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第124話 落武者

天正9年(1581年)3月 遠江国 城東きとう郡 楞厳寺りょうごんじ山砦



 皆さんこんばんは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。

 現在、夜10時過ぎ。ちょうど眼下の高天神城方面から鬨の声が響いてきたところなんだ。


 どうやら、史実より数日早いけど、岡部元信さん最期の突撃が始まったみたいだね。


 岡部元信さんは、桶狭間合戦後のエピソードと言い、今回の突撃と言い、男気に溢れる話が多いから、できれば配下に加えたかった武将なんだ。でも、どうにかしたいとは思っても、そのための手立てはちょっと見えなかった。残念だけど仕方ないかな。


 ただ、大砲を撃ち込んで彼の決断を早めたのは、俺の仕業なんだけどね。



 さて、高天神落城と言えば、もう一つ有名なエピソードがある。岡部さんが突撃したってことは、きっとそっちも起こるはずだから、しっかりと準備をして待ち構えてるんだけど……。


 そこに、風間隼人が駆け込んできた。




「申し上げます! 尾根筋の間道にて城将と見られる武者を一騎、捕縛いたしました」


「でかした! 早速連れて参れ」


「は!」




 うん、読みどおりだったよ。それにしても、『一騎』ってことは、本当に馬で逃げてたんだね。あの道、後世、犬や猿も怖がって戻ってくるって意味で『犬戻り猿戻り』って名前が付いたくらいの細い道なんだよ。『そこを夜中に馬で逃げた? は! 嘘だろ? 脚色乙w』って思ってたんだけど。まさか事実だったとはね。


 事実とわかったからには、断然欲しくなったよ。ただ、そんな男だから、説得は難しいだろうけど、とりあえず、今後の布石のつもりで話すだけは話してみようかな。



 俺がこんなことを考えてると、あたりがざわめいて、俺の前に後ろ手に縛られた1人の男が引き出されてきた。この人は、横田尹松よこたただとしさん。武田五名臣の原虎胤はらとらたねさんの実孫にして、同じく武田五名臣の横田高松よこたたかとしさんの養孫っていうサラブレッドだよ。




「私は里見義頼(刑部大輔)が嫡男、信義(上総介)である。そこもとは武田の侍大将、横田尹松(十郎兵衛尉)殿とお見受けいたすが如何?」



「そこまで知られているとは……。もはや観念いたしました。隠し立てはいたしませぬ。確かに私、武田が軍監、横田尹松にござる。


 それにしても、里見義頼(七州太守)殿の御嫡男にまで我が名が知られているとは。それだけの名を残せたのでしたら、父祖にも申し訳が立ちましょう。ここで命を落とそうとも本望にござる。


 ただ、徳川の大軍に真っ向から挑み、命を落とされた、岡部元信(丹波守)様を始めとした高天神城の将兵の事が後世に伝わらないことは心残り。この尹松が話、我が主、武田勝頼(四郎)に伝えていただくわけには参りませぬか?」



「そのようなことなればお安い御用にござる。右筆に書き記させるゆえ、心置きなく語られるがよい」


「何と! かたじけない!! では……………………」




 そう言うと、尹松ただとしさんは、訥々と今日までに起こったことを語り始めた。




 補給路が次々に潰され、徐々に苦しくなっていく籠城生活。食糧が底を尽きかけながらも耐え抜く将兵たち。その心をへし折った砲撃。そして、最後の宴での名将岡部元信さんの振る舞い……。


 貴重な話の連続で、聞いている俺たちが完全に引き込まれちゃったよ。




横田尹松(十郎兵衛尉)殿、よくぞお話しくださった。確かにこの話は後世に伝わらなければ、大きな損失となりましょう。このようなお話を伺っては、何か褒賞を差し上げねばなりますまい」


「では、この話、我が主、勝頼(四郎)めに伝えていただけますな!」


「残念ながら、それは私にはできかねますな」


「な、何故なにゆえにございますか!?」



「又聞きでは正しい話は伝わりませぬ。尹松殿が直接、勝頼(四郎)殿にお伝えするのがよろしいかと存ずる。


 おい! 縄を解いて差し上げよ」




 あまりの急展開、尹松さんは呆気にとられてた。でも、数瞬後、はっと目が覚めたようになると、いきなりその場に平伏した。




「こ、この御恩いかに返すべきか……」


「貴重なお話の褒賞でござる。お気になさるな。どうしても気になるようでしたら、後日、私が困っている時があれば、その時返してくれればよい。さ、今日はもう遅い。湯漬けでも召されて休まれるがよろしい」


「…………かたじけない!」



 こんな遣り取りの後、尹松さんを陣内で休ませてやった。そして、体力も回復した明朝、15騎ばかり護衛を付けて、徳川陣の外まで送ってやった。


 送り出すときには、「何かあったら里見を頼ってくれば悪いようにはしません」とか、「里見義頼(現当主)里見信義(自分)は、和睦の仲介をする心づもりはあるのです。しかし、里見義弘(隠居した前当主)の怒りが非常に強い。当家がどうにかするためには勝頼(四郎)殿のお覚悟が肝要かと存じまする」なんて、甘い言葉を吐いといた。



 織田と武田の和睦の仲介に乗り出すのか、って?


 そんなのするわけ無いじゃん! これは時間稼ぎだよ。太平洋戦争末期に、ソ連が日本にやったヤツと一緒ね。


 そもそも、3年前に上杉景虎さんを裏切った時点で、勝頼さんの命運は無くなったも同然なんだ。死に体の武田をかばって、信長さんに睨まれたんじゃ、本末転倒だからね。


 横田尹松さん個人は武田滅亡後にスカウトできればOKかな? できればお友だちと誘い合わせてきてくれると最高なんだけどね。




 ちなみに、尹松さんには、「決断の責は勝頼(四郎)殿にあるとは言え、『高天神城は見捨てるべき』と進言なさったのは失敗でしたな」っても伝えといた。


 尹松さん、真っ青になってたっけ。



 実は、この一言、ものすごい離間の策なんだよ。


 だって、言い出しっぺの尹松さんと勝頼さん。そして、限られた数の近臣しか知らないはずの情報を、なぜか俺が知ってるんだぜ?『誰かが裏切ってる』って思うのが自然だろ?


 ま、実際のところは、未来知識で得たものなんだけどさ。そんな能力があるなんてこと、他の人にはわからないからね。


 これで勝頼さんが疑心暗鬼に陥って、近臣を処刑したり左遷したりしてくれれば、さらに攻略は楽になるんじゃないかな?



 高天神城の守将は、駿河・遠江衆が中心だったけど、実は甲斐・飛騨・上野こうづけ・信濃といった武田の分国のほぼ全てから集められてたんだ。そんな城への救援をしなかったってことは、分国内全てに『武田の大将は攻められても助けに来てくれない』って宣言をしたに等しいんだよ。


 かわいそうだけど、もう武田は『滅亡に向けてのカウントダウンに入った』って言っても良いと思う。里見うちとしては、しっかりと準備をして、そのタイミングを見逃さないようにしていかないとね。










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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
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