第117話 初陣!
天正8年(1580年)12月 淡路国 津名郡 岩屋港
龕灯の灯りが振られるのを見て、軍船は次々と港に滑り込んでいく。
港には、既に大船を付けるための仮設の桟橋が設置済みだった。先行して南の浜に上陸した500人が、潜伏していた風魔衆の手引きで、強行軍で設置したんだろう。
港を見下ろす絵島ヶ丘の出城も既に押さえられていて、闇夜であるにもかかわらず、四半刻ほどで上陸を済ませることができた。
ここまでは文句の付けようがない展開だよ。
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
昨晩大坂を出帆した俺たち里見水軍は、夜陰に紛れて淡路島にやってきたんだ。
もちろん俺の初陣のためだよ。ちなみに初陣だけど俺は先陣でもある。
里見勢3千が朝駆けで岩屋城を攻略し、橋頭堡を確保する。その日のうちに、大将の津田信澄さん率いる中軍2千が大坂から上陸。播磨から来る羽柴家の8千の到着を待って、南下を開始する。
今回の作戦はこんな感じ。
さてと、無事上陸できたのは良いけど、東の空が淡く白み始めている。今日は曇天とは言え油断はできない。ここからは時間との勝負だ。12月の早朝の、刺すような寒さに耐えながら、俺たちは静かに、且つ、速やかに、半里離れた岩屋城に向けて行軍を開始した。
幸いなことに、山上の城に掲げられた篝火に慌てた様子は見えない。絵島ヶ丘城や港の衆の中には、岩屋城へ急を知らせようとしたヤツもいたらしいけど、城への道は間道を含め風魔衆の手によって全て封鎖されてる。今頃、放たれた伝令は全て三途の川を渡っていることだろう。
城から四半里、行軍する俺たちの前に、1月前から城下に潜伏していた早川小源太が現れた。
「申し上げます。岩屋城の将兵、夜警の当番数名を除き、未だ寝静まっております。また、夜警も明石側ばかりを気にかけ、こちらの動きにはまだ気付いておりませぬ」
「小源太、ご苦労。白井浄三様。いかがでございましょうか?」
「儂の見立てでも、戦気は全く上っておりませぬな。小源太殿が謀られていることはありますまい」
「よし。手はずどおりだ。先手として山本胤禮、堀江頼忠。町を押さえよ。略奪はあいならぬ。そして何よりも城への援軍を許すでないぞ」
「「はっ!」」
「勝又義仁、御子神重は町を速やかに通過し、搦め手口より攻め上がれ」
「「はっ!」」
「栗林義長、山川貞孝は殿軍を任す。まさかの時は頼むぞ」
「「はっ!」」
「俺は馬廻りの者を引き連れ、大手口より城に乗り込む。城に入るが上策ぞ。首などうち捨てて構わぬ一刻も早く城を落とすのだ」
「「「「「応!」」」」」
「義長」
「はっ!」
「このような感じでどうだ?」
「ご立派な下知にござる。ま、反省は城を落とした後で行いましょう」
「……む、そうか。では参る。小源太、案内を頼むぞ」
「はっ!」
俺の下知により動き出した里見勢2千500は岩屋城に迫る。そして、俺たちの本隊が大手門の前にたどり着くと、静かに門が開け放たれた。忍び込んだ風魔衆が門番を斃し、城門を開いたのだ。
俺たちは、そのままひたひたと本丸を目指す。しかし、二の丸に入ったあたりで、流石に周囲が騒がしくなってきた。気付かれたか。隠密行動はここまでだな。
「皆の者! 鬨の声を上げよ!!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」」」」
山を動かさんばかりの大音声に、慌てて建物から飛び出してきた敵兵が次々と討たれていく。
そんな敵兵を尻目に、俺たちが本丸に向かおうとした、その時だ。物陰から1人の男が襲いかかってきた。
「おのれえええ!」
「やっ!」
大上段に振りかぶったその太刀が振り下ろされることはなかった。俺の一閃に彼の首は宙を舞っていた。
後に続かんとしていた兵たちもいたようだが、その有様を見るなり武器を投げ出して次々と降伏する。
後に聞くところによると、この武者は城内でも大剛の兵として知られた飯田作右衛門という者だった。その作右衛門が一刀の下に斬り捨てられるのを見て、抵抗する気力が萎えてしまったんだそうな。
流石に本丸の門は開けられなかったらしい。が、敵も補強する間はなかったんだろう。持ってきた破城槌を使えば、門は難なく弾け飛び、本丸への道が開いた。
一気呵成に本丸へ進めば、ちょうど槍を抱えた1人の男が、こちらに向かってやってくるところだった。そして、俺たちの姿を認めるなり、慌ててきびすを返し、搦め手側に逃げていく。
ところが、搦め手門からも破城槌の音が響き始める。
こうなっては是非も無し。流石に覚悟を決めたか、彼は槍をしごいて向かってきた。
さっきのように一刀の下に切り捨てるのも失礼なんで、取りあえずこちらから名乗っておくことにする。無視してきたら知らないっていうことで!
