のご意見番』(笑)大久保忠教さんかな? どうやら岡部元信さんに最初の一太刀を付けたらしいんだけど、まさか敵の大将が先頭にいるとは思わずに、家来に任せて先に行っちゃったんだって。だから、賞されてたけど、ずっと釈然としない顔をしてた。今から偏屈者の片鱗が感じられて面白かったよ。
そんなこんなで論功行賞も終わり、かと思ったら、信康さんが、一際大きな声を上げた。
「さて、此度は織田家、里見家の皆様に援軍としてお越しいただいた。
織田家に対しては、上洛や浅井・朝倉征伐の折に、当家としても軍を送っておる。しかし、里見家に関して、徳川家は、未だに何もお返しをすることができておらぬ。里見家の御当主や御嫡男が御自ら海を渡り、何度も援軍にお越しいただいているにもかかわらずだ。
此度の戦でも暴発の危険をもろともせず砲撃を行い、落城を早める働きをしてくださった。それだけでなく、戦勝祝いとして、貴重な西洋船を2隻もいただいた。これを甘んじて受け取るだけでは、三河武士の名折れ。皆はそう思わぬか?」
「確かに!」「そうだ!」と、広間のあちこちで同意の声が上がる。
それを聞いて信康さんは満足そうに頷くと、言葉を続ける。
「そこで、徳川家も里見家に『援軍』を送ることといたした。
なお、里見家からは毎回、一族の方がお越しいただいている。で、あるから、徳川家からの援軍の将も、失礼に当たらぬ格が必要だ。
しかし、父、家康が亡き今となっては、親族に頼るのも難しい。そこで、筆頭家老酒井忠次!」
「はっ!」
「『援軍』として里見家への『出向』を命ずる」
「…………はっ!」
「遠方での活動であるゆえ、俸禄に関しては里見家が支払うてくださるそうだ。な、信義殿?」
「はい! 派遣手当込みで、現在の俸禄以上の所領を準備いたします。また、手柄を立てられた場合は加増もいたしますし、帰参なさる時には加増分の所領はきちんとお渡しいたします。まあ、その場合、当面は『飛び地』になってしまいますが」
「と、いうことだ、忠次。なお、『出向』期間は特に定めぬが、少のうても武田退治が済むまでは戻れぬものと心得よ」
「はっ! 三河武士の底力、里見義頼様にしかとお目にかけましょう」
「その意気や良し。頼んだぞ!! なお、里見家から俸禄がでる関係上、現在の東三河の所領は公収いたす。これらは帰参の折に同程度の俸禄を戻すものとする。また、本貫である井田郷は、弟酒井恒城に守らせるゆえ、安心して勤めて参れ」
「はっ!」
こうして、新たに酒井忠次さんが里見の家臣団に加わったんだ。
ここはちょっと荒れるんじゃないかと思ってたけど、めっちゃあっさり済んで拍子抜けだよ。多分、周りから見ても二人の関係がギスギスしてるのがはっきりわかったから、皆納得したんだろうね。
ちなみに、忠次さんのことは、信康さんが一方的に嫌ってる状態だから、しばらくは里見家で面倒を見るつもりだよ。本当は正式に召し抱えたいところではあるけどね。
でも、徳川家の規模が大きいんで『栗林義長作戦』は無理。だから、じわじわと恩を売っていくしかないかな?
何はともあれ、一軍を任せられるだけの力を持った将が転がり込んできたのは素晴らしいことだよ。また選択肢が広がったね。




