第114話 梅王丸の元服
天正8年(1580年)11月 山城国 綴喜郡 石清水八幡宮
皆さんこんにちは、上総介 里見梅王丸こと酒井政明です。
今日はこれから、ここ石清水八幡宮で、12歳の俺の元服式があるんだ。
みんな凄いと思わない? 石清水八幡宮でだよ!? 石清水八幡宮って言ったら伊勢神宮と並ぶ「二所宗廟」で、全国の八幡社のナンバーツーだよ! 鎌倉の鶴岡八幡宮もここから勧請してるんだよ!
八幡太郎義家公が元服式を行った、源家縁の石清水八幡宮で元服ができるなんて、はっきり言ってとんでもないことなんだよ?
俺が頼んだのか、って?
とんでもない! 俺は「安土の摠見寺でいい」って言ったんだ。けど、今日のために病身の義弘さんが上洛するってんで、信長さんがわざわざ石清水八幡宮を押さえてくれたんだよ。はっきり言って凄い厚遇!
こんなの婚姻関係にある徳川家並……。いや、それ以上かもしれない。早いうちから世継を頻繁に上洛させてたり、『長篠合戦』に大名家の当主自ら参戦したりしたってのが相当大きかったんだってよくわかる。早いうちから誼を通じといて本当に良かったよ。
ただ、それだけじゃないかもしれないんだけどね。実はつい最近、信長さん自身が石清水八幡宮に、築地塀や本殿の『黄金の樋』を奉納したばっかりだから、それを自慢したいって意図もあるかもしれないんだ(笑)
―――――――― 夜 ――――――――
篝火が焚かれ、揺らめく炎に照らされた黄金の樋が煌々と輝く。その幻想的な光景の中、俺は五角形の柳台の上に座らされ、皆に見守られながら、月代を剃られていた。
うーん。頭上でシュリシュリ音がして、時々髪の毛がはらはら落ちていくのを黙ってみていなきゃいけないのは、非常~に複雑な気分! 俺は義重さんの記憶があるから耐えられるけど、いきなり転生してきたヤツは辛いだろうね。
俺自身、理不尽な気はするけど、変に騒いで変人扱いされても嫌なんでここは我慢だ。ここまで頑張ってきたのに『月代剃らなかったことが原因で放逐された』とかになったら目も当てられないからね。幸い里見家には外国出身者がいっぱいいるから、そこからの流れで、徐々に総髪文化を根付かせていくんだ!
そんなことを考えているうちに、月代が剃り終わり、理髪役が髷を結い始める。それと並行して打乱箱の役の人が、剃られた髪を箱に収納していく。
ううう、早く終わんないかな? 俺ずっとこの台の上で、正座してるんだけど……。儀式とはいえ辛いよ。
長かった調髪がやっと終わり装束を改めると、とうとう本日のメインイベント『加冠の儀』だ。
脇にいた信長さんが進み出て、理髪役から烏帽子を受け取ると、俺に烏帽子を被せてくれた。
「うむ、よく似合うぞ!」
「有り難き幸せ」
「梅王丸、我が諱を与える。本日より信義と名乗るが良い」
「恐悦至極に存じます。これからも誠心誠意勤めて参ります。どうぞお引き立てのほどをよろしくお願い申し上げます」
「うむ、上出来じゃ! ところで、梅王丸。約束忘るるでないぞ?」
「……はっ!」
あーあ、忘れててほしかったんだけどな……。これで、武田滅亡後は社畜生活確定だよ!
この後は恒例の大宴会だ。
俺? 俺は主役なんで、上座に座って酒を注がれる役。『偉い人たちに囲まれながら、ただただ飲まされる』って苦行の時間の始まりだ。
酒は飲めるのか、って?
あの義弘さんの子だよ? 飲めないわけないじゃん。その上俺には毒物耐性チートがあるんだ。どうやらエタノールは『毒』判定されるみたいで、体内に入っても耐えられちゃうんだよね。つまり、酒=変な味の水ぐらいの感覚で、飲んでも飲んでも全く酔わないんだ。
おそらく俺を酔わそうと思ったら、『鏡開き』に使う『四斗樽』ぐらい必要なんじゃないだろうか? 当然、そんなに飲んだら腹がパンパンになるだろ? だから、実質俺が酔うことはないんだ。
でさ、酒って酔ってなんぼじゃん? 酔わない酒なんて旨くもなんともないの! これが苦行でなくて何なんだって話!
まあ『苦行』でも仕方ないよ。俺のことを祝ってくれてるんだからね。ただなぁ、これが『領地でのお披露目』『結婚式』って続くとなると、今から気が重くなってくるよ。
ちなみに義弘さんは、祝われる人ではあるんだけど、「医者に止められてる」って断ってた。中風の病み上がりで、今も微妙に麻痺が残ってるのが見てすぐわかるから、あんまり勧められてはいなかったんで、それは良かったかな? でも、義弘さん、断った後、残念そうにしてるの、完全にバレてるよ。
ちなみに義弘さんの飲み物は、この日のために俺が開発しといた、グレープフルーツジュースだよ。グレープフルーツは寒さに弱くて伊豆諸島でもちょっと厳しいぐらいなんで、小笠原で栽培させてみた。どう考えても普通の蜜柑の方が需要が高そうなんだけど、血液サラサラの薬用効果もあるからね。
こんなわけで、義弘さんは酒を断りながら、グレープフルーツジュースをちびちびやっていた。そしたら、釣れた人がいたんだ。なんと、信長さんだよ!
信長さんは下戸なんで、早々に自席に戻って料理をつついてたんだけど、義弘さんが珍しいものを飲んでるってんで、のそのそやってきた。最初は酸味に顔をしかめてたんだけど、流石は信長さん。砂糖を混ぜるって邪道技をすぐに編み出した。そしたら、まあ、グビグビと飲むわ飲むわ! 遠くからっ見てるこっちが呆れるぐらいだったよ。
結局、義弘さんも一緒になって始めて、2人でメッチャ盛り上がってた。楽しそうだし、交流が深まるのはいいんだけど……。
そんなのしこたま飲んだら、あんたら糖尿になるよ!!
こうして、概ね平穏に俺の元服の夜は更けていった。