第122話 『京都馬揃え』にて②
天正9年(1581年)2月 山城国 下京 本能寺
10mのツチクジラの後からは、箏と尺八の演奏が聞こえてくる。そして、姿を現したのは、修験者姿の一団。熊野衆だ。
順番は、先頭から堀内氏善さんと熊野速玉大社の衆。二番目に塩崎重盛さんと熊野那智大社の衆。トリに高河原貞盛さんと熊野本宮大社の衆。この辺は、順番とか率いる人とかで、ちょっとすったもんだがあったけど、何日も話合いを重ねて、何とかこの順番で落ち着いた。面子とか家格とか……。色々面倒くさいね!
それで、三山の各衆の後ろには、船を模した3頭立ての馬車をそれぞれ配置して、6人ずつ巫女さんを乗せた。実はこれがもう一つの作戦なんだよ。
巫女さんのうち2人は箏と尺八の演奏をさせた。さっき聞こえてきた曲だね。その曲は『春の海』(笑) 時代を350年ほど遡らせてもらったよ。宮城道雄さんごめんなさい!
それで、一曲終わって演奏が止まるたびに、船の上から別の2人の巫女さんに、道の左右の群衆に向けて、積んでおいた10cmほどの木札をばらまかせる。
残りの2人は何をするのかって?
役割をローテーションするんだよ。ずっとやりっぱなしじゃ疲れるだろ。
ちなみに、木札には、表面に熊野○○大社、裏面に、それに相当する京都三熊野の三神社(新熊野神社、熊野神社、熊野若王子神社)の名前が書いてある。そして、拾った人が京都三熊野に持っていけば、熊野牛王宝印の護符とタダで替えてもらえる手はずになってる。
護符をサービスしただけじゃないか、って?
実は、熊野牛王宝印って、本宮大社、速玉大社、那智大社で全部種類が違うんだよ。1枚はタダで貰えるけど、もう2種類あるって分かったら、ちょっと余裕があればコンプリートしたくなるんじゃない?
で、京都三熊野には、他の2社の護符も預けておくから、きっと売れるはず。さらに、3枚揃えた人は、景品として熊野地方の名所を描いた版画(※全19種類:原画・里見信義)をランダムで1枚付けることにした。
ここまできたら、もう、何が起こるか予想が付くよね。たぶん、これで護符が飛ぶように売れるから、応仁の乱で荒廃してた京都三熊野も完全に再建ができるんじゃないかな?
さらに、この版画なんだけど、持って熊野三山(※本家)に参拝すると、1山で6枚ずつ好きな物を貰えるって特典を付けてある。言ってみれば『熊野三山を巡って名所版画をコンプリートしよう!』だよ。
資源がないんだったら観光に頼るしかないよね。
和歌山から高野山方面は、治安がまだ怪しいけど、熊野街道のうち伊勢路は、里見家と北畠信雄さんで押さえたんで、ある程度安全になってる。伊勢路方面から観光客を呼び込んで、地域の活性化に繋げたいところだよ。
目指すは平安時代に大流行した『熊野詣』の復活かな?
さて、里見・熊野衆の後に続く八番隊は、森蘭丸さんたち馬廻・小姓衆。各15騎で組を作って進む。みんな結構な美形ぞろいだから、これまた盛り上がったみたい。
九番隊は越前衆。柴田勝家さんを筆頭に、柴田勝豊さん、柴田勝政さん、不破光治さん、金森長近さん、原長頼さんと、そうそうたる面々が居並ぶ。
十番隊は弓衆が100人。この人たちは徒歩で参加だったよ。『馬揃え』なのにね。
十一番目は信長さん秘蔵の名馬が5頭。仰々しく飾られたうえ、厩奉行さんや中間さんに引かれて行進する。
十二番隊は、武井夕庵さんや楠木長安さんたち高位の文官さん。
そしてトリを飾るのが信長さんだ。
信長さんは黒馬に乗って、唐冠に梅の枝をさした物を頭にかぶり、唐草模様に紅梅を描いた服に、明国渡来の綿の小袖を重ねて、その上に紅緞子に桐唐草の肩衣を着ける。さらに、ヤクのしっぽで作った腰蓑に、金銀の飾りが付いた刀を差し、手には白革に桐の紋の入った手袋。
うーん。豪華! でも、なんて言うか……。メッチャ派手だけど、統一性がない?
これが安土桃山スタンダードだとすると、俺らも、もうちょっとはっちゃけても良かったかもしれないね。まあ、もうやっちゃった後だから仕方ないけどさ。
まあ、里見家が『小道具(?)を使う』って邪道技を駆使したこともあって、最後は大盛り上がりだったよ。場が暖まってたこともあって、信長さんへの歓声も大きかったんで、「かなりご満悦だった」って、後から聞いた。
でも、調子に乗って「7日後の3月5日にもう一回やる!」って言い出したのは、ちょっと困ったけどね!
ちなみに、色々とやった小細工なんだけど、結果を言うと大成功だったよ。
萬祝染の注文もたくさん入った。それ以上に、原価がタダ同然のトンボ玉が馬鹿みたいな値段で売れた。これはでかい! 加えて、見本として持ってきてたガラス器も、強気の価格設定だったにもかかわらず、あっという間に完売した。
今はどれも入荷待ち状態で、取引価格は暴騰してる。予約もメッチャ入ってるんで、在庫をありったけ運ぶように本国に指示を出したとこだよ。
このガラスブームにバテレンどもが目を付けて、西洋製が入ってこないうちに、さっさと市場を確保しちゃわないとね!
それから、里見の代理店をしてる堺の魚屋には、クジラの注文が大量に入って、田中宗易さんからは嬉しい悲鳴が上がってる。確実にツチクジラの模型が効いてるね。
『嬉しい悲鳴』と言えば、熊野の方も凄いことになってる。京都3熊野の各社には熊野牛王宝印を求める参拝客が押し寄せて、護符が売れに売れた。おかげで、3社とも、あっという間に応仁の乱で焼けた本殿の新築費用が貯まったらしいよ。
それから、陛下と信長さんには熊野名所図会(画:里見信義)のカラー直筆バージョンを、他の参加者にも19種コンプリートバージョンを贈っといた。熊野が目立っちゃったことへのお詫びの意味もあるんだけどさ、こんなの見せられたら、当然行きたくなるよね。熊野。
フットワークが軽い近衛前久さんなんかは、既に行く計画を練ってるみたいだし、陛下も「行きたい」って周辺に漏らしてるんだって。宮中は前例主義だけど、既に平安~鎌倉期に前例がたくさんあるからね。断り切れないんじゃないかな? まあ、近臣の方々は困ってるだろうけど、俺は陛下の側仕えじゃないし、知ーらないっと!