第116話 初陣に向けて②
天正8年(1580年)12月 摂津国 西成郡 大坂城
「里見信義様は、そのお歳で新當流の切り紙を受けたと伺いましたぞ。いやはやワシもあやかりたいものです」
「織田家でも一・二を争う高名な大将である羽柴秀吉殿にお褒めにあずかり恐悦にございます」
「何を仰いますか! 里見様は源氏の名門、そのように謙られては困ります。この秀吉など、元を正せば只の匹夫でござれば」
「いやいや、我らなどは祖先の七光りで生きておりまする。それに比べて秀吉殿は、真の徒手空拳から2か国の大名に出世された。常人にできることではございません」
「それもこれも信長様の御威光があってこそでございますぞ」
「その信長様が『羽柴藤吉郎、数ヶ国比類なし』と仰っているではございませんか。さらに申し上げるならば、私の武芸など匹夫の勇。それに比べて秀吉殿の金ヶ崎の退き口での勇は将の勇でございましょう。加えて、三木合戦での知略。これほど知勇兼備の将軍は、なかなか得られる物ではございません。いや~、信長様が羨ましい! そうだ! せっかくですから、秀吉殿の美濃攻めや浅井攻めでの活躍をお聞かせいただけませんか? 関東ではなかなか耳にすることが叶いませぬゆえ」
「いやいや、ワシのような者の話を聞いたとて……」
「うむ、私も聞きたいぞ! 秀吉、話してはくれぬか?」
「そんな! 信澄様まで! ええい、わかり申した! ではまずは、木曽川を渡り、美濃に砦を築いた話を……」
皆さんこんにちは、梅王丸改め 里見上総介信義こと酒井政明です。
今? 羽柴秀吉さんと『ヨイショ合戦』をしてたとこ。
いや~、ご覧のとおり何とか勝ったけど、流石は秀吉さん。強敵だったよ! 俺は初陣前の若造だから、そもそも誉めるところなんかほとんどないはずなのに、ちゃんと調べて誉めてくるんだから!
俺は歴史的事実も知ってるし楽勝だと思ってたんだけど、津田信澄さんの割り込みがなかったら危なかったかもしれないね。
何でそんな変な勝負をしてるのか、って?
ゴマ擦りだよ!
もう史実どおり行く保証なんて何にもないけど、史実どおりだったら将来の天下人様だよ? ゴマを擦っといても損はないだろ? そもそも、いくらゴマを擦ってもタダだし(笑)
でもさ、「なんでここに秀吉さんが出てくるの」って思わない?
実は、淡路攻めを決めた後、俺の方から1つ提案をさせてもらったんだ。
「羽柴秀勝殿も御一緒にいかがですか?」ってね。
秀勝さんは、信長さんの四男。実子である秀勝さんを亡くした秀吉さんのところに養子に入ったんだ。歳は俺より一つ下なんだけど、既に諱が付いてることからわかるとおり、俺より早く元服してる。
でも、確か初陣は、俺の知る限り1年半後の常山城攻めだったはず。この戦いは備中高松城攻防戦に付随して行われたんで、後の毛利との決戦も意識してたはずなんだよね。そんな厳しい条件のところで初陣をするよりは、楽なところでやった方がいいんじゃないかと思って、今回誘ってみたんだ。
抱き合わせでやるなんて失礼じゃないか、って?
そうでもないんだな。そもそも史実で言うと、秀勝さんの初陣の直後に宇喜多秀家さんの初陣も行われてるんで、場所は日にちをずらせばそんなに問題はなかったみたい。
だから、今回も、淡路の最北端で明石海峡に面した岩屋城攻めでは俺が初陣をするけど、それ以降の全島を制圧する過程で秀勝さんに初陣を果たしてもらえば良いんじゃないかって考えたんだ。とりあえず岩屋を攻略しておけば、強襲上陸なんて博打はしなくて済むからね。
俺? 俺は曲がりなりにも水軍大名の息子だよ? 船での活動には慣れてるんだ。それに、義重さんも強襲上陸や船上戦闘を何度も熟してるんで、そんなに難しくはないよ。
大名の嫡男がそんなに危険なことをして良いのか、って?
そもそも『安全な戦』なんてないだろ? だから、ある程度の危険は許容しないとね。それにこれからは俺自身も陣頭に立つんだ。最初だからって特別扱いしてもらうわけにはいかないよ。このために今まで鍛えてきたんだからね。
あと、秀勝さんを誘ったのはもう一つ理由があるんだ。それは、バランスを取るためだよ。
今回の淡路攻め、総大将が信澄さんに決まっただろ? 信澄さんって、明智光秀さんの娘婿なんだよね。で、淡路は瀬戸内にあるけど、七道だと四国と同じ南海道に属してるんだ。実は四国大名家の取次は、三好が秀吉さん、長宗我部が光秀さんで競ってたりする。だから、両方に花を持たせておかないと、後々恨まれることになりかねないんだよ。
ホント、派閥争いって面倒くさいよね!
それにしても……。
「…………それではお市御寮人様も害されるは必定、そこでワシは『この秀吉めが京極丸に中入りし、小丸の浅井久政殿と本丸の浅井長政殿を分断いたしましょう。さすれば御寮人様をお救い申し上げられましょう』と進言したのでございます。信長様は『好きにいたせ』と仰いました」
……秀吉さんの武勇伝、あれからまだ続いてるんだよ! 太閤記なんかとの齟齬もあって面白かったから、聞いてて退屈じゃないのはいいけど、これじゃいつまで経っても本題に入れないよ。そろそろ信澄さん止めてくれないかな……。
「して、秀吉。どのように乗り込んだのじゃ?」
あんたも興味津々かい!
こうして石山の会談は、いつまでも続いていくのだった。明後日の方向に向かって……。
いっぱいお話をしたおかげで、2人は仲良しになりました。
※信澄さんが『籠絡された』とも言う。
明日も7時頃投稿予定です。