第118話 関東への帰途にて
天正8年(1580年)12月 紀伊国 牟婁郡 那智勝浦沖
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
関東に帰るため、紀伊半島沖を航行中だよ。
淡路全島の攻略が終わった後、俺はすぐに安土に向かったので。そして、信長さんに拝謁して、お褒めの言葉をいただいたんだ。
あ、安土に行ったのは俺だけね! 秀勝さんは秀吉さんと姫路に行ったし、信澄さんは「戦後処理があるから」って、淡路島に残ってる。
そんな感じで、俺だけが拝謁することになったんだけど、信長さんとしては、ひ弱な秀勝さんの初陣も済んだし、優秀な信澄さんに箔を付けてやれたしで、終始上機嫌だったんだ。
これで、無事にミッション終了。やっと俺は関東に帰れることになったの。もう、出発してから3か月近くが経ってるんだ。いや~、長かった!
あ、そうだ、信長さんが上機嫌な理由がもう一つあった! 行きに乗ってきたガレオン船なんだけど、そのうち3隻を「関東にお越しの際にはお使いください」って献上しといたんだ。
技術差が縮まるんじゃないか、って?
いや、ガレオン船自体はマニラでも造船してるような『枯れた技術』なんだ。だから、本気で造ろうと思えば、それほど難しくはないんだよ。下手に秘匿して、信長さんに猜疑心を持たれるほうがよっぽど問題がでかいはず。だから、気前よくあげちゃったの。なにせ、中古だしね!
こんな感じなんで、帰りのガレオン船は7隻になっちゃった。
3割減で全員乗り切れたのか、って?
うん。行きは引き出物とかも積んでたからね。それに元々ある程度冗長性をもたせた編成だったから、余裕だったよ。
ちなみに、信長さんにあげた船だけど、大砲は付けてない。
「里見の技術だけでは鋳造砲までしか作れません。今まで最短3射目で破裂したことがありますけど、どうしますか?」って聞いたら、「そんな危険物は要らないから持って帰れ!」だってさ。
既に日立に高炉を作ってあるんで、鋳鉄自体の生産量は飛躍的に上がってるんだけど、反射炉だと効率が悪くて、鋼鉄の生産量はなかなか増えてないんだ。だから鋼鉄製の大砲なんか作ってる余裕はまだない。
そもそも、基本的に里見の大砲は青銅製。これも鋳造ではあるから嘘は吐いてないよ。で、そっちの生産については秘密にしてるから、みんなは『元々付いてたスペイン製を使い回してる』って思ってるはず。
何時かはバレるだろうけど、少なくてもあと数年、ここぞって時までは秘匿しておきたいもんだよ。
取りあえず、用事も済んだし、さあ関東に帰ろう! って大坂を出たのが12月20日だった。
ちょっと遅くなっちゃったけど、よっぽどの天候不順とかがない限り、年内には関東に戻れるはず。
……って、予定だったんだけどね。
出やがったんですよ。アホどもがぞろぞろと!
俺たちは、7隻のガレオン船と随伴の複数の関船で大坂を出帆し、昼過ぎに潮岬を越えたんの。そしたら、熊野水軍の連中が性懲りもなく襲ってきやがったんだ!!
流石に堪忍袋の緒が切れた。前回は俺の初陣に支障が出るから、遠間から大砲を撃って追い払うだけだったけど、今回は初陣も終わったからもうなんの遠慮も必要ない。
「正木堯盛、学ばぬアホはどうすべきだ?」
「しっかり調教してやらねばなりますまい」
「よし、信号旗を揚げよ。20間まで引きつけて砲撃! その後追撃戦に入る。恐いもの知らずの熊野水軍に里見の怖さを思い知らせてやれ!!」
「はっ! よし! 野郎ども! 若様のお許しが出たぜ! 思いっきり暴れてやろうじゃねぇか!」
「「「「応!!」」」」
「梅津道金。馬廻衆もいつでも斬り込みをかけられるように準備を怠るな」
「はっ!」
数分後、熊野水軍の軍船およそ50艘が、弓鉄砲を放ちながら近寄ってくる。こちらからの反撃がないことを見くびってか、「通行税を払えば許してやるぜ!」とか叫んでるのも聞こえてくる。
くそ! ふざけやがって!! でもまだ我慢だ、我慢!
そして、奴らが接舷をしようと鍵縄を振り回し始めたとき、新たな信号旗が翻る。それを合図に、ガレオン船の大砲が一斉に火を噴いた。
さあ、反撃開始だ!! しっかりと鬱憤を晴らしてやらないとね!!!!
この至近距離じゃあ、全く当てない方が逆に難しい。砲撃が終わった時には、敵船の甲板上では将兵が何人も吹き飛ばされ、10艘以上の船腹に穴が開いてた。よくよく見れば、喫水線下に穴が開いたみたいで既に傾き始めた船もある。
当然ながら熊野水軍は大混乱を来してた。呆然とする者あり、泣き叫ぶ者あり。中々気の毒なことになってるね。でも、ここはさらに石打つ場面だ。
「大砲は次弾の装填を急げ。装填ができた砲から射撃を開始せよ」
「「「はっ!」」」
「鉄砲隊、弓隊。船上に顔を出している粗忽者にたんと御馳走してやれ! 立派そうな身なりのヤツこそ入念にな」
「「「はっ!」」」
大砲の轟音の狭間で、弓鉄砲が雨霰と降り注ぐ。手も足も出ずに何隻もの船を沈められた熊野水軍は恐慌を来し、港に向かって逃げ始める。
「追えや!!」
里見水軍は、それを追って湾内に突入する。そして、南から順番に太地、森浦、湯川、勝浦、那智と、次々に熊野水軍の港を焼き討ちしていったんだ。