第119話 熊野攻略戦
天正8年(1580年)12月 紀伊国 牟婁郡 那智郷
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
ちょうど予定外の熊野征伐を敢行中だよ。
襲ってきたんで大砲でボコボコにしてやったら。熊野水軍すぐ尻尾を巻いて逃げ出すの! こんなに簡単に逃げるんなら最初っから襲ってくるなっての!!
こんな狂犬みたいな連中をほっとくわけにいかないから、二度と逆らわないように、しっかりとお灸据えておかなきゃ!
大砲を放ちながら湾内に突入した里見水軍を見て、ほとんどの連中は、身一つで山へ逃げていった。山狩りとかしても良かったんだけど、こんなことで里見の貴重な人材を失うのは勿体ないんで、逃げる連中は放っといた。でも、使える船は全部奪い、作りかけの船と造船所には油を撒いて全焼させたったけどな! こんぐらいで許したるわ!!
中には、兵を集めて迎え撃とうとする勇敢な領主もいたけど、そんな連中には、必殺の榴散弾をお見舞いしといた。どうせその後、港と船は焼かれるんだから、被害が増しただけだったな! ゴクローサン!!
こういうアホどもがのさばるのは上が悪い。悪くなくても統制できてないのが悪い!
てなわけで、海戦の仕上げとして那智に上陸した俺は、港に近い補陀洛山寺と勝山城を制圧し、本陣を置いた。那智大社を懲罰するためだよ。
那智大社、青岸渡寺の神人、僧兵どもは、「海は熊野水軍の領分」って、安心しきっていただろうね。まさか海から軍が上陸してくるとは思いもよらず、慌てふためいて攻めてきたんだ。
で、どうなったって?
一発大砲を撃ったら、蜘蛛の子を散らすように逃げてったよ。だから、逃げ遅れた1人を捕まえ、降伏勧告の文書を持たせて送り返した。
水軍衆が完膚なきまでに打ち破られ、陸戦でも一蹴されて、どうやっても勝てないと悟ったんだろう。那智大社は、1刻もしないうちに降伏の使者を送ってきた。
俺はすぐさま降伏を受け入れた。山の上まで焼きに行くのも面倒くさいからね。そして、真っ先に下った潮崎重盛さんを代表として、那智大社の所領を安堵した。当然、那智の水軍衆に里見、織田、徳川、北条の船舶を襲わせないように厳命したよ。
「次は無いから、しっかり管理してね?」ってお願いするのも忘れてないよ。
上陸した将兵のうち栗林義長が指揮する1千人は、那智近辺の寺社、宿坊で宿泊させてもらった。もちろん費用は向こう持ちね!
残りの2千人は、夜襲を警戒して船に戻しといた。それから、那智大社の名前で、明朝辰の刻に補陀洛山寺に兵を集めるよう近隣に動員令もかけさせといた。
―――――――― 12月21日朝 ――――――――
集まった地元の兵士は1千人。船から上がってきた里見の直参2千人と併せて3千人になった。
集まった将兵を前に、俺は一つ弁舌をかますことにした。
「那智の衆、諸君らは運が良い! 熊野の地は、織田信長様により、討伐されることが決まっていた。織田家に従わぬばかりか、織田家とその同盟者の船を襲うからだ。
皆は比叡山を知っているか? 織田家に逆らったばかりに焼き討ちされた!