「我こそは、七州太守 里見義頼が嗣子、里見信義。そこもとは高名な武者と見た。名乗られたし」
「岩屋城主 菅達長とはワシのことじゃ! 里見義頼殿が嗣子とは冥土の土産に不足なし! 参る!!」
達長さんの槍による裂帛の刺突。でも俺は、その刺突に沿って太刀を被せることで軽くいなした。槍の穂先は無情にも俺の体から外れていく。当然そんな隙を見逃す俺じゃない。地を蹴り一気に間を詰める。
達長さんは慌てて槍を手放し、刀に手を掛けようと試みる。でも『時、既に遅し』。伸ばしたその手は俺の刀で強かに打ち据えられてた。
さらに、その勢いのまま俺は体当たりをかます。
右手を打たれ、鳩尾に肘鉄を入れられた達長さんは、その場に昏倒した。
「それ! ひっ捕らえよ!!」
「はっ!」
「里見信義、城主菅達長を捕らえたり! 皆の者、勝ち鬨を上げるぞ! 鋭!鋭!」
「「「「「応!」」」」」
「鋭!鋭!」
「「「「「応!」」」」」
「鋭!鋭!」
「「「「「応!」」」」」
こうして俺の初陣、岩屋城攻防戦は、さしたる被害もなく大勝利で幕を下ろしたんだ。
そして、翌日、無事に津田信澄さん、羽柴秀吉さん・秀勝さんと合流した俺たちは、淡路攻略を開始した。
1万6千の大軍に蹂躙された淡路はひとたまりもなかったよ。たった10日で平定されちゃった。
みんなすぐに降伏してくるから、『秀勝さんの初陣がきちんとできるか』が一番の懸案になっちゃった。でも、なんとか西淡路の志知城攻めで済ませることができたんで、俺としても安心したよ。
ちなみに淡路島は津田信澄さんに与えられることになった。これは順当な結果じゃないかな? 彼だったら光秀さんの顔も立つし、仲良しになった秀吉さんも文句はないだろうからね。
俺? 信長さんからお褒めの言葉をいただいたよ(笑)
そもそも、こっちからお願いしたことなんで、領地の加増や金品の褒美は無し。元服式に関しても織田家の持ち出しが大きかったからね。
でも、南志摩と熊野への切り取り次第の認可はもらっといた。だから、関東への帰りがけに、ヤツらをギタギタにしていく予定だよ。フフフフ。
あ、それから、捕まえた菅達長さんは、俺が召し抱えることにしたよ。そのままだと処刑されそうだったからね。だから、「殺すぐらいなら俺にくれ」って言って、貰ってきた。
本人の意志?
流石の俺でも嫌がる相手は召し抱えないよ。一騎打ちで負けた相手から「処刑するには惜しいから召し抱えたい」って言われて、二つ返事で承諾してた。
人材が手薄な里見家にとっても、即戦力はありがたいからね。それにね、実を言うと、彼、史実では結構硬派なエピソード持ちなんで、ここで採用できたことはラッキーだったんじゃないかな?
いや~、それにしても無事に初陣が終わって良かったよ。
でも、そうなると次は結婚かあ、これ、どこまで引っ張れるかな……。
※龕灯は主人公が開発して、風魔衆に与えました。秘密道具です。ローテクではありますが、戦国ではれっきとしたオーバーテクノロジーです。