越前一向一揆を知っているか? 1万人以上が撫で斬りにされ、その数倍が奴隷として隣国に売られた。
もう一度繰り返す。諸君らは運が良い! 昨日敗れはしたものの、素直に帰順したからだ!」
集まった那智の将兵たちから安堵の溜息が漏れる。俺は一拍間を取ると、話を続けた。
「……しかし、問題がある。それは新宮の堀内氏善だ。奴はここ那智の地ばかりか、織田方である志摩の地をも狙っている。しかも、奴は熊野別当。奴を止めねば、この那智も巻き添えを食うやもしれぬぞ! 諸君、それでも良いのか!?」
ざわめきが広がる。俺は一際声を張り上げる。
「しかし、諸君らは運が良い! 昨日諸君らに降り注いだ大砲が降り注ぐのは、今度は堀内氏善の頭の上だ。負けることなど決してない!」
「そうだ!」「新宮の連中なんかに負けてたまるか!」そんな叫びが上がる。
よし、最後の仕上げだ! 俺は持ってこさせた箱を開ける。中にあるのは小粒金。それを掴んで目の前に掲げた。
「それからこれを見よ! 手柄を立てれば恩賞も弾むぞ。我らとともに那智に平和と安全を取り戻そうではないか!」
「「「「「うおおおおおおおおお!!」」」」」
「出陣!」
俺の合図で、里見勢3千は陸路から新宮を目指して進軍を開始した。色々と火の付いた那智の衆を先頭に。
敵の堀内氏善さんも南からの侵攻は寝耳に水だったみたい。それでも那智大社が落ちて1日間があったから、その間に何とか支度を整えて、新宮に至る大辺路最後の難所、高野坂に2千人を集め、陣を敷いた。
南から迫る里見方3千人、北の難所で待ち受ける堀内方2千人。激戦が展開され……。
……ることはなく、戦は呆気なく決着が付いた。
水軍の攻撃でね。
里見の大砲は射程約1,000m。新宮勢は海に並行して走る高野坂に布陣してたもんだから、これ以上ないのくらい格好の標的だったよ。
それにしても、7隻の船が一列に並んでの艦砲射撃。圧巻だったな。
予想外の方向からの艦砲射撃を受けて混乱したところに、俺の檄を受けて士気軒昂な那智衆が襲いかかった。それでも、熊野から志摩まで領地を広げた氏善さんは流石に凄い、途中で、乱戦になれば大砲は使えないってことに気が付いた。
踏みとどまった新宮衆と、攻め疲れが見えるようになった那智衆。戦線が拮抗するかと思われた時、氏善さんの本陣に伝令が駆け込んできた。
「里見の水軍、新宮川に入りました! なお、既に阿須賀王子付近に敵兵が上陸を始めている由にございます!!」
氏善さんの陣から軍使がやってきたのはそれからすぐのことだった。
堀内氏善さん降伏。2日で熊野は平定された。
ただ、当然ながら、戦後処理は2日じゃ終わるはずもなく。俺は酒井政明時代を含め、人生で初めて、旅先で正月を迎えることになったんだ。チクショー!!
―――――――― 佐倉城 ――――――――
瑞龍院(※里見義弘):何としたことじゃ…………。
松の方:瑞龍院様? 梅……、信義殿は何と?
瑞龍院:熊野の海賊に襲われたそうじゃ。
松の方:そ、それでは、信義殿は!
瑞龍院:ああ、熊野の海賊どもを返り討ちにし、熊野三山を平定したそうじゃ。
松の方:まあまあまあ! 淡路ばかりか熊野まで! 流石は足利の子でござい……。
瑞龍院:おかげでしばらく帰れなくなったそうじゃ。元服披露は先送りじゃな。
松の方:海賊め! なんと口惜しや! あ! 瑞龍院様。すぐに熊野へ!
瑞龍院:ん? 松よ、いきなりなんじゃ?
松の方:瑞龍院様は元服に立ち会われましたね。披露には立ち会わずとも
瑞龍院:そうじゃが?
松の方:ならば披露には立ち会わずともよろしいでしょう。信義殿と交代なさいませ。
瑞龍院:いや、流石にそれはまずいぞ。
松の方:何がまずいのですか! だいたい瑞龍院様は(以下略)
瑞龍院:(信義、早く戻ってきてくれ~!)
―――――――― 小田原城 ――――――――
鶴姫:父上! お願いがございます!
氏政:どうした、鶴? そのように血相を変えて。
鶴姫:鶴を上方に上らせてくださいませ!
氏政:いきなりどうした!?
鶴姫:信義様が手紙で、帰路を襲われて、しばらく上方から離れられないと。
氏政:ああそうじゃ! 熊野で大活躍だったそうじゃな! めでたいの!
鶴姫:「めでたい」ではございません! 私の祝言はいつになるのですか!!
氏政:戻ってきてからに……。
鶴姫:何を悠長なことを!
氏政:そう怒るな。信義殿も元服なされた。気ままに動くことはできぬのだ。
鶴姫:織田信長が、娘をあてがいでもしたらどうするのですか!
氏政:よもやそのようなことはあるまい。
鶴姫:あのような才気溢れる方。無いと言いきれますか! すぐに上洛を!!
氏政:道中危険じゃよって待つことも肝要ぞ(信義殿、早く戻ってきてくれ~!)
―――――――― 安土城 ――――――――
信長:お蘭! 見よ! 梅がまたやりおった!
蘭丸:なんと、これは!!
信長:まさか帰りがけに熊野退治をして来るとはな!
蘭丸:いやはや驚きました。
信長:これは褒美を与えねばなるまい。
蘭丸:いかがいたしますので?
信長:それはな…………(ニヤリ)
蘭丸:なるほど!(ニヤリ)
それぞれの思惑が渦巻く中、天正8年は暮れていった。